投稿者「Gengoroh Tagame」のアーカイブ

“Senność”

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“Senność” (2008) Magdalena Piekorz
(ポーランド盤DVDで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2008年制作のポーランド映画。様々な問題を抱えた現代ポーランドの3組のカップル(夫婦2組、ゲイカップル1組)を軸に、愛や生や死を描いたヒューマン・ドラマ。
 ご贔屓ミハウ・ジェブロフスキー出演作。監督は前にここで感想を書いた””Pręgi”と同じ人。

 嗜眠発作に悩む女優ローザは、人里離れた豪華な邸宅で、優しくハンサムな夫に看護されながら療養中。
 小説家のロベルトは、婿入りのような形で結婚して妻の家族と同居中だが、妻のヒステリーや彼を穀潰し扱いする義父の態度に悩まされてスランプ中。
 青年アダムは医師試験に合格し、田舎の両親は息子が故郷に帰って開業医となることを望み、将来結婚したときに備えて新居まで建てて準備しているが、肝心の彼は今のところ田舎に戻るつもりはなく、両親も仕方なく彼の気持ちを尊重して待つことにする。
 一見何の不満もなさそうなローザだったが、発作の度に前後の記憶を無くしてしまう彼女は、夫が浮気をしているのではないかという疑念に苛まれて、孤独な田舎暮らしの中、毎日レシピを元に《愛を蘇らせる料理》を作っている。
 ロベルトは、妻には彼女の健康上の理由でセックスを拒まれていて、期待されている新作小説もずっと書くことができず、更に苦痛を伴う何かの発作にも襲われるようになるが、そのことは妻とその家族には隠している。
 都会の病院勤めをするようになったアダムは、実はゲイで、街で出会ったギャンググループのスリ、ラドニーを治療したことをきっかけに、互いに惹かれ合って付き合うようになるが、息子を驚かせようと予告無く上京してきた両親に、その関係を見られてしまう。
 医者の診察を受けたロベルトは、このままではもう長くないと告げられるが、日常に倦み既に生きる目的もなくなっている彼は治療を拒否する。そして田舎に出かけるのだが、そこで発作を起こし、偶然ローザに助けられる。
 ロベルトが現役時代のローザを観客として知っていて、二人は打ち解けて親しく語り合うのだが、彼のふとした言葉から、ローザは夫の浮気が自分の邪推ではなく事実であると確信し、夫の嘘を暴こうと計略を練る。
 一方のアダムもラドニーと諍いになり、ラドニーは家を出て行ってしまう。やがてアダムはそのことを悔いて、よりを戻そうとラドニーの所属するギャンググループを追うのだが、そのことから逆にギャングに目を付けられ、ついにはホモ狩りの獲物にされ暴行を受けてしまう。ラドニーは、アダムとの関係が仲間にばれることを怖れて、恋人を助けることができないが、後からこっそり介抱して許しを請う。
 アダムとラドニーは一緒に街を出ることにして、荷物を纏めて二人でバス停に向かうが、そこをギャンググループに見つかってしまい、ローザは夫の嘘を暴く計画を実行、そしてロベルトは妻との離婚を決意するのだが……といった内容。

 全体的に抑えた調子で、淡々と、しかし丁寧にそれぞれのドラマが綴られていき、先の読めない展開も相まって、地味ながらも面白く見られる作品。個人的には、ゲイ要素があるという予備知識が全くなかったので、かなり意外なお得感がありました。
 構成としては、それぞれ別々の3本のドラマが、後半になって互いに重なり合う部分が出てくるという作りですが、さほどトリッキーな感じではなく、ローザとロベルトはけっこうがっぷり重なるんですが、アダムとは軽く触れあう程度なので、そこはもうちょっと工夫が欲しい気も。
 因みに、ご贔屓ミハウ・ジェブロフスキーは、ローザの夫役。つまりゲイ役ではない。残念(笑)。
 テーマ的には、自分を世間で言うところの《幸せなはず》だと騙すのではなく、勇気を持ってそこから一歩踏み出すことによって、初めて本当に自分の人生の意義を取り戻すことが出来る……ということだと思います。
 つまり、セレブな暮らしをしているローザも、逆玉に乗って物理的には不自由のないロベルトも、両親には愛され仕事も順調なスタートをきっているアダムも、皆はたから見れば「幸せなはず」な状況なんですが、実際はそうではなく、生きる意義ってのはそんな単純なものじゃない。
 彼らの抱えているそれぞれの事情が、すなわち彼らを《不幸》にしているわけですが、それと同時にその《不幸》の原因は、彼ら自身が現状から一歩踏み出す《勇気》に欠けているせいでもある……というのが描かれているあたりが、個人的にはかなりの高ポイント。

