投稿者「Gengoroh Tagame」のアーカイブ

“Notre paradis (Our Paradise)”

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“Notre paradis” (2011) Gaël Morel
(イギリス盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk

 2011年のフランス映画。
 トウのたった男娼とその恋人の青年が、寄り添うように愛し合いながら、殺人を重ねていく姿を描いたゲイ映画。
 サブキャラでベアトリス・ダルも出演。

 主人公ヴァシルは盛りを過ぎた男娼。トウがたち腹も出た今は、歳を若く偽っても客にはそれを見抜かれる。そんな彼には殺人癖があり、今日も自分の歳について色々言ってきた客を絞め殺してしまう。
 その帰り道、ヴァシルはハッテン場で倒れている青年を見つける。青年は何者かに襲われて負傷しており、ヴァシルはそんな彼を家に連れて帰って手当する。自分の過去も名前も明かさない青年を、ヴァシルは彼の身体の天使のタトゥーに因んで《アンジェロ》と名付ける。
 ヴァシルとアンジェロはそのまま一緒に住み始め、やがて歳のせいで客から断られるヴァシルに代わって、アンジェロが男娼をするようになるが、ヴァシルは自分はヒモではなく、二人は対等な関係なのだと強調する。そしてアンジェロもまた、自分がヴァシルのことを愛していることに気付く。
 しかしある日、二人で一緒に変態趣味の客をとったときに、客がアンジェロを異様な方法で責めるのを見て耐えかねたヴァシルは、アンジェロの見ている前でその客を殺してしまう。
 こうして初めてヴァシルの殺人癖を知ったアンジェロだったが、それでも彼と一緒にいることを選ぶ。だが、かつてヴァシルが殺したと思っていた客の一人が生きていて、二人一緒のところを見られてしまう。
 二人はパリを離れ、ヴァシルの旧友のシングルマザーのところを訪ねるのだが……といった内容。

 映像がなかなか美しく、セックスや殺人、キンキーなプレイといった、かなり露骨で身も蓋もない描写がありつつも、同時にしっかりロマンティシズムやリリシズムも伝わってきて、そういった全体のテイスト自体はかなり魅力的。
 ストーリー的にも、まず、殺人者とその恋人の逃避行という、ベースとなるプロット自体が、ゲイ映画ではあまり見られないタイプなので興味深く、更に中盤、ベアトリス・ダル演じるシングルマザーと、その幼い息子で主人公と同じ名前のヴァシル少年が登場し、そして後半になると、ヴァシルの最初の客であった富豪と、その彼氏もストーリーに絡んでくるので、起伏に富んだ展開の筋運びで、先が読めない面白さもあります。
 反面、いろいろと要素が中途半端になっている感もあり。
 まず、ヴァシルとアンジェロの関係ですが、ストーリー自体に意外なほど閉塞感がなく、描き込みもいまいち甘いので、どうもフォーカスが散ってしまっている感があり。ゲイの男娼カップルによる殺人逃避行というストーリーのわりには、ギリギリ感が全くなく、逆に中盤以降は、普通のヒューマンドラマ的なテイストになってしまうのが、最も物足りなかったところ。
 また、ストーリーの起伏の方も、描かれるのは主人公回りのドラマだけで、追っ手や周辺のエピソードが描かれないために、筋立ての割りにはクライム・ドラマやサスペンス的な滋味に欠けるのが残念。
 カップル二人だけの世界を描くのであれば、前述したような即物性とロマンティシズムの並立が、大いに効果的かつ魅力的だったんですが、中盤以降、ストーリーがチェンジ・オブ・ペース経て、二人以外の世界や人々が、ストーリーに密接に絡んでくる展開になると、ムードだけでは持たせきれなくなってしまい、逆に齟齬が生じてしまっている感もあり。
 二人の関係、ストーリー的な工夫、少年との触れあいなどに見られるほのぼのとした描写、ゲイの世界における《若さ》の意味……等々、ディテール単位で取り出して見ると、それぞれが魅力的だっただけに、こういった弱点が何とも惜しい。
 ラストをもうちょっと変えるだけでも、だいぶ後味が変わると思うんだがなぁ……。このラストは、ドラマ的な盛り上がりにも余韻にも欠けて、ちょっといただけない。

 役者はそれぞれ魅力的で、演技も申し分なし。
 特に主人公ヴァシル役のStéphane Rideauという人は、ルックスといい体型といい、いかにも若い頃は人気の男娼だったのが、加齢と共に客をとれなくなったキャラというのに、見事な説得力を与えています。アンジェロ役のDimitri Durdaineも佳良。
 エロティックな描写に関しては、ロマンティックなセックス意外にも、けっこうキンキーな内容(ボンデージとか内視鏡プレイとかディルドとかネズミSMとか)が出てくるんですが、それらの描き方がとてもニュートラルなのが良かった。
 露悪的にするでもなく、ファッショナブルに気取るでもなく、淡々と極めて即物的な描写ながら、そこに一種のリリシズムが感じられる絵作りになっていて、そこはかなりの高ポイント。

