投稿者「Gengoroh Tagame」のアーカイブ

『アダムズ・アップル』”Adam’s Apples (Adams æbler)”

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“Adam’s Apples” (2005) Anders Thomas Jensen
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com

 2005年のデンマーク映画。原題”Adams æbler”。監督は『ブレイカウェイ』『フレッシュ・デリ』等のアナス・トマス・イェンセン。主演ウルリク・トムセン&マッツ・ミケルセン。
 更正未満の犯罪者と神父の姿を通じて、人間社会における《善》の存在を問うた、オフビートなブラックユーモアで彩られたヒューマン・ドラマ。

 元ネオナチで刑務所から出たアダムは、社会奉仕プログラムで田舎の教会へと赴く。そこで彼を迎入れた神父イヴァンは善意の固まりのような人物で、自分は神の代理として悪魔と戦っていると信じている。その教会には他にも、アル中で盗癖のある元テニス選手や、ポリシーを持って強盗をするアラブ人といった、一癖も二癖もある連中が社会奉仕中だった。
 奉仕活動の内容は自分で決めなければいけないということで、教会の庭に生えているリンゴの巨木を見たアダムは、それでアップルパイを作るという目標を定める。しかしそんな矢先、リンゴの実がカラスの群れに食い荒らされ、続いて台所のオーブンが故障する。イヴァンはそれを、アダムにアップルパイを作らせないように、悪魔が邪魔をしているのだと説く。しかしアダムは次第に、イヴァンの言動に奇妙な点が多いことに気付き……という内容。

 今のところ、この監督の作品&彼が原案や脚本を手掛けた作品は、いずれも面白くてハズレがないという印象なんですが、今回もいかにもこの人の作品らしく、世間からはみだしてしまった者たちの姿を、ブラックユーモアとバイオレンスで彩った人情劇といった味わいで、面白かった。
 ただ、金をガメてトンズラしたギャングのチンピラどもが、イタリアン・レストランを開く羽目になる『ブレイカウェイ』や、肉屋をオープンしたロクデナシ兄弟が、人肉マリネで大繁盛してしまう『フレッシュ・デリ』と比べると、この”Adam’s Apples”はブラックな味は若干控えめ。
 また、ロクでもない連中なんだけど、でも愛すべき人間の姿を描くというスタイルは同様ながら、今回は宗教的なモチーフの比重が大きい。その分、テーマと自分との間にちょっと距離を感じてしまいましたが、一方では、信仰や善悪といった要素が絡んだ分、それに応じてテーマの深みも増したという印象も。
 とはいえ、下ネタヤバネタエグネタ込みの、オフビートでクスクス笑わせるユーモアは健在で、後味もすこぶる宜しく、相変わらず癖になる味わいで楽しい。

 卑俗な世界の中で真実を見ようとしない偽善者と、悪党ではあるが素直な男の対比を通して、《善》の存在を描いた作品といった感じで、可能であればちゃんと日本語字幕で再見してみたい一本。

【2019/04/28追記】日本公開決定。2019年10月から全国順次公開。 https://www.cinematoday.jp/news/N0108357

“Eega”(邦題『マッキー』)

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“Eega” (2012) S S Rajamouli
(インド盤Blu-rayで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2012年のインド/テルグ映画。殺された男が蝿に生まれ変わり、人間だったときの恋人を守り、自分を殺した相手に復讐するというファンタジー・アクション。
 監督は傑作”Magadheera“や話題作”Yamadonga“のS・S・ラジャムーリ。

 花火師のナニはもう二年もの間、隣家の美しい娘で、細かい細工物をするマイクロ・アーティストのビンドゥに恋をしていた。ビンドゥはそんなナニの気持ちを知りつつ、決して心憎く思ってはいないものの、でもそれを態度に表すことはない。
 ビンドゥは仲間と共に児童教育のNGOもしており、その資金繰りに奔走していた。そしてある日、大富豪で実業家のスディープのところへ寄付を願いに行のだが、スディープは目を付けた女は手に入れずにはおられず、欲のためには殺人をも厭わない大悪党だった。
 案の定ビンドゥの美貌に目をつけたスティープは、彼女を手に入れるために多額の寄付をし、更に食事に誘う。しかしそのレストランに、ナニが宴会用の花火を設置しに表れ、ビンドゥは改めてナニのことが気になっている自分に気付く。
 レストランからの帰り、スディープの車で送られていたビンドゥは、自分たちの後をナニが追いかけてくるのに気付き、口実を作って車から降りる。さりげなく一緒に青物市場へと行くビンドゥとナニを見て、スディープは嫉妬と怒りに燃える。
 そんなある日、ビンドゥはスクーターのガソリン切れに気付かないまま、独り遅くまで仕事をしてしまう。そして夜道を歩いて帰るのが怖いので、メールの誤発信を装ってナニに来て貰おうとする。ナニはビンドゥから初めて貰うメールに舞い上がり、早速駆けつけるが、ビンドゥの態度はつれない。
 ナニはそんなビンドゥの気持ちを察して、自分を下げることで彼女の夜道の供となる。何くれなく自分に行為を示してくれるナニに、ビンドゥも次第に打ち解け、そして別れ際、ナニのさりげない一言が、彼女が作品制作で行き詰まっていたことの打開策になる。
 作品を完成させたビンドゥは、それをナニに見せようと夜道に走り出るのだが、その時既にナニはスディープに車で拉致されてしまった後だった。スディープからの暴行を受けるナニは、最初は何が何だか判らないのだが、狙いはビンドゥだと知り「彼女に近づくと殺す!」と凄む。
 ビンドゥはナニの携帯に電話をかけ、ようやく自分も貴方を愛していると打ち明けるのだが、それはまさにナニがスディープに殺される瞬間だった。こうして、ビンドゥの愛の告白を聞きながら無念にも殺されたナニだったが、その魂は蝿になって生まれ変わる。
 最初は前世の記憶もおぼろげにしかなく、蝿としての初めての人生(蝿生?)に戸惑うナニだったが、しかしあるときスディープの顔を見て、全てを思い出し復讐を誓う。そんなことは何も知らないスディープは、ナニの死を知って嘆き悲しむビンドゥに近づき、彼女を手にれようとあれこれ策を練る。
 それを見たナニは、あれこれ蝿ならではの方法を使って、スディープがビンドゥに接近するのを邪魔する。スディープは次第に蝿ノイローゼのようになっていき、そしてついにその蝿が自分を殺そうとしていることに気付くのだが……といった内容。