 私としては、どうしてもゲイのアダムのエピソードが気になるんですが、ここでも前述のテーマが、極めて有効に作用してきます。
 クローゼット・ゲイであるアダムは、自分のセクシュアリティをオープンにすることができない。両親から愛され仕事にも恵まれ……という《幸せ》な状況であるからこそ、尚更それを《壊しかねないリスク》、すなわち自分はゲイだとアウトすることができずにいる。
 このことは、日本の多くのゲイにとっても、かなり身近なことであるはず。
 アダムのBFラドニーも同様で、二人は地下道で一瞬目があっただけで互いに何かを感じ合い、そして恋人関係へと発展していくのだが、それはあくまでもアパートの中という密室内での関係。ひとたび外に出れば、ラドニーは自分がゲイだと仲間にばれることを恐れ、それゆえにアダムを仲間の暴行から助けることもできない。
 どちらも、《現状の平穏》を損なうことを恐れて、社会に向けて自分自身をオープンにできない。
 そして二人は《逃避行》を選ぶのですが(以下ちょっとネタバレを含むので白文字で)、荷造りをして、街を離れるバス乗り場に向かった二人は、再びギャンクたちに取り囲まれ、しかし今度は、暴行を受けるアダムを守ってラドニーはギャングに立ち向かい、結果として相手の一人を刺殺してしまう。これは悲劇ではあるんですが、それと同時に、ラドニーは《一歩踏み出す》勇気を持ったということでもあります。
 そしてアダムもそれに呼応する形で、最終的にはラドニーを実家に連れて帰る。アダムもまた、リスクを恐れず《一歩踏み出し》て両親と対峙することで、自分自身の人生を手に入れたわけです。

 という感じで、このゲイ・カップルを描いたエピソードは、彼らを取り巻く現実の苦さや残酷さをきっちり踏まえつつ(ホモ狩り以降のくだりは、けっこう見ていて辛い部分もあるんですが)、でも最終的には、見ていて思わず笑みがこぼれてしまう結末を迎えるし、前述したテーマの有効性などもあって、個人的にはかなり佳良。

 Magdalena Piekorz監督の演出は、前の”Pręgi“同様に、派手さはないもののしっとりとした滋味あり。それぞれの役者も、けっこうイヤなヤツだったジェブロフスキーも含めて、アンサンブル全体が好印象。
 後味も上々で、そこに加えてゲイ映画的な良さもあったので、個人的にはかなり満足のいく佳品でした。

 オマケ。アダムとラドニー。
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『セデック・バレ(賽德克·巴萊 / Seediq Bale)』

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『セデック・バレ(賽德克·巴萊)』(2011)ウェイ・ダーション(魏徳聖)
(台湾盤Blu-rayで鑑賞、YesAsiaで購入可能→YesAsia.com

 昭和初期、日本統治下の台湾における先住民セデック族が抗日蜂起した《霧社事件》を描いた台湾映画。2012年の第7回大阪アジアン映画祭で上映、コンペティション部門で観客賞を受賞。
 Blu-rayボックスは、ディスク1に『第一部 太陽旗』『第二部 虹の橋』のフルバージョン4時間強、ディスク2にボーナス・マテリアル、ディスク3には全二部を一本に纏めた2時間半の短縮版『インターナショナル版』をそれぞれ収録。