 というわけで、全体的にはちょっと惜しい感じではありますが、それでも印象的なシーンは多々ありますし、演出等のクオリティも高いので、興味のある方なら見て損はない一本だと思います。
 特に映像のテイスト自体が、個人的にはとても好みでした。

“Teddy Bear”

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“Teddy Bear” (2012) Mads Matthiesen
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com

 2012年のデンマーク映画。
 母親の盲愛に縛られて自立できないアラフォーのプロ・ボディビルダーが、愛と女性を求めてタイに行くというヒューマン・ドラマ。
 この映画の原型となった、同じ監督&キャストによる短編”Dennis” (2007)は、ベルリンの最優秀短編賞受賞。

 38歳のプロ・ボディビルダー、デニスは、母親と二人暮らし。母は彼を溺愛しており、同時に彼をその愛で縛り付けてもいる。デニスはそんな母に「友人と映画に行く」と嘘をついて、女性とデートを試みたりするのだが、極端に奥手なので全く上手くいかない。
 そんなある日、デニスの叔父がタイからお嫁さんを連れてくる。二人の様子を見て、そして叔父から「タイなら彼女を見つけるのも簡単だ」と聞いたデニスは、母親に「ドイツの大会に出る」と嘘をついて、単身タイのパタヤへと旅行に行く。
 パタヤでデニスは、叔父が紹介してくれた斡旋人を訪ねるが、そこで紹介される女性はいわゆる商売女で、デニスが期待していた出会いとは違っていた。また、同地で西洋人がタイ人女性をはべらせて騒ぐ様子にも、どうしても馴染むことができない。
 そんな中、同地でボディビルジムを見つけたデニスは、自分の受賞歴を知るタイ人ボディービルダーとの交流を経て、ようやく一息つくことができ、やがてジムのオーナーである、未亡人のタイ人女性に心惹かれるようになるのだが……といった内容。

 何と言っても主人公デニスを演じるKim Koldの存在感が、その肉体共々素晴らしく(実際に様々な受賞歴のあるプロ・ビルダーだそうです)、その彼の俳優デビュー作でもあり、YouTubeでも公開されている前身となった前述の短編”Dennis”がとても良かったので、その長編版ということでかなり期待して見た一本。
 全体の雰囲気は実に穏やかで、静かで淡々としつつも温かみがあり、鑑賞後の後味も上々。
 ストーリー的には、実にシンプルな内容ながらも「この先どうなるんだろう」という要素で牽引していき、ゆったりしたペースながらも弛緩は皆無。
 ドラマ的にはエモーショナルな起伏もありますが、それすら描写自体は穏やかで、映画の半ば以上がタイが舞台というせいもあって、何というか、ゆったりとした空気感にしみじみ浸れる感じ。全体に漂う自然なリアル感も素晴らしい。
 筋肉の小山のような巨漢なのに、内気で気弱なデニスのキャラも良いし、ジム・オーナーのタイ人女性も、いわゆる美人では全くないけれど魅力的。どちらも演技的にはほぼ素人らしいですが、とてもそうとは思えない自然な佇まい。お見事です。
 ただ、見る人によっては、女性観が男性目線すぎると感じられるかも知れません。
 個人的には、男性同士やビルダー仲間となら屈託なく接することができるのに、女性相手だとどうしていいのか判らず、更に母子関係にも縛られた男を描いた内容なので、これはこれで良いのではと思いますが。

 さて、原型となった短編”Dennis”と比較してみると、あちらは主人公の《異形》としての煩悶にフォーカスが当たっていたり、また、ある意味で異様な母子関係を描いているのに、なのに不思議としみじみとした後味が残るというギャップがあったりしたのに対して、本作ではそういった要素は後退気味。
 そういった諸々の要素は、既に”Dennis”で語り終えたという風情で、こちらの”Teddy Bear”はその後日譚&決着編という感じです。なので、母子関係や主人公の内面という点では、2本続けて見た方がより味わい深くなりますし、逆に言えば、”Teddy Bear”単品を独立した作品として見てしまうと、いささかそういった部分に突っ込み不足が感じられてしまうかも。
 幸い”Dennis”もDVDのボーナスで入っているので、これは是非続けて見ていただきたいところ。