 いやぁ面白かった、これは傑作!
 人間のナニはわりと早々に殺されてしまい、あとはハエが主人公になるんですが、このハエの演技(もちろん3DCGアニメですが)が、もうバッチリ。セリフもなければ表情もほとんどないのに、動きだけで喜怒哀楽をしっかり表現している。インド映画的な伝統に則って、挿入歌でキャラクターの気持ちを代弁する要素は少々見られるものの、蝿がカートゥーン的にキーキー声で喋るとか、心の声を使うとか、そういった表現面での安易さは皆無。
 で、この蝿があれこれ策を弄して、自分を殺した男に復讐しようとする、そういうアイデアの数々も実に楽しく、寝ているところを邪魔して寝不足にさせるなんていうチマチマしたやつから、交通事故を引き起こさせるなんてスペクタクルまで、もう実に盛り沢山で楽しい楽しい。
 ストーリー的にも、上手い具合に伏線を散りばめ、愛が成就する寸前に引き裂かれてしまった恋人たちという要素も、ロマンス的に良いスパイスになり、見ているこっちも、つい「蝿、がんばれ!」って気分になって、もうノリノリに。
 そして何よりかにより、《殺された男が蝿に生まれ変わって復讐する》なんていう荒唐無稽な話を、馬鹿馬鹿しさを狙ったりネタ的に消費するのではなく、真剣にしっかり全力で作っている感じが気持ちいい。
 蝿の一人称視点とか、飛び回る蝿をアップで追いかけるとか、実写とCGを上手く交えた映像の数々も良く、そういった技術的な部分でも、映画全体の質をしっかりサポート。
 もう全力で「見ているお客さんを楽しませよう!」という姿勢なので、ブッ飛び系のネタも《馬鹿馬鹿しい》のではなく、ちゃんと《楽しく》見られるのが素晴らしくて、ここいらへんは同監督の前述した傑作”Magadheera“なんかと同じ。
 後半、ヒロインがマイクロ・アーティストだという設定を活かしたブッ飛び小道具とか、土俗的な呪術まで出てくる展開とかもあるんですが、そこいらへんも上手い具合に白けずに楽しませてくれる感じで、そんな荒唐無稽さのレベルを制御する手綱さばきも上々。

 そんなこんなで、最後の最後までしっかり楽しませてくれた上に、エンドクレジットではオマケ付きのサービスなんかもあって、鑑賞後はとにかく「あー面白かった!」という満足感に。
 奇想系の設定良し、それを如何に活かすかというアイデアの豊富さ良し、そこにどれだけの説得力を持たせられるかという姿勢と技術良し、娯楽作品としての全力サービス良し……等々、文句なしの快作。オススメ!

【追記】『マッキー』の邦題で、2013年10月26日からヒンディ語版が日本公開されます。公式サイト

【追記2】DVDも発売。

マッキ― [DVD] マッキ― [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2014-03-28

ミクロシュ・ヤンチョー2作、『密告の砦』+ “Csillagosok, katonák (The Red and the White)”

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『密告の砦』(1966)ミクロシュ・ヤンチョー
“Szegénylegények” (1966) Jancsó Miklós
(フランス盤DVDで鑑賞→amazon.fr、イギリス盤DVDあり→amazon.co.uk

 1966年製作のハンガリー映画。ミクロシュ・ヤンチョー(ヤンチョー・ミクローシュ)監督作品。英題”The Round Up”、仏題”Les Sans-espoir”。
 19世紀半ば、オーストリア支配下のハンガリーで、収容所のような砦を舞台に、独立運動に敗れた闘士たちの辿る悲劇を描いた作品。

 19世紀半ば、オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立後間もなく、ハンガリー独立のために戦い敗れた闘士たちは、農民たちの中に紛れ込む。体制側は農民たちを収容所のような砦に集め、その中から独立運動の残党と、顔も行方も判らないリーダーを捜し出そうとする。
 そんな中、オーストラリア軍は一人の殺人犯に、砦に集めた人間の中から、お前より重い罪の者を見つけ出せば減刑してやろうと、取引を持ちかける。男は取引に乗り、自分より多く殺人を犯した男や、独立軍の残党を捜し出しては密告していく。
 砦の捕虜たちの間には不穏な空気が漂い、ついに密告者が何者かによって殺害される。その殺害に関与した者として3人の男が浮かびあがり、拘束され尋問を受けるのだが……といった内容。