『セデック・バレ 第一部  太陽旗(賽德克・巴萊 太陽旗)』
 ストーリー等はググれば出てくるので割愛しますが、期待通り重量級の見応え。
 抗日運動を題材にしているとはいえ、視点は極めてニュートラルな印象。もちろん台湾統治下における日本人から蕃社(先住民)に対する差別が鍵とはなっているのだが、それがイコール「野蛮とは何か」という問いかけとしても機能している印象。
 つまり、民族のアイデンティティや誇りといったテーマを扱いつつも、同時にそれが文明と野蛮の衝突にもなっているあたりがミソで、じっさい第一部の終盤では、救出された娘が父に「首狩りをやめられないの?」と問うたりします。
 絶対悪としての抑圧者と正義の非抑圧者という安直な構図にはせず、文化的な衝突やディスコミュニケーションを踏まえ、《野蛮》或いは《原始》という、現代人とは異なる価値観をしっかり描いているのには大いに好感。
 ただその反面、価値観を共有できないが故の感情移入が難しくなるという難点もあり。特に《首狩り》という《儀式的殺人》に関しては、まずその描写が直裁的であり、加えてハリウッド映画のような「子供が殺されるシーンは描かない」といった《逃げ》もないので、正直どうしても見ていて辛いものがある。
 そういった、安直な善悪に落とし込まない公平さは、イコール作品世界全体を俯瞰する視点の高さにも繋がり、エモーショナルな部分が揺すぶられにくい(ただし情緒的な部分を除く)ところがあります。
 作劇も、堂々とした風格がある反面、いささか中だるみを感じなくもないんですが、それでも力強くグイグイと引っ張っていくので、二時間半の長尺も全く気にならず、このパワフルさは素晴らしい。
 映像は美麗でスケール感もたっぷり。スケール感が過ぎて、CG使用部分に関しては、場面によってはファンタジー映画に見えてしまうほど。歌舞要素があったのも個人的にはツボ。
 多少の思うところはあるものの、とにかく堂々たる大作史劇であり、力作であることは間違いなし。

『セデック・バレ 第二部 虹の橋(賽德克・巴萊 彩虹橋)』
 実は、第二部になるとひょっとしてテンションとか出来映えとかが下がるのでは…とかも想像していたんですが(良くあるパターンなので)、それは全くの杞憂でした。
 極めてパワフルな作品で、これまた二時間強を一気に見せる。いや、スゴい。
 内容的には、何しろほぼ全編戦闘&殺し合いの連続だし、それ以外のエピソードもアレコレ辛い内容ばかりなので、見ていてかなりキツいのは事実。ただ、見せ方が娯楽映画的にスペクタキュラーなせいもあり、見ていて必ずしも暗澹とした気持ちになるというわけでもないのが特徴かも。
 文化のコンフリクトや、文明と野蛮といった要素に関しては、キャラクター単位で事象として提示されているものの、そこからもう一歩踏み込んだ考察にまでは至らないのは、良くもあり悪くもあり。個人的にはそこいらへんを、セリフや単独エピソードだけではなく、もう少しドラマ的に描いて欲しいという気もしました。
 また、史実に沿ったという側面もあるんでしょうが、結末をこういった形に持って行くのならば、もう少しモーナ・ルダオという人物の内面に踏み込むか、或いは対峙するキャラクターを立てて、それとの拮抗という要素を入れた方が良いような気もしますが、まぁそこいらへんは無いものねだりかなぁ……。
 とはいえ、とにかく見応えはタップリ。
 正直、エンディング場面に代表されるようなロマンティシズムと、全体を見渡す視点の高さには、乖離が生じてしまっているとは思うし、善悪を挟まずに《出来事》のみを描く視点と、全体を貫くスペクタクル・アクション娯楽映画的な手法も、ちょっと相反する気はするんですが、そういった対峙するアレコレが混然となったパワフルさも、また作品の魅力の一つであることも確か。
 というわけで、まず見て損はない一本なので、一般公開希望!