 というわけで、とにかくまずは、この主人公を愛おしく思えるかどうかがキモになると思いますが、私はもうバッチリでした。
 クオリティも高いので、単館上映系の映画が好きで、しかも筋肉男が好きな方だったら、これは激オススメの一本です。

 そして前身となった短編”Dennis”ですが、DVDにも収録されていますが、YouTubeでも英語字幕版が公開されています。

ちょっと宣伝、マンガ『転落の契約』第2話です

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 今月21日発売の「バディ」5月号に、短期集中連載マンガ『転落の契約』第2話掲載です。
 左のサムネを見ればお判りのように、今回の連載はガッツリ王道(って何が王道なんだかw)パターン。
 濡れ場たっぷり、カットバック使いながら、スピード感重視でガンガン攻めております。
 刺身のツマ的に、某所で西原理恵子女史に「魂が抜けている」と評された(笑)女性キャラなんぞも出ておりますが(笑)、エロ場面は「バディ」の大きい誌面で見ると、モザイク入りとはいえ、けっこう迫力があるのではないかと。
 全4話の予定なので、これでちょうど半分。
 是非お買い求めいただき、最後までよろしくお付き合い願えればと思います。

Badi (バディ) 2013年 05月号 [雑誌] Badi (バディ) 2013年 05月号 [雑誌]
価格:¥ 1,500(税込)
発売日:2013-03-21

“Estigmas”

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“Estigmas” (2009) Adán Aliaga
(スペイン盤DVDで鑑賞、英アマゾンで入手可能→amazon.co.uk

 2009年のスペイン映画。ロレンツォ・マトッティのグラフィック・ノベル”Stigmates”の実写映画化で、望まぬ聖痕を受けた寡黙な巨漢の受難を描いた物語。
 ベア好き&ガチムチ好きに人気の砲丸投げ選手、マヌエル・マルティネス主演。

 マフィアの経営するバーで働く、酒浸りの寡黙な巨漢で、蚕を育てるのが趣味のブルーノの両掌に、突然聖痕が顕れ出血が始まる。医者は何も異常を発見できず、ブルーノの狂言を疑い、バーのボスも出血する彼のことを「病気だ」と疎む。
 ブルーノの住むアパートの隣家には、彼と蚕仲間の少女が病床に伏しているが、ある日彼が彼女の頭に手で触れて以来、少女は全快して医者を驚かせる。少女の母親は彼にそれを感謝するのだが、奇跡をもたらす掌に接吻するうちに欲情し、自ら服を脱いで彼を誘う。
 しかしバーの安い給金と、子供たちに蚕を売って稼ぐ小銭以外には収入がなく、酒浸りで借金も断られたブルーノは、ついに家賃が払えなくなってアパートを追い出される。彼は仕方なくバーに寝泊まりするのだが、それもボスに疎まれ、しかも侮辱されてカッとなり、ボスに暴力を振るってしまう。
 街を彷徨った挙げ句行き倒れになったブルーノは、貧困者の救済院に保護され、尼僧長の好意でそこに置いて貰えるようになる。しかし彼が聖人だという噂が広まり、尼僧長も彼が聖痕から流した血を見て欲情してしまい……といった内容。

 全く柄に合わない、望まぬ聖痕をいきなり負わされた男の彷徨と悲劇を描いた内容で、前半は主に聖痕が彼に与える苦悩を描き、中盤に移動式遊園地の一員となって以降は、少しチェンジ・オブ・ペースして、女性との出会いや愛などが描かれていきます。
 その結果、男の孤独と結びついていた聖痕や蚕といったモチーフが、中盤以降は薄れてしまうのがちょっと残念。
 ラストシーンでは再び聖痕というモチーフが浮かびあがるものの、後半の、女性との出会いや結婚といった展開は、エピソード自体は面白くて引き込まれるんですが、全体のバランスから見ると、正直ちょっと物足りない感あり。
 ただ、DVDにボーナス収録されている、使われなかったもう一つのラストシーンを見ると、実は現状のラストシーン以降に本来あった一連のシークエンスでは、再び聖痕や蚕のモチーフが登場して、一つの明確な結末が用意されていたのが判ります。
 しかし完成した映画では、そこをあえて全て削ることで、結末に関しては多様な解釈が可能になっているいう面があります。その結果として、モチーフの統一性や「この物語は何であったのか」という部分は曖昧になっていますが、それは逆に、そういった「答え」は観客それぞれが考えれば良いという効果にもなっているので、うーん、やはりこれで完成バージョンで正解なのかも知れません。
 映像は全編モノクロームで、それが実に魅力的かつ効果的。
 台詞も少なく全体的には静かな展開ながら、ストーリー的にドラマティックなうねりは用意されているので、アート系映画としては比較的娯楽寄りの要素も多い方かと。
 そしてやはり最大の勝因は、ブルーノを演じたマヌエル・マルティネスの起用。その肉体や容貌の圧倒的な存在感が、映画自体の個性をしっかり裏打ちして支えており、舌足らずな部分も充分以上にカバーできている感じ。主人公にこの人をキャスティングできただけで、50%は成功が保証されたのではと思えるくらい。