 何とも重苦しく救いのない話なんですが、全体的に感情表現を抑えた淡々とした作風。
 砦で起きる事象を、高い視点から俯瞰するような描き方なので、密告する者される者といった個の内面に迫る感じではなく、内容から予想していたほど心理的な圧迫感や息苦しさはない感じ。
 その反面、視点の高さゆえに、全体を通して諦念のような無常観が漂い、人里離れた場所にポツリと立つ砦という、空間の拡がりが印象的な美しいモノクロ画面とも相まって、感情に直接訴えかける系ではない、冷めた視点ゆえの空恐ろしさのようなものが伝わってきます。
 特に、最後の皮肉な結末は、「うわぁ……」と思うと同時に、「でも人間社会なんて、現代でも変わらず、そんなものだよね……」なんて気分になってしまう。劇伴音楽を排して現実音のみによる映画なんですが、そのラストで流れるのが、軍楽隊による妙に明るいマーチだというのも、逆に効果的。
 また、全体的にエモーショナルな表現は控えめとは言いつつ、それでもやはり描かれる内容が内容なので、密告者によって少女が全裸でガントレット刑を受け、それを見た夫(父親?)が投身自殺をするあたりは、淡々とした表現にも関わらず、かなり感情をかき乱されました。

 ただ表現や緊張感が、このあたりをピークにして、後半はいささか失速していくきらいもあり。
 誰が主役というわけではない映画なんですが、それでもそれまで中心にいた密告者が物語から消えた後は、どこか軸が定まらないような散漫な感じは、正直受けてしまいました。
 作劇としては、多くを語らず余白を残し、あとは観客に考えさせるというタイプで、私はかなり引き込まれたんですけれど、一緒に見ていた相棒は退屈だった様子。
 まあ確かにこれはこれで良いと思うし、大いに見応えもあるんだけれど、それと同時に、同じ題材でもっと息苦しい密室劇っぽいものや、サスペンスフルなものも見てみたい気はします。
 淡々としているが故のそら恐ろしさをどう感じるか、そこが評価の分かれどころかも。

『密告の砦』から導入部のクリップ。

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“Csillagosok, katonák” (1968) Jancsó Miklós
(フランス盤DVDで鑑賞→amazon.fr、イギリス盤DVDあり→amazon.co.uk

 同じくミクロシュ・ヤンチョー監督作品で、1968年製作のハンガリー/ロシア映画。英題”The Red and the White”、仏題”Rouges et blancs”。
 10月革命後のハンガリーで、赤軍&ハンガリーのコミュニスト対白軍の戦いを描いたもの。

 これは、ストーリーがどうのというタイプではない作品でした。
 全ての事象を高い視点から俯瞰して眺めるというスタイルが、前述の『密告の砦』よりも更に徹底されていて、エピソードは様々あれども、全体を通してのストーリーやキャラクターというのが存在しない。
 具体的に説明すると、こんな感じ。
 川沿いの撃ち合い。捕らえられたハンガリー人を射殺するコサック兵と、それを隠れて見ている敗残の若者。
 反ボリシェビキをアジテートしながら走る白軍の車。
 敗残の若者が赤軍の拠点である修道院に逃げ込むと、赤軍司令官が捕虜を処刑するところで、中年のハンガリー人がそれに反対している。
 そこに白軍がやってきて、赤軍司令官は自殺し、白軍司令官はその死を悼む。
 白軍は捕虜の中から数人をピックアップすると、その中からハンガリー人を除き、ロシア人をゲームのように殺す。また残りの大勢の捕虜の中から、同様にハンガリー人を解放し、残った捕虜にシャツを脱ぐように告げる。そのときになって、一人の男が「自分はハンガリー人だ」と名乗り出るが、「もう遅い」と却下される。
 白軍は半裸の捕虜たちに、自由にしてやるから15分以内にこの砦から出ていけと命じる。捕虜たちは一斉に走り出すが、砦の出口は閉ざされており、逃げ出した数人を除いて全員射殺される。
 捕虜の処刑を反対した中年は農家に逃げ込むが、最初に出てきたコサック兵に発見されて射殺され、コサック兵は農家の美しい娘に目をつけ、皆の前で彼女を全裸にした上、仲間と共に犯そうとするが、白軍の上官がそれを阻止し、コサック兵は銃殺され……といった感じで、これが延々と続く。

 現実音以外には音楽もなく、ただ淡々と人が大勢死んでいく映画。
 カメラがアップになったりして、「お、これがメインのキャラかな?」と思っていると、すぐに死んでしまい、次のキャラに焦点が当たった……かと思うと、また死んじゃう。
 この繰り返し。けっこうスゴい映画です……。
 いちおう、全体を通して登場する人物もいるんですが、およそ主役という感じではないので、一回見終わった後、もう一度最初から見直して、ようやく「ああ、このキャラが……」と判る程度。
 そしてラストシーンは、そのキャラの無言のクローズアップなんですが、これがまた何とも言えない後味で……。
 まあとにかく、戦争というものから、情緒も感傷も善悪もヒロイズムもなにもかもはぎ取って、ただ《起きたことだけ》を見せるというものなんでしょう。
 ですから重いと言えば重いんですが、それでもあまりにも淡々としているので、見ていて落ち込むというよりは、何だかひたすら無常観に囚われていくばかりで、それが良いような悪いような……うーん、何とも言えない……。
 ただ1つ言えるのは、ここに描かれているのは特定の戦争に限ったことではなく、いつでもどこでも起こり得る、そして今でも起きていることなんだろうな……という、そんな普遍性は間違いなく獲得していると思います。
 絶句しつつ、なんかスゴいもの見ちゃったな……という感じ。

 とはいえ、淡々とはしているものの、退屈とかでは全くなく、フィクションやドラマ的な快感は皆無ですが、エピソードや映像はあちこち心に残るもの多し。
 個人的には、捕虜を匿った病院の看護婦たちが、慰安のために綺麗なドレスを着せられて、白樺林でワルツを踊らされるシーンや、大軍に向かって少数の手勢を率いて、「ラ・マルセイエーズ」を歌いながら進軍していくあたりは、大いに心に残りました。
 とにかく、敵も味方も正義も悪も何もなく、ひたすら人間が殺し合う様を、冷たい視線で高見から眺めているような、そんな映画。
 他人様にオススメするには、ちょいと見る人を選びすぎる系なので難なんですが、興味を持たれた方だったら、間違いなく一見の価値はある映画です。
 ”Csillagosok, katonák”、英盤DVD用予告編。