『セデック・バレ インターナショナル版(Seediq Bale)』
 さて、オリジナル全二部4時間半強を、2時間半に編集した短縮版も見たんですが、うーん、これは……ひょっとしたら、純粋に作品的完成度のみを見た場合は、こちらの短縮版の方が高いかも。もちろん喪われたものは多いのだが、その分全体がスッキリとしたことは否めない感じ。
 その大きな要因として、まず一つ、オリジナル版第一部クライマックスの《血の禊ぎ》から、最も神経を逆撫でされる(であろう)シークエンスが丸々カットされていること。「うわぁ、これを描くか!」と驚嘆したシーンではあるのだが、それがないことによって、セデック族への感情移入が比較的容易になっていることは確か。
 もう一つは、ラストの大幅な変更。ドラマ的なクライマックスをはっきりと一カ所に定め、以降の史実に沿わせたアレコレがバッサリとカットされており、これが逆に、モーナ・ルダオというキャラクターの掘り下げ不足ではなく、ヒロイックに補完してくれるような印象に繋がっている。
 結果、全体の印象がロマンティシズム主導に近い形になり、ある意味で枝葉もなくスッキリとまとまっていると言えそう。
 しかしその反面、当然の如く文化的なコンフリクトや、野蛮とはいったい何であるかといった要素は、エピソード的には残っているものの、映画全体の印象からはかなり薄味な感じになっているのも確か。
 そういう意味では、大きな魅力の一つであったカオティックなまでのパワフルさは、インターナショナル版ではかなり喪われてしまっているものの、しかし娯楽主体のまとまりとしては、この短縮版(というより再編集版といった印象)も充分「あり」という印象。
 作品の自己矛盾も含めたパワーや見応えをとるか、それとも多少単純化されていたり薄味になっていてもいいから、スッキリとしたまとまりをとるか……これはもうお好み次第という感じ。
 どちらにせよ、両バージョン共に見て損はない作品であるのは確か。

『セデック・バレ』予告編(第一部&第二部込み)

『セデック・バレ』第二部(及びインターナショナル版)のエンド・クレジットで流れる歌。前半は普通に良くあるバラード系のアジアン・ポップという感じですが、5分頃〜終曲部分の民族音楽風のコーラスのリフレインが感動的で好き。

 さて、ここから後はネタバレも含む、『完全版』と『インターナショナル版』の比較なんぞを少々。お嫌な方は、以降は読まれませんように!

 この二つの印象の違いとしては、やはりまず完全版では第一部のクライマックスとなる、セデック族による霧社襲撃〜虐殺場面での、描写の違いが大きい。
 完全版では、襲撃に加わったセデック族の少年が仲間を率いて、自分を差別した学校の教師、同級生、その母親などを襲撃し、殺害するシーンがあるんですが、インターナショナル版では、このシークエンスはすっぽり省かれています。
 この場合の殺人は、あくまでも儀式的な側面があるので、単純に報復云々ではないのですが、それにしてもやはり年端もいかない子供が、己の行為の正当性を信じて堂々と殺人を犯す場面を見せられるのは、なかなか辛いものがあります。
 そしてこの少年は、完全版では第二部、インターナショナル版では後半でも、重要なキャラとして登場し続けるんですが、先述のシークエンスを見てしまうと、完全版ではどうしてもキャラクター的に感情移入がしにくい部分がある。また同時に、子供がそうなったことへの責任といった意味で、その保護者にあたるセデック族の大人たちへの感情移入も、同様にしにくい結果に。
 対して、件のシークエンスがないインターナショナル版では、そこいらへんの抵抗感が払拭……というか隠匿されているので、完全版を見ているときのような、どこかモヤモヤしたものがなく、割と普通に感情移入しながら、セデック族側の立場から物事を見られるんですな。
 つまり、完全版ではある種の《きれい事》が作用しているが故に、エグ味が抜けて薄味にあっている分、娯楽映画的には破綻を免れているという側面がある。