 そんなこんなで、観念やイメージ重視でいくのか、それともストーリーを重視するのか、ちょっと虻蜂取らずの感はありますが、どちらもそれぞれ見所や魅力があちこちあるなので、予告編に惹かれた人なら見て損はない一本。
 特に、マヌエル・マルティネスを「素敵!」と思う方なら、これは必見と言っていいのでは(笑)。


 そして、前述したDVD収録のカットされたエンディングですが、実はマヌエル・マルティネス目当ての方には、そちらの方にフルヌード含むシーンがありますので、DVDをゲットされた方はチェックをお忘れなきように(笑)。
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 映画の原作である、ロレンツォ・マトッティのグラフィック・ノベル”Stigmates”は、日本のアマゾンでも購入できます。
 こちらもまた、実に魅力的な絵と演出による一作で、大胆なデフォルメとダイナミックな構図、スピード感のあるペンタッチなど、見所がいっぱい。
 映画との比較で少し追補しておきますと、蚕のモチーフは映画オリジナルで、グラフィック・ノベルには登場しません。また、エピソードの入れ替えもあって、映画では移動式遊園地の前にある修道院のエピソードは、原作では遊園地と洪水の後になります。
 その他、細かな異同はあれこれあるんですが、総合的には原作の方がエピソードの流れも自然で、完成度は高いです。特に最大の違いは後味で、原作のラストは、現バージョンの映画とも削除されたエンディングとも、どちらとも異なっています。
 原作のラストでは、映画同様に解釈を読み手に委ねる要素がありつつも、それでもしみじみとした味わいのある美しいエンディングになっていて、この要素が映画からは全く消えてしまっているのは、いささか勿体ない感じがします。

Stigmata Stigmata
価格:¥ 1,947(税込)
発売日:2011-02-14

“7 kocali Hürmüz”

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“7 kocali Hürmüz” (2009) Ezel Akay
(トルコ盤DVDで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2009年のトルコ映画。まだ若くて美しい未亡人イュルムズと、その後添えである7人の夫を巡って巻き起こる騒動を描いた、カラフルなミュージカル・コメディ。
 トルコでは有名な作品のリメイクらしいです。

 オスマン時代のイスタンブール。
 パシャ(高官)の未亡人である美女イュルムズは、夫の残した豪邸に暮らしつつ、お金のために5人の男(床屋、夜警、軍人…出征中、綿紡ぎ、強盗…服役中)と結婚しており、さらにもう一人、船長とも結婚するところだった。
 彼女は夫たちに会う日を、それぞれ曜日ごとに決めており、また夫ごとに自分のことを、パシャの未亡人だとかパシャの娘だとかパシャの屋敷の女中だとか、異なる説明をしているので、男たちは皆イュルムズの夫は自分一人だと思い込んでいる。
 そんな中イュルムズは、若くてハンサムな医者と出会って一目惚れしてしまう。そして医者の方も、彼女の誘惑に一発で参ってしまう。彼女の友人で、秘密を分かち合う片棒でもあるお見合い斡旋の女は、イュルムズの恋に協力して、医者との結婚のために6人の夫との関係を清算することにする。
 彼女たちはパシャの身代わりを立てたりして、上手く医者との結婚話を纏めるが、そんな中、服役中だった盗賊の夫が脱獄し、また田舎住まいの綿紡ぎの夫も上京、しかも皆が床屋の夫のところでヒゲを整えるものだから「いったいあの家には何人のイュルムズがいるんだ」ということになってしまう。
 こうして、新しい医者の夫を屋敷に迎えた晩に、6人の夫が入れ替わりたちかわりやってくるのでイュルムズはテンテコマイ。更に綿紡ぎの夫のもう一人の妻も加わって、騒ぎはますます大きくなり……といった内容。