“Baba Yaga”

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“Baba Yaga” (1973) Corrado Farina
(アメリカ盤DVDで鑑賞→amazon.com

 1973年製作の伊仏合作映画。私の敬愛するイタリアのコミック作家グイド・クレパックスの代表作『ヴァレンティーナ』シリーズを、ヒップでサイケなムードで実写映画化したカルト作品。別名”Kiss Me Kill Me”。
 女流写真家が謎の女と出会ったことで、幻想的でエロティックな世界に巻き込まれていくという内容。

 女流写真家ヴァレンティーナ(イザベル・デ・フュネス)はパーティーの帰りにバーバ・ヤーガと名乗る不思議な女(キャロル・ベイカー)と出会う。バーバ・ヤーガは謎めいたことを言いながら、ヴァレンティーナのガーターを取って「明日までこれを預からせて」と言う。
 翌日、自宅兼スタジオでモデル相手に撮影をしていたヴァレンティーナのもとに、バーバ・ヤーガが訪れるとガーターを返し、彼女のカメラのことを「これは時間をフリーズさせる眼ね」と言って去る。以来、ヴァレンティーナがそのカメラで撮影をすると、モデルが倒れる等の怪事件が起きるようになる。
 更にヴァレンティーナはエロティックな悪夢を見るようになり、謎を探るためにバーバ・ヤーガの住む古屋敷を訪れる。屋敷には、古びて奇怪なオブジェ、絨毯の下に隠された底なしの穴、サドマゾヒズムやフェティシズムを暗示する道具などがあり、ヴァレンティーナはそこで自慰をしてしまう。そんなヴァレンティーナに、バーバ・ヤーガは「お守りになる」と言ってボンデージ衣装の人形をプレゼントする。
 後日、ヴァレンティーナが例のカメラではなく別のカメラでモデル撮影をしていると、不意に電気が消える。そして再び明るくなったときには、モデルは太腿を何かに刺され、傍らには例の人形が落ちている。ヴァレンティーナは、バーバ・ヤーガは魔女でカメラに呪いをかけたのではないかと疑い、恋人の映画監督アルノ(ジョージ・イーストマン)に相談するが取り合って貰えない。
 しかし帰宅すると、使わなかったカメラが何かを撮っていた様子がある。フィルムを現像してみると、そこには思いもよらぬものが映っていて……といった内容。

 ヒップな音楽(ピエロ・ウミリアーニ)に乗せたファッショナブルなカット、クローズアップを多用したサイケ感の描出、程々の前衛性、モノクロ写真をマルチスクリーン的に配置したり、コマ落とし的に動かすことでコミックのテイストを再現する試みなど、前半から中盤はかなり見所多し。
 惜しむらくは、クライマックスになるとそういった美点が消えてしまい、黒魔術とレズビアニズムとサドマゾヒズムの合体という特徴はあるものの、表現自体は凡庸な怪奇映画のヤマ場的なそれになってしまっていること。またストーリー自体も、囚われのヴァレンティーナをアルノが助けにいく等、終盤は展開が陳腐になってしまっているのが残念。
 クレパックスの特徴の1つ、エロティックでサドマゾヒスティックでフェティッシュで幻想的な白日夢の再現という面は、イメージ的には頑張ってはいるものの、やはり当時の実写(それもさほど予算はかかっていない)の限界もあって、残念ながらオリジナルのコミックの奔放さには遠く及ばない出来。
 とはいえ、ヴァレンティーナを演じるイザベル・デ・フュネスの、ちょっと神経症的でサイケな容貌と、スレンダーなのにお乳はバッチリという体型などは、キャラクター的にも作品の雰囲気にも合っていて、なかなか佳良。
 また、ヴァレンティーナの撮影風景などのクールでファッショナブルな雰囲気と、バーバ・ヤーガ周辺のゴスな雰囲気、所々見られる程よく前衛的な表現、ちょっとジャーロっぽいミステリアス・なムード……等々、見所はあちこちあるので、どれか琴線に引っかかった方なら、ばっちりエンジョイできるかと。
 多くを期待しすぎなければ、ちょっと変わったカルト系のヨーロッパ・エロス映画としては、充分に楽しめる出来だと思います。

 クレパックスのファンとしても、オリジナルのコミックのテイストを映画的に再構築しているラブシーンとか、
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その続きのベッドシーンの表現なんか、
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「おぉ、頑張ってるな〜」って感じで嬉しいし。

 米盤DVDは、監督のインタビュー(最近収録)、カットされたシーン(キャロル・ベイカーのフル・フロンタル・ヌードあり)、グイド・クレパックスの作品に関する短編ドキュメンタリー(イタリアコミック史上の位置、独自性、映画性などの内容で、これが実に面白かった)、スチル等、特典は豊富。
 Blu-rayも最近出ました。確認はしていませんが、おそらく特典等は同一かと。
 ただし、英語音声のみ収録のアメリカ盤に対して、イギリス盤DVD
は英伊二ヶ国語収録で、しかも削除部分を復元したファイナル・カット版だということなので、それを知らずにアメリカ盤を買ってしまった私としては悩ましいところ。

“Baba Yaga”予告編。

“Baba Yaga”ファイナルカット版イギリス盤DVD宣伝クリップ。

 因みに、予告編でも聴けるピエロ・ウミリアーニのヒップなテーマ曲”Open Space”はこちら(amazon.co.jpのMP3ダウンロード販売)。

『英雄の証明』

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『英雄の証明』(2011)レイフ・ファインズ
“Coriolanus” (2011) Ralph Fiennes
(日本盤Blu-rayで鑑賞→amazon.co.jp