 もう一つの大きな差異は、ちらっと前述したようなエンディングの違い。
 Wikipediaによると、

11月初めにはモーナ・ルダオ(筆者注:セデック族の反乱を率いた中心人物で、映画の主人公)が失踪し、日本側は親日派セデック族を動員し、11月4日までに暴徒側部族の村落を制圧した。モーナの失踪後は長男のタダオ・モーナが蜂起勢の戦闘を指揮したが、12月8日にタダオも自殺した。
とあるんですが、完全版は基本的にこの事実に即して描かれます。
 完全版の最終部分の流れを大まかに追うと、以下のようになります。
 日本軍との最後の大規模な白兵戦があり、セデック族が橋を渡りかけたところを爆破というシークエンスの後、空から赤い花弁が降り注ぎ(しかし実際は花弁ではなく投降勧告のビラ)、モーナ・ルダオは妻たちと幼い子供たちを殺し、独り山中深くに姿を消し、以来消息が知れなくなる。
 残された年長の息子たちは、山中に籠もって抵抗を続け、里の家族たちからの支援なども受けつつ、それでも破れて最終的には自害する。反乱が全て収まった後、日本軍の将校たちは咲き誇る真紅の桜に驚きつつ、セデック族の勇猛さに喪われた武士道を見る。
 そして残ったセデック族の強制移住が描かれ、更に四年後、モーナ・ルダオの遺骨の発見が描かれ、続けてテロップによって、台湾大学での保存〜霧社への返還などが説明される。
 映画のラストは、遺骨を発見した若者が、山頂で空に掛かる虹を見上げる中、モーナ・ルダオ以下、亡くなったセデック族の人々が雲海の上、晴れやかな顔で民謡を歌いながら、父祖の住まう世界に向かって《虹の橋》を渡っていく姿が描かれ、その後、お伽噺のような情景の中、セデック族の由来を語る神話が語られてエンド・クレジット。
 対してインターナショナル版は、白兵戦〜橋の爆破から、空から赤い花弁が降り注ぐところまでは同じなんですが、それが投降勧告のビラだったという部分はなく、代わりにここでセデック族由来神話が語られます。そしてそこからダイレクトに、日本軍将校たちが真紅の桜と共に武士道を思うシーンへと続く。
 その後はテロップによる事件の顛末の説明や、強制移住の場面などが描かれますが、完全版にあった、モーナ・ルダオによる妻子の殺害〜失踪、残った若者たちの抵抗〜里の家族との交流〜自害といったエピソードは一切割愛されています。
 エンディングも異なっており、完全版でモーナ・ルダオの遺骨を見つけた青年は、インターナショナル版でも同じく山中に踏み入っていきますが、遺骨の発見シーンはなし。当然その顛末のテロップもなく、青年はそのまま山頂に登り、天空の虹を見る。そして、セデック族の魂が《虹の橋》を渡っていくシーンはなく、そのままエンド・クレジットへ。

 つまりこうして二つを比較してみると、完全版は、細部に渡って出来事を描いてくれる反面、ドラマ的なダイナミズムは犠牲になっている感があり、対してインターナショナル版は、エピソード的な欠落はあるものの、クライマックスからエンディングへの流れはスムーズ。
 また、モーナ・ルダオによる妻子の殺害〜失踪というエピソードに関しても、前者はその行動をもたらす要因が、現代社会の価値観とは全く異なる異文化的な道であるのが、やはり感情移入を阻害してしまうし、後者に関しては説明不足な感が残る。
 対して、それらを割愛したインターナショナルでは、そういったモヤモヤ感がなく、顛末が曖昧に暈かされているのも(橋の爆破の後、赤い花弁を見上げるモーナ・ルダオたちのカットが入りますが、そこに被さる由来神話の語りの効果も加わり、彼らは既に爆破で亡くなっていて、それは彼岸の光景であるかのように見えます)、現実の事件から伝説へと繋がる効果になっている。
 完全版のラストにある、セデック族の魂が《虹の橋》を渡っていくシーンは、イメージ的には美しいし、歌われる民謡も大いに効果的なんですが、残念ながらヴィジュアルとしての完成度がちょっと低いのと、それまでの極めてニュートラルで現実的な視点に対して、いささかロマンティシズムやファンタジー性に過ぎるという印象もあったので、そういった直裁的な描写をカットして、虹を見上げる青年の姿だけに留めたインターナショナル版の方が、全体の纏まりという点では評価できる部分も。
 というわけで、確かにインターナショナル版は短縮版ではあるんですが、単に完全版を短く切り詰めたというものでは決してなく、間口の広さや娯楽映画的な纏まりの良さを主眼に再構成しているというのが、私の印象。
 機会があれば、是非お見比べあれ。