 小咄的な艶笑譚を、カラフルで独創的な衣装や、人工的に作り込んだオールセットの中で、歌と踊りとコント的な笑いを交えながら繰り広げる、肩の凝らないコメディ作品ですが、とにかく衣装やセットの凝り具合が良く、それを見ているだけでもタップリ楽しめます。
 内容的には、最初に出てくるセリフが「夫なんて仕事から帰ってくると丸太みたいに寝てるだけで何の役に立つの?」「昔の強い男を満足させるには妻は4人でも足りなかったけど、今の弱い男じゃ4人かかっても妻を満足させられない」といった具合で、完全に男のダメさを笑い飛ばすタイプのコメディ。
 イュルムズの恋の相手となるハンサムな医師も、いちおう最初はロマンティックに描かれるんだけれど、それでも結局は「女から見た男のしょうもなさ」というところからは逃れられず、結果的に「そんな男たちを操る女の生き様バンザイ」みたいな後味になるのが、なかなか新鮮。
 これはきっと、男性社会で鬱憤の溜まる女性からすると快哉を叫びたくなる話だろうし、イュルムズ役の女優さんもすこぶる付きの美人さんなので、男性から見ても「この美女になら騙されても仕方ないか……」という感じになるだろうから、元々は有名な作品だというのも納得。
 まぁコメディとしては、会話主体のコント的なものなので、私の語学力の足りなさもあって、そう爆笑という感じではなかったです。あちこちクスクス笑えるくらい。また、下痢で何度もトイレに駆け込むとか、床屋の吃音で笑いを取るとか、笑いのテイスト自体が、けっこうコテコテ系。

 とはいえ前述したように、とにかく衣装やメイク、セットといった美術が楽しい。あともちろん、ミュージカル好きならお楽しみどころもいっぱい。
 千夜一夜やカンタベリーからエロスを抜いて、キャッチーな歌とカラフルな美術で、オシャレでポップに仕上げたような作品で、ラスト、全て丸く収まった後に女たちが「でも、5つなんて足りない、7つでもまだまだ、10でも100でもまだまだ欲しい!」と歌い踊るミュージカル・シーンなんかは、個人的にかなりオカマ心を擽られました(笑)。
 予告編。

 女だけのハマム・パーティで「男どもにはナイショよ」と言いながら、「夫なんて犬猫みたいに天からいくらでも降ってくる」と歌い踊るミュージカル・シーン。

 ミュージカル・シーンのハイライト。イュルムズの六人目の夫となる冴えない船長を囲んで女たちが歌い踊る場面や、綿紡ぎの夫の歌、ハマム・パーティ、ラストの「10でも100でもまだまだ欲しい!」などなど。

“Gölgeler ve Suretler (Shadows and Faces)”

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“Gölgeler ve Suretler” (2010) Derviş Zaim
(トルコ盤DVDで鑑賞、米アマゾンで購入可能→amazon.com

 2010年のトルコ映画。1960年代のキプロスでの、ギリシャ系とトルコ系住民の民族紛争という悲劇を、トルコの伝統的な影絵劇(カラギョズ)に絡めて描いたもの。タイトルの意味は、Shadows and Faces。
 Derviş Zaim監督によるトルコ伝統芸術三部作の一本で、細密画をテーマにした“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”(2006)、カリグラフィーをテーマにした”Nokta (Dot)”(2008)に続く、第三作目。

 1963年。キプロス独立後に起きた、ギリシャ系住民とトルコ系住民の間の民族紛争により、故郷の村を追われたトルコ系の影絵師は、娘を連れて別の村に住む弟のところに身を寄せる。しかしその村でも水面下で対立感情が高まっており、数の少ないトルコ系住民は危機感を感じていた。
 影絵師は糖尿病だったが、村を追われる際にインシュリンを持ち出すことができなかった。街に行けば手に入るが、村の近隣の道はギリシャ系の警察に封鎖されており、トルコ系の住民は自由に往来できないために、影絵師の弟は、親しい隣家のギリシャ系夫人に、兄と姪を街の病院まで送ってくれと頼む。
 夫人の息子は反トルコ感情が強く、それに反対するが、夫人はそれを押し切って、影絵師と娘を車で街まで送ろうとする。しかしその路上、検問所で警官たちがトルコ人を袋叩きにしているところに出くわしてしまう。夫人は急いで二人を逃がし、自分は彼らがトルコ人だとは知らなかったと白をきる。
 警察から逃れた影絵師と娘は洞窟に隠れるが、影絵師は娘を洞窟に残して外の様子を見に行ったきり、戻ってこなかった。娘は仕方なく叔父の家に戻り、叔父とギリシャ系夫人の二人を「あなたたちのせいで父が行方不明になった」と責める。
 影絵師の行方が判らないまま、やがて村のギリシャ人とトルコ人の間、特に血気盛んな若い男たちの間に、いよいよ緊張が高まっていく。トルコ人の叔父とギリシャ人の夫人は、それぞれ何とか若い者たちをなだめて大事に至らないよう努力する。
 数では負けるトルコ人たちは、いざというときの自衛のために銃の練習をし、また、自分たちには実は味方が大勢いるのだと見せかけたりするが、それは逆にギリシャ人たちの間に、トルコ人が民兵を組織して反撃にかかるのではないかという疑いを招いてしまう。
 そんな中、不足している灯油を買いに一人で何とか街に行った娘は、不確かながらも父親が亡くなったらしいという情報を得る。村に戻った娘は、遺品となった影絵人形を父の希望通りに埋葬しようとする。
 しかし、それを見た隣家のギリシャ人の若者が、武器を埋めていると勘違いしてしまい、それが切っ掛けとなって悲劇の幕が……という内容。