 2011年のイギリス映画。シェイクスピアの悲劇『コリオレイナス』を、舞台を現代に置き換えて描いたもの。(でも個人的には、後述するようにホモソーシャル/ゲイ映画として楽しめた一本)
 監督・主演レイフ・ファインズ、共演ジェラルド・バトラー、ブライアン・コックス、ヴァネッサ・レッドグレーヴ。

 ローマ(という名前の現代の都市国家)の軍人マーシアスは、敵国の猛将オーフィディアスを打ち負かし、都市コリオライを陥落させた武勲により、救国の英雄として「コリオレイナス」の称を受ける。
 コリオレイナスは、政治的野心を持つ母親の意に沿うために、執政官選挙に出馬して人々の支持も得るが、その権力に危機感を抱く政治家とマスコミ、そして彼らに煽動された市民たちによって、潔癖で激昂しやすい気質を逆手にとられ、追放刑に処せられてしまう。
 こうしてコリオレイナスは、故国に裏切られた怒りと絶望を抱えながら、独りローマを追われるのだが、その向かった先は仇敵であるはずのオーフィディアスの元であり……といった内容。

 瑕瑾がないとは思わないけれど、見応えは大いにあり。
 舞台を現代に置き換えたのは、内容の普遍性をより明確に浮かび上がらせるという点で効果絶大。ただし浅学にして原典を良く知らないので、どの程度のアレンジや変更があるのかまでは判らず。
 英雄的な軍人であり、ある意味で高潔でもある「孤独な竜」と称される主人公像(ちょっとニーチェ的)と、衆愚として描かれる民衆などは、色々と異論もあるかとは思うけれど、理想主義と現実主義の相剋といった命題や、護民官をマスコミに置換することによって描出される社会的な普遍性などは、個人的には実に興味深し。
 表現面は全編ドキュメンタリータッチで、概してそれも効果的ではあるものの、それでも芝居的な見せ場になると、やはりシェイクスピア的なセリフ廻しとニュース映像的なリアル感が、いささか齟齬が生じている部分があるのは否定できない。
 また全体を通じて、見せ場的な華に乏しい感があり、役者の演技で何とか保ってはいるものの、エモーションが揺さぶられにくい部分があるのも事実。
 映像としての動的な見せ場が、前半の市街戦に集中してしまい、後半部にそういった要素がなかったのも残念。
 演出意図に基づくものなのか、予算の関係なのか判りませんが、いずれにせよ後半の進軍・戦争・破壊といったプロセスを、セリフだけではなくしっかり映像でも見せた方が、映画としては全体が引き締まったのではないかという気がします。

 個人的に大いに興味を惹かれたのは、コリオレイナス(ファインズ)とオーフィディアス(バトラー)という、ライバル同士である二人の軍人の関係を描いた部分。
 この部分がもう思いきりホモソーシャル色が濃厚で、ある意味、オーフィディアスがコリオレイナスに片思いしているゲイ映画として解釈したくなるくらいでした。何しろジェラルド・バトラーがレイフ・ファインズを抱きしめて「俺は今、新妻を部屋に迎え入れた時よりも心が躍っている!」とか言っちゃうんだもん(笑)。
 そして、そのバトラーの《恋敵》に当たるのがコリオレイナスの母で、これがまた父性と母性を同時に持ち合わせているかのような魅力的な人物なんですが、それを演じるヴァネッサ・レッドグレーヴの見事さといったら、大女優の貫禄ここにありという感じで、いやもうホント絶品。
 というわけなので、ヤヤコシイことは置いておいても、オヤジ好き&軍人好き&深読み好きのゲイ&腐女子の皆さんは、その部分だけでも間違いなく一見の価値ありだと思います。実に萌えどころ豊富で、そこはもう太鼓判。

 もちろんそういった部分をさっ引いても、前述したように見応え自体はタップリなので、モチーフに惹かれる方であれば、一見の価値はあるかと。
 でもやっぱり個人的には、これはホモソーシャル/ゲイ映画として楽しみたい感じ。

英雄の証明 [Blu-ray] 英雄の証明 [Blu-ray]
価格:¥ 4,935(税込)
発売日:2012-07-03
英雄の証明 [DVD] 英雄の証明 [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2012-07-03

“Singapore Sling”

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“Singapore Sling” (1990) Nikos Nikolaidis
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com

 1990年制作のギリシャ映画。
 全編美麗なモノクロ映像とデカダンな美術で彩られた、セックスと殺人を巡る不可思議で不条理な怪奇幻想譚で、フィルムノワール風味のアートなゴシックホラーといった趣もあり。

 ある雨の夜、庭に穴を掘って瀕死の人間を埋めている二人の女を、傷を負った男が目撃する。
 二人の女は母と娘で、父親は死んでいるが、色情狂気味の娘は、父親はまだ死んではおらず、墓から出てきて自分を犯すと思っている。母の股間にはペニスが生えており、それで秘書の面接にきた娘を犯して殺す。
 負傷している男は行方不明になった恋人ローラを探しており、母娘の家を訪ねる。母娘は口をきかない彼を《シンガポール・スリング》と名付け、監禁してベッドに縛り付け、犯し、尿を掛け、電気で拷問する。その間、男は自分のほどけた靴紐のことをずっと気にしている。
 娘は、自分が男の探している《ローラ》だと言い、連れて逃げてくれと頼む。一方で母は、男を赤子のように可愛がり、娘の言うことを信じては駄目だと諭す。
 やがて男は、母が《ローラ》を拷問するのに自ら手を貸すようになるのだが、そんな中、父の遺品のナイフがなくなり……といったような内容。