【追記】その後めでたく一般公開&日本盤ソフト発売。

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『ウォーリアー (Warrior)』(2011)ギャヴィン・オコナー

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“Warrior” (2011) Gavin O’Connor
(アメリカ盤Blu-rayで鑑賞→amazon.com

 総合格闘技の世界に身を投じた兄弟とその父親を通じて、闘い、確執と許し、そして再生を描く、エモーショナルなヒューマン感動作。
 2011年制作のアメリカ映画。ギャヴィン・オコナー監督、出演トム・ハーディ、ジョエル・エドガートン、ニック・ノルティ。

 元海兵隊員のトミーが、長く離れていた故郷に戻り父親を訪ねる。
 アルコール依存から立ち直ろうとしている父親ポップは、息子との再会を喜ぶが、過去の確執と母親の死のせいでトミーは冷たく当たる。
 トミーは格闘技のジムに行き、そこののスター選手の練習相手として自分を売り込み、あっという間に相手を倒してしまう。実はトミーは幼い頃から、父ポップからレスリングの英才教育を受けた元選手だったのだ。
 一方、トミーの兄でありながら彼とは長く疎遠であり、父のポップとも彼のアルコール依存が原因で絶縁しているブレンダンは、これまた元は総合格闘技の選手だったが、今は引退して高校の物理の教師をしている。妻と二人の娘もいて幸せだったが、娘の心臓手術の費用を工面するために、家を失う危機に直面していた。
 ブレンダンは収入を増やすために、ストリップクラブの駐車場で開催されているアマチュアの格闘技大会に参戦して賞金を得るが、それが学校で問題となり停職処分になってしまう。
 そんな中《スパルタ》という名の総合格闘技大会の開催が決まる。世界中から強豪が集まり、優勝賞金は5百万ドル。トミーはそれに出場するために父にコーチを頼む。しかしそれはあくまでも選手とコーチというビジネスライクな関係であり、父と子の絆とは無縁のものだった。
 一方のブレンダンも、手術費用のために《スパルタ》に参戦し、兄弟は久々に再会するが、トミーは過去の確執から兄のことも父のことも、肉親の絆は冷酷なまでに拒否し続け……という内容。

 いや、これは感動的でした。
 全体的にとても丁寧な作りで、最初はちょっと「う〜ん、丁寧なのはいいけど、ちょっと勿体ぶりすぎじゃない?」って感はしたんですが、もう中盤以降の吸引力がスゴいのなんのって……。
 様々な愛憎が交錯する人間ドラマ部分もエモーショナルならば、迫力タップリの試合シーンもエモーショナル。そして、そんな二つのエモーションが、並行して徐々に進行しながら、クライマックスで一つに重なるもんだから、もう熱いのなんのって……目頭熱くなります。
 ストーリー的にはけっこう多層的な構造で、現代アメリカの抱える様々な問題を盛り込みながら、家族の崩壊と再生を描き、それをド迫力な格闘技モノという要素に重ねつつ、更にメルヴィル『白鯨』の引用や、トミーの《贖罪》がキリストにダブるようなイメージもあって、娯楽なんだけれど文学的でもあるような味わい。