 この、Derviş Zaim監督のトルコ伝統芸術三部作は、以前に前述の細密画をモチーフとした
“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”を見て感銘を受けたので、よって今回の”Gölgeler ve Suretler (Shadows and Faces)”も楽しみにしていました(残念ながら”Nokta (Dot)”は、英語字幕付きDVDが出ていないので未見)。
 重いモチーフながらも、全体的には激しさよりも、穏やかな哀しみを湛えた雰囲気で、ある意味で淡々とした作風。後半の悲劇的な展開も、どこか無常観が漂うような、人の世の哀しさを諦念して見つめているような気配が漂っています。
 とはいえ、いわゆる芸術映画一本槍という感じでもなく、起伏のあるストーリーやエモーショナルな展開、スリリングな緊迫感や銃撃戦などもあり、娯楽的な要素もしっかりあって、見応えは十分以上にあり。
 映像も美しく、まず風景や撮影自体が美しいのに加えて、いかにも影絵劇というモチーフらしく、実際の影絵劇以外にも、光と影を活かした演出、シルエットを効果的に使った画面、実景が写真になる凝った場面転換など、表現面での見所も多々あり。
 こういった美点は、前述の”Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”と同じで、しっかり期待通りだったという感じ。

 ラスト、作品(と登場人物)に仄かな救いを与えることによって、それまで語られてきたような、社会的でシリアスな内容の作品全体が、一瞬にして、まるで影絵で演じられる民話のような雰囲気に転じる効果があるんですが、ここはちょっと好みが分かれるところかも。
 個人的には、こういう手法自体はとても好きなんですが、この映画の場合は、モチーフ自体の重さに負けてしまっているかな……という感あり。それによって後味は良くなる反面、ちょっと甘さも感じてしまったのは否めない。
 また、キャラクターの過去のエピソードなど、その造形に深みを与えていると同時に、いささか盛り込みすぎという感もあるし、影絵というモチーフと民族紛争の悲劇というドラマが、必ずしもしっくりと噛み合ってはいない感もあります。
 とはいえ、前述したように見所はたっぷりですし、役者さんも押し並べて良く、美しくてちょっと感傷的な音楽も素晴らしい。

 もう一つ、意余って力及ばずという感もありますが、しかしクオリティは高く見応えも十分。
 モチーフに興味がある方や、ミニシアター系の作品が好きな方ならたっぷり楽しめそうな、大いに魅力的な一本でした。

電子書籍『田亀源五郎小説作品集SINGLE 工事現場の夜』発売です

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 電子書籍(アマゾンKindle)第2弾『田亀源五郎小説作品集SINGLE 工事現場の夜』を発売しました。
 Kindle端末の他、iPhone、iPad、タブレットやスマホのAndroid端末などでも、Kindleアプリ(無料)をインストールすればお読みいただけます。

 第1弾『デカとヤクザとニンジンと 田亀源五郎小説作品集』は、およそ文庫本1冊分の分量を目安に、複数の作品を纏めた作品集にしましたが、第2弾の今回は「手軽に買えてサクッと読める」をモットーに、短編1本を安価でというシングル仕様にしてみました。iTunesとかで、アルバム全体ではなく1曲だけダウンロード購入するみたいなイメージ。
 せっかくKindle出版自体が手軽にできるので、ここは既存の形に捕らわれず、色々なパターンを試してみようかと。

 内容は、1995年に「G-men」創刊号(誕生号)に鬼頭大吾名義で発表した小説に、加筆訂正を加えたものです。
 肉体労働者同士のプレイ系SM+ロマンス風味のホモソーシャルといった官能小説で、濡れ場はがっつりゲイ向けエロ、ただし雰囲気は「肉体派」とかで描いていたような感じにも近いかも。
 というわけで、よろしかったら是非お買い上げくださいませ。