 まあぶっちゃけ筋を追っても、ナニガナンダカサッパリワケガワカラナイ系の話なので、ここはもうエロティックで残酷な幻想不条理譚と割り切って、美麗な画面と異様な雰囲気を楽しみつつ、それぞれのエピソードにビックリしたりウットリしたりという楽しみ方をする映画かと。
 実際、映像は極めて美麗。屋敷の様子や衣装のゴージャス感は文句なしで、陰影を上手く活かしたモノクロ撮影も見事。
 また、母娘を演じる女優さんたちが、容姿的にも演技力的にもクオリティが高いのも良し。わりとこういうアヴァンギャルド系は、そこいらへんで醒めることが多いので。
 ただ、尺が2時間近くあるので、流石にちょっと退屈な部分もあり。
 前半は、本気だかふざけてんだか判らない変な可笑しさも手伝って、なかなか快調に見られるんですが、後半のSMセックスや女たちの自慰がメインの展開になると、さほど目新しいものがないせいもあって、ちょっとイマイチ感が漂う。
 この映画に限らず、アート系や耽美系映画に出てくるBDSM表現では、正直なところ感心させられたことは殆どないんですが、この映画もしかり。ラウラ・アントネッリの『毛皮のヴィーナス』とか、寺山修司の『上海異人娼館』程度の、BDSM描写に限定して言えば、雰囲気や型が「それっぽい」だけで、それ以上のものは何もないタイプ。映像センス自体は良いので、そこいらへんももうちょっと頑張って欲しかった。
 とはいえ、クライマックスのどんでん返し……とは言え不条理な話なので、ひっくり返ってビックリはするけど意味はサッパリ分からないんですが(笑)……以降は、馬鹿馬鹿しくも残酷ながら、奇妙にロマンティックな雰囲気も漂い、それでテンションも持ち直したという感じがあって、後味はなかなか上々。

 というわけで、意味不明でも構わないから、耽美的なもの、残酷なもの、エロティックなもの、変なもの、ゴシックな雰囲気が好きな方なら、なかなか楽しめるのではないかと。ただし一緒に見た相棒には大不評(映像の美麗さのみは高評価)だったので、責任は持てませんけど(笑)。
 とにかく映像クオリティは高いので、デヴィッド・リンチとダリオ・アルジェントと『レベッカ』あたりのヒッチコックを混ぜて、それをアヴァンギャルド不条理劇にしたってな感じもあり、個人的にはけっこう好きです。

 余談。
 ちらっと『毛皮のヴィーナス』に触れましたが、同じ『毛皮のヴィーナス』の映画でも1994年のオランダ版(マルチェ・セイフェルス&ヴィクトル・ニーヴェンハイス)は、アート映画寄りの作品なので劇映画的な面白さは別としても、SM的な興趣に関してはあちこち面白い部分があるので、男マゾものがお好きな方なら一度お試しあれ。

毛皮のヴィーナス [DVD] 毛皮のヴィーナス [DVD]
価格:¥ 4,935(税込)
発売日:2003-01-31

『エジプト人』

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『エジプト人』(1954)マイケル・カーティス
“The Egyptian” (1954) Michael Curtiz
(米盤Blu-rayで鑑賞→amazon.com

 1954年製作のスペクタクル史劇。マイケル・カーティス監督。
 紀元前1300年代中頃の古代エジプトを舞台に、一人の医師の波瀾万丈な生涯を、アクナトン(イクナートン、アクエンアテン)の宗教改革などに絡めて描いた内容。原作はミカ・ワルタリの同名小説(未読)。

 主人公シヌヘ(エドマンド・パードム)は葦船に乗せられてナイル川を流れてきた赤子。医者夫婦に拾われて息子として育てられ、成長後は同じく医師を目指す。ある日彼は、軍人志望の友人ホレムヘブ(ヴィクター・マチュア)と共にライオン狩りに出掛け、そこで神に祈りを捧げていた一人の男(マイケル・ワイルディング)を助ける。
 その男こそがエジプトの次のファラオであり、エジプト古来の多神教から世界初の一神教へと宗教改革をするアクナトンだった。アクナトンはシヌヘを気に入り、自分の侍医にする。またシヌヘは酒屋の娘メリト(ジーン・シモンズ)に慕われるが、バビロン出身の高級娼妓(ベラ・ダルビー)に夢中になり、やがて全てを喪ってしまう。
 追われる身になったシヌヘは、奴隷カプタ(ピーター・ユスティノフ)と共にエジプトから逃れ、クレタやメソポタミアなどを転々とする。しかしアッシリアがエジプト攻撃を計画していることを知り、彼らの秘密兵器である鉄器を持ってエジプトに帰る。
 エジプトに戻りメリトとも再会したシヌヘだったが、理想主義者で実務に疎いアクナテンの治世によって、エジプトの国土は荒廃していた。また友人だった軍人ホレムヘブは、既に指揮官にまで上り詰め、神官たちと手を組んで次期ファラオの座を狙っていた。
 そんな中、ファラオの妹バケタモン(ジーン・ティアニー)がシヌヘに接近し、とある秘密を明かすと共に計略を持ちかけるのだが……といった内容。