 それぞれのキャラも良ければ、役者も良し。
 トミー役のトム・ハーディ(私の目当ての一つ)も良いんですが、それ以上にブレンダン役のジョエル・エドガートンが素晴らしい。息子たちから愛を拒否されるニック・ノルティの哀れさも良し、ブレンダンの妻やコーチ、その他のちょっとしたキャラも全て良し。
 しかしやっぱり、何と言ってもトム・ハーディとジョエル・エドガートン。二人とも、とても役者とは思えない……ってか総合格闘技の選手にしか見えない。試合相手は本職の格闘家さんたちらしいんですが、肉体的にも存在感的にも、彼らと並んで全くひけをとらない役作り。もう驚嘆の一言。
 マーク・アイシャムのスコアも良ければ、クライマックスで流れるThe Nationalというバンドの”About Today”という歌も、ちょいとベタな感じはしますが、それでも特に後半、ポストロック風の展開部分と映像のマッチングによる高揚感なんか、もうたまらないです。
 ポスターもムチャクチャかっこいい。

  というわけで、格闘技映画としても面白く、感動的なヒューマンドラマとしても面白いので、見てるこっちも思わず拳を握りしめてしまうといった具合。
 男の映画&熱い映画&感動的な映画が好きな方だったら、文句なしのオススメ作。いや〜、えがった!
 これは何とかして日本公開、それが無理ならせめて国内盤でのソフト化を望みたいところ。

 で、前述したようにこの映画、主演二人の肉体作りがすさまじいんですが、その二人および映画に出演している本物の格闘家たちの肉体を捉えた、”The Men of Warrior”という写真集も出ています。
book_TheMenOfWarrior_cover
 これまたなかなか良い写真集で、内容のサンプルはこちら(水色帯のBEGIN SLIDESHOWをクリック)。他にも、こんな感じや
book_TheMenOfWarrior_1
こんな感じの、
book_TheMenOfWarrior_2
バイオレントでスタイリッシュな写真もあり。
 カメラマンはティム・パレンという人。
 本のサイズも大判ですし、映画から離れた単独写真集としても見応えありなので(実は私、この写真集の方を先に購入していました)、「おっ」と思った方にはオススメです。

The Men of Warrior The Men of Warrior
価格:¥ 2,488(税込)
発売日:2011-08-09

 マーク・アイシャムのサントラも、もちろん購入。

Warrior Warrior
価格:¥ 1,574(税込)
発売日:2011-09-13

 マーク・アイシャムによる”Warrior”サントラ、スライドショー付きのオフィシャル・サンプル・クリップ。

【追記】めでたく日本盤ソフト発売されました。劇場での限定公開も。
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ちょっと宣伝、『エンドレス・ゲーム』第6話です

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 6月21日発売の「バディ」8月号に、集中連載『エンドレス・ゲーム』第6話掲載です。
 前回はエピソードのブリッジ的な回でしたが、今回はいよいよ《セックス・ショー》。
 というわけでエロエロです。ガチムチ淫乱ヒゲ坊主のアキラが、バリタチの龍アニキを相手に、人前であんな姿やこんな姿、あられもない恰好を晒しまくり……とか、エロビの宣伝文句っぽく書いてみたり(笑)。
 連載という形態の利点と「バディ」の誌面の大きさを活かして、大ゴマの連打でお送りしているので、春画的な絡み絵画集みたいにもお楽しみいただけるかと。
 そして、最終ページを見て頂ければお判りかと思いますが、次回もまたエロエロな予定なので、よろしかったらぜひ続けてお買い求め下さいませ!

Badi (バディ) 2012年 08月号 [雑誌] Badi (バディ) 2012年 08月号 [雑誌]
価格:¥ 1,500(税込)
発売日:2012-06-21

ちょっと宣伝、アートブック“FUR: The Love of Hair”に作品掲載

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 先日ドイツのBruno Gmünder社から出版された、体毛ラブなゲイ・アート・アンソロジー、”FUR: The Love of Hair”に作品数点掲載です。
 二年ほど前にも、同社から出た同テーマのアートブック“Hair – Hairy Men in Gay Art”に作品を提供しておりますが、今回の“FUR: The Love of Hair”はまた別編集(エディターも違う)の本。とはいえ内容的には”Hair”同様に、やはり体毛やヒゲをモティーフにしているアーティストの絵や写真を集めたアートブック。
 ただ、約A5サイズとコンパクトだった”Hair”に比べて、今回の”FUR”は約A4サイズと大判。こんな感じで、”Hair”や「バディ