 さて、Kindleの電子書籍というのがどういうものなのか、ちょっとまだ馴染みがない方もおられるかと思うので、購入&購読手順も含めて、ちょっと簡単に解説してみます。
 まず前述したように本の購読は、Kindle端末(Kindle Paper White、Kindle Fire)の他、iPhone、iPad、iPod touchなどのIOS端末、その他のタブレットやスマホのAndroid端末などでも読むことが出来ます。
 Kindle端末以外での購読手順は、まず端末に無料のKindleアプリをインストールして、いつも自分が使っているアマゾンのアカウントを登録します。
 次にアマゾンのサイトで、目的のKindle本を購入します。すると本のデータがアマゾンのクラウドに保存され、同時に自動的にKndleアプリをインストールした端末にダウンロードされます。
 あとは、再び端末のKindleアプリを開けば、もうダウンロードされた本を読めます。私の出しているものは今のところ全てテキスト本なので、ダウンロード時間もほとんどかからないはず。
 購入した本のデータは、アマゾンのクラウドにも保存されているので(そのクラウドから端末にデータをダウンロードして読む仕組み)、端末のデータを消してもクラウドのデータは残っていますし、複数の端末に同時にダウンロードすることも可能です。
 複数の端末に同じ本をそれぞれダウンロードした場合、そのデータは互いに情報を共有しているので、例えばiPhoneで途中まで読んだ続きを、今度はiPadで読むなんてことも可能。
 まぁ論より証拠、やってみると実に簡単なので、スマホやタブレットをお持ちの方は、とりあえずKindleアプリをインストールして、アマゾンから無料サンプルをダウンロードするところから始めてみてください。

 さて今回の本も、販売用のEPUBデータは、ひまつぶし雑記帳(doncha.net)様の「EPUB3::かんたん電子書籍作成(縦書き小説)」を利用して作らせていただきました。
 これもまた、とにかく気軽にがモットーとのことで、簡単至極に作成できます。興味のある方は是非どうぞ。
 また、前回のエントリーでも軽く触れさせていただいた、やはりKindleでゲイ小説を出版されている小玉オサムさんのインタビューが、きんどるどうでしょう【KDP最前線】男同士の真剣な恋「弁護士 隈吉源三」を執筆した”小玉オサム”さんにインタビューで読むことができるので、よろしかったらそちらも是非。

ちょっと宣伝、新連載『転落の契約』スタートです

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 2月21日発売、月刊「バディ」4月号から、新しい短期集中連載マンガ『転落の契約』スタートです。
 前の『エンドレス・ゲーム』を終えた際に、「『SM抜きのエロマンガ』というテーマで描いていた反動もあり、そろそろガッツリSMを描きたいという欲求がムクムクと(笑)」と書きましたが、その通りの内容になりました。
 まぁ私のマンガとしては、いわば王道パターン(笑)。
 全4回という短めの連載予定なので、マッチョ+ヒゲ+体毛の奴隷系SMがお好きな方は、どうかよろしくお付き合いくださいませ。

Badi (バディ) 2013年 04月号 [雑誌] Badi (バディ) 2013年 04月号 [雑誌]
価格:¥ 1,500(税込)
発売日:2013-02-21

“Stripped: A Story of Gay Comics”で紹介&作品掲載

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 ドイツの出版社Bruno Gmünderから出版された、世界のゲイ・コミックスの歴史と作家を紹介したアートブック”Stripped: A Story of Gay Comics”に、紹介&作品掲載されました。取材協力(人を紹介したり、日本のマンガ出版における世紀修正の説明をしたり)もちょっとしています。

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 これ<は、過去発行された様々なゲイコミック本の表紙を集めたページなんですが、私も持っているものがけっこうあったりして、レア度は情報の密度はさほど高くない感じがします。まだきちんとテキストを読んではいないんですが、ゲイ・コミックスの歴史に関しては、さらりと表面を撫でたという感じでしょうか。  ともあれ全般的にテキスト量はあまり多くなく、基本はあくまでも図版を見せるのが中心といった感じの本。  掲載&紹介されている作家は、まず有名なとろこで、もはやクラシックとも言える大御所トム・オブ・フィンランド、 StrippedGayComics_tom
ベテラン作家で同じ版元Bruno Gmünderから作品集が何冊も刊行されているザックことオリバー・フレイ、
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やはりベテランで私も個人的にお付き合いのあるザ・ハンことビル・シメリングなど。
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 こういった作家たちについて、それぞれ冒頭に1見開き分のテキストで紹介&解説が入り、続いて1ページにつき1枚の絵を掲載しながら、それが1作家につき数見開き続く構成になっています。
 というわけで、画集的な見応えは充分以上にあり。

 で、私も12ページほど絵が載っております。
 一番古いもので、日本のゲイマンガの局部修正の例として『嬲り者』から2ページ、そして『ECLOSION』『Der fliegende Holländer』『LOVER BOY』『MISSING』『エンドレス・ゲーム』から、こちらはオリジナル・データのままの無修正版を、それぞれ2ページずつ。
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 二番目の図版は、私という作家紹介&解説ページなんですが、おそらくデザイナーさんが「日本語かっけえ!」って感覚なんでしょうね、我々日本人から見ると、実に珍妙なことになっているのがご愛敬(笑)。