 監督が『カサブランカ 』も撮れば『ロビン・フッドの冒険』や『肉の蝋人形』も撮る、職人マイケル・カーティスなので、スペクタクル史劇にありがちな過度にもったいぶった要素があまりなく、また尺が2時間20分と短めなこともあって、この手の映画にしてはわりとサクサク見られる感じ。
 とはいえ、悩み多きキャラクターである主人公には、正直あまり動的な魅力は感じられず、演じるエドマンド・パードムも、演技力もオーラも共に不足している感じ。また、こういうテーマを扱いながら、前半1時間近くを延々と、初心な主人公が悪女に翻弄される話に費やすのもどうかと思う。
 合戦シーン等の大がかりな見せ場もないので、スペクタクル的な見せ物としての楽しさもそこそこどまり。エピソードやシチュエーションやテーマが、かの『十戒』とかぶりまくっているのも、どうしても比較して見劣りしてしまう感じに繋がってしまうかなぁ。
 ストーリーの根っ子にあるテーマとしては、イクナートンの宗教改革による世界最初の唯一神アテン信仰を、後のユダヤ教を経たキリスト教誕生のルーツとする説を踏まえ、その2つを意図的に重ね合わせて見せ、結果的には主人公がその筋道を辿っていく様子を描くというものがあります。
 これはアプローチとしては面白いんだけれども、それが出てくるのが映画のほぼラスト近くになってからというのは、ちょいとバランスが悪い感じ。また、その重ね合わせの方法自体も、いささかクリシェに寄りすぎていたり、あからさま過ぎて鼻白む感もあり。
 とはいえ、セットや衣装の美しさや、ロマンティックな照明による画面などは、なかなか魅せられる場面も多々ありますし、ストーリー自体は波瀾万丈で決して退屈な内容でもないので、このジャンルが好きな方だったら、まぁ見て損はなし。

 Blu-rayは、米SAE発売の限定3000枚(DVDも同時発売)。画質等がどれほどのものか等、ちょっと不安もあったんですが、クラシック作品としては問題ない高品質。ただし残念ながら英語字幕はなし。

ちょっと宣伝、『エンドレス・ゲーム』第10話です

endlessgame10
 11月21日発売の雑誌「バディ」1月号に、連載マンガ『エンドレス・ゲーム』第10話掲載です。
 前回のチェンジ・オブ・ペースの流れで、今回はストーリー上の転換点とエロ場面のサンドイッチ構成。
 一年弱描いてきたこのマンガも、そろそろオーラス。次回で完結となります。
 連載開始から追いかけてくださっている方は、ここいらで第1話から通しでまとめて読み返していただくと、また一層滋味(笑)が増してお楽しみいただけるかと。

 さてこの「バディ1月号」ですが、特集が《裏バディ》ということで、パラパラッと捲ってみたところ、いつもよりエロ比重が多めな感じ。
 それに合わせて野原くろ先生が、肌色率高め&がっつりエロ入りの読み切りマンガ『豪人の裏がわ』を描いていたりするので、ファンの方はマスト。
 あと情報ページでは、拙著『銀の華[復刻版]』をご紹介いただいているんですが、全巻セットのサイン本プレゼントもありますので、ご希望の方はふるってご応募くださいませ。

Badi (バディ) 2013年 01月号 [雑誌] Badi (バディ) 2013年 01月号 [雑誌]
価格:¥ 1,500(税込)
発売日:2012-11-21

ドイツのゲイ・アートブック”Mein schwules Auge 9″に作品掲載

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 ドイツの出版社konkursbuch Verlag Claudia Gehrkeから出版されたゲイ・アートブック、”Mein schwules Auge 9 (My Gay Eye 9: Yearbook of the Gay Erotic)”に作品数点掲載されました。
 このシリーズには前も作品を提供しているんですが(こちら)、わりと作品のセレクトにクセがあって、同じドイツのゲイアート出版関係でもBruno Gmunderの出す、良くも悪くも間口が広い感じの本(ピンナップ的な口当たりの良い作品が中心で、あまり過激だったりとんがっているものは歓迎されない傾向にあり)とかと比べると、収録される作品もアクの濃い面白いものが多い印象。
 自分としても参加できるのが嬉しい本なので、再度のオファーをいただき喜んで作品提供した次第。

 というわけで掲載されている作品も、ピンナップありフェティッシュありSMあり女装あり、写真ありドローイングありペインティングあり……と、パラパラ捲っているだけでも楽しい内容。
 今回の収録作家は、自分の知り合い系ではFacebookで付き合いのあるUli Richterくらいで、Tom of FinlandやRexといったビッグネーム系も見あたらず。
 とはいえなかなかワールドワイドな面々で、中でも個人的に興味を惹かれたのは、

イタリアのIacopo Benassi、
book_MSA9_IacopoBenassi

スロヴェニアのBrane Mozetic、
book_MSA9_BraneMozetic

ドイツのHenning Von Berg、
book_MSA9_HenningVonBerg

イタリアのSabatino Cersosimo、
book_MSA9_SabatinoCersosimo

ドイツのJorg Nikolaus、
book_MSA9_JorgNikolaus
ドイツのJan Schuler
book_MSA9_JanSchuler

……といったあたり。
 他にも、作品的にも性的な意味でもけっこう興奮させられるような、もっと過激にエロティックな作品も収録されているんですが、紹介は自重しておきます(笑)。
 私の収録作品はというと、最近作のマンガ『エンドレス・ゲーム』の決めゴマから、フキダシや効果音を取り除いてイラストレーション的に仕上げたものを、何点か提供しています。
book_MSA9_me
 掲載誌「バディ」では局部がモザイク処理されているので、完全な形でのお披露目はドイツが初ということに(笑)。このブログでは修正入れてますけど(笑)。
 冗談めかして笑ってはいるものの、正直なところいつもながら、自分の作品が肝心の日本では、いろいろ規制に抵触してしまって、完全な形での発表が望めないというのは、何だかなぁ……という気分になるのは否めませんね。
 本の入手法ですが、残念ながら日本のアマゾンでは取り扱いなし。
 ドイツイギリスアメリカのアマゾンでは取り扱いがあるので(11/14現在、独英は既に発売中、米は予約受け付け中状態)、欲しい方はそちらをご利用ください。

“Capitaine Conan (コナン大尉)”

dvd_capitaineconan
『コナン大尉』(1996)ベルトラン・タヴェルニエ
“Capitaine Conan” (1996) Bertrand Tavernier
(英語字幕付きフランス盤DVDで鑑賞→amazon.fr、後にフィルムセンター『現代フランス映画の肖像2』で再鑑賞)

 1996年制作のフランス映画。ベルトラン・タヴェルニエ監督。
 一次大戦末期から終戦直後にかけてのロシア国境近辺で、終戦後の平和に馴染めない軍人を主人公に、軍隊というシステムの矛盾などを描いた作品。セザール賞最優秀監督賞&主演男優賞受賞。

 第一次世界大戦末期、ブルガリアで戦っているフランス軍。
 コナン大尉は自ら育てた手勢50名を率いて、特殊部隊のような活躍をしている。銃器ではなく白兵戦をモットーとする彼は、自分は兵士ではなく戦士、猟犬ではなく狼だと考えており、捕虜をとることはなく敵は全て殲滅する。部下たちもまた同様だった。
 そんな自分の信念を貫くコナン大尉は、基本的に士官学校出のエリートには不信感を持っており、たとえ上官の命令であってもナンセンスであると思えば平然と無視する男だったが、元教師のノルベル中尉とだけは、互いに全く違うタイプながらも友情で結ばれていた。
 そして戦争が終わる。フランス軍兵士たちはこれで故郷に帰れると喜んで列車に乗るが、ハンガリーのブカレストに留め置かれてしまう。
 平和に馴染めないコナンの部下たちは、乱暴狼藉など何かと問題を引き起こしてしまい、一方ノルベルは軍事法廷の検事に任命されてしまう。コナンは部下を庇って、何かとノルベルと対立することになるが、一方でノルベル自身も、兵卒ばかりが些細な罪や大した証拠もないにも関わらず裁かれ、上層部の軍人は責を問われることなくノホホンとしていることに疑問を抱き、持ち前の正義感から悩む。
 そんな中、軍隊は対ボリシェビキ戦に備えて、再び故郷とは反対方向の東方へと移動することになる。
 自分の信念を曲げないコナンも、裁く側となって矛盾に悩むノルベルも、罪に問われて拘留されたコナンの部下たちや他の兵士たちも、その皆が戦場となる東へ向かう列車に乗り……という内容。

 基本的な構造としては、平和な時代はおろか、実は近代戦自体にも馴染めないコナン大尉という男の生き様と重ねながら、近代的な戦争や軍隊の持つ問題点や矛盾を描き出した、文芸的な大作映画といった印象。
 とは言え、いかにもそういったモチーフらしい世界の残酷さや空しさを描きつつも、同時に生きている人間ならではのユーモアもふんだんに盛り込まれ、決して重苦しい作品にはならないあたりが、タヴェルニエ監督らしいという感じでしょうか。たとえどんな切迫した状況であっても、その中での食い気と色気がしっかり描かれるあたりは、私が大好きな同監督の『レセ・パセ 自由への通行許可証』と同じ。
 映画の冒頭とクライマックスを、それぞれ戦争場面で挟む構成になっているんですが、この部分のスペクタキュラーな見応えもお見事。特に初めの戦争シーンは、マクロな視点のスケール感、迫力、細部の面白さ……等々、内容的にも映像的にも大いに楽しめます。
 中間部分は、無遠慮な兵士の振る舞いとか、ミュージックホールに入った強盗とか、命令違反に問われた若い兵士とか、帰らぬ息子を自力で前線まで探しに来た母とかいった、様々なエピソードと共に、ちょっとした謎解き的な要素なんかも絡んできて、これまた飽きさせない。
 そんな中でも、やはりユーモラスな描写が光っていて、例えば、冷たい雨の中で整列し兵士たちが、延々と将軍の長演説を聴かされているうちに腹を下してしまい、ガマンできずに次々と物陰に駆け込んでしゃがんでしまうとか、軍楽隊も同様に腹に力が入らず、演奏がメチャクチャになってしまうとか、ブカレストで即席の軍刑務所兼軍事裁判所が必要になるのだが、それが娼館に作られてしまうとか、そんなあれこれが実に楽しい。

 一方、戦争犯罪や命令違反などを巡る、ちょっとした謎解き部分のドラマに関しては、実はそれらの主眼は真実の究明に至るドラマ云々ではなく、例えそこにどんな理由や不正や正義があったにせよ、それとは関係なく現実は冷酷であるというのを見せることにあった模様。これは、そういった厭世観や無常観、そしてそんな現実に対する批評性としては有効なんですが、個人的にはもうちょっと娯楽寄りに目配せがあった方が好みではありました。
 役者さんはそれぞれ魅力的なんですが、主人公であるコナン中尉役のフィリップ・トレトンが、大いに魅力的ではあるものの、それでもちょっと弱さを感じるのが残念。
 というのも、このコナン中尉というキャラクターは、いわば生まれながらの戦士であり、平和な時代はおろか、実は近代以降の社会全てに居場所がないような、そんな人物。そんな彼は「引き金を引くだけで相手を殺すのは《戦った》とは言わない、刃物で突き刺してこそ《戦い》であり、それが兵士ではない《戦士》の証だ」などと、堂々と言ってのける人物なんですが、トレトンは顔立ち自体に人が良さそうなところがあり、好演はしているとは思うんですが、正直そこまでの凄みはない。

 そういう感じで、個人的にはちょっと惜しい感もあり、映画の後味もけっこう苦いものがありますが、見応えはタップリ。
 ストーリー的に様々な位相を持ち合わせた内容なので、見る人を選ぶ部分もあれこれあるとは思いますが、時代物、戦争物、男のドラマ物がお好きな方なら見所も多いと思います。

レセ・パセ[自由への通行許可証] [DVD] レセ・パセ[自由への通行許可証] [DVD]
価格:¥ 2,500(税込)
発売日:2006-04-28