 他の掲載作家さんたちも、ちょいとご紹介しましょう。まず知り合い関係から。

 イタリアのフランツ&アンドレ。このコミックス”Black Wade”は、英語版がこのBruno Gmünderから、フランス語版が拙作の仏語版版元でもあるH&Oから出ています。ちょっとハーレクイン風味のヒストリカル・ゲイ・ロマンスで、個人的にオススメの一作。
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 アメリカ(カナダだったかな?)のパトリック・フィリオン。アメコミ的なスーパーヒーローものを得意とする作家さんで、Class Comicsというインディペンデントのゲイ・コミック出版社もやっており、やはりBruno GmünderとH&Oから、コミック本や画集が多数出ています。
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 やはりアメリカのデイル・ラザロフ。ただし彼はシナリオライターなので、図版の絵は、左がエイミー・コルバーン、右がバスティアン・ジョンソンという作家。また、カラリングは、私の友人でもあるフランス人のヤン・ディミトリが担当しています。デイルの本も、やはりBruno Gmünderから何冊か出ていたはず。また、この《デイル・ラザロフ/バスティアン・ジョンソン/ヤン・ディミトリ》コンビの作品は、これとは別に描きおろし新作もフル・ストーリー掲載あり。
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 知り合い関係を離れたところでは、まずアメリカのミオキ。この本の表紙も、この人の作品。やはり確か、Bruno Gmünderから作品集が出ていた記憶が。「薔薇族」って感じの作風。
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 ドイツのクリスチャン・タルク。カートゥーン調とリアル調のミクスチャーがいい感じ。
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 同じくドイツから<トゥリオ・クラップ。バンドデシネっぽい感じ。 StrippedGayComics_krapp

 オランダのフロ。カートゥン系の可愛らしい作風。
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 アメリカのハワード・クルーズは、70年代〜80年代に活動していた作家さんらしいですが、ハワード・クラムなんかと通じる、いかにもアメリカのアングラ・コミックといった感じの作風。
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 こんな感じで、様々な作家の作品を大きく紹介したものが、フルカラーで240ページ近くあるというヴォリュームなので、ゲイ・アート好き、ゲイ・コミック好きなら、まず買って損はない充実の内容。
 本のサイズも約A4と大きめで、ハードカバーで造本もしっかり。
 テキストは英語とドイツ語の併記で、情報の掘り下げ度はそんなに深くない気はしますが、それでも一冊まるまる使って世界のゲイ・コミックを俯瞰しているという点で、あまり類書がない貴重な本だと思います。
 ただ残念ながら、例によって日本のアマゾンでは取り扱いがありません。
 それでも欲しい方は、是非アメリカやイギリスのアマゾンから取り寄せてください。

フランスの企画展“AMOUR ÉGALITÉ LÉGALITÉ”に参加

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 フランス、パリで開催される企画展“AMOUR ÉGALITÉ LÉGALITÉ: Exposition d’oeuvres d’art pour la liberté d’aimer”に、描きおろし新作1点と旧作数点を出品します。
 企画展タイトルの意味は『愛・平等・合法』で、同性婚合法化を控えたフランスで、最近では反対活動なども活発化している、marriage equality(婚姻の権利の平等)をテーマにした内容となっています。

 参加作家は私の他、私が知己があったり作品を知っている作家では、キャプテンベアー(コスプレの人なのでおそらく写真かと)、アレックス・クレスタ(写真家)、フル・マノ(刺繍でゲイ・アートを制作する作家)、ニコラ・マーラウィ(私が見たことある彼の作品はアブストラクトなペインティング)など。
 他にゴロヴァック(?)、シロンブリア(?)といった名前が挙がっていますが、ちょっと判らず。
 場所は私がいつもパリで個展をしているArtMenParis
 会期は2月5日〜12日。ドア・オープンは14:00〜18:00(要予約)。オープニング・パーティは5日の16:00〜22:00。
 この企画展のFacebookイベントページはこちら

 私自身は、新作を送る&預けてある旧作を展示という形の参加なので、残念ながら現地へは行けませんが、パリおよびフランス在住の方、期間中に訪仏の方など、いらっしゃいましたら是非足をお運びくださいませ。
 出品する新作は、こちらになります。
AmourEgaliteLegalite
“Amour Égalité Légalité” (2013) 〜楮和紙に毛筆と墨、朱墨、金色墨汁、銀色墨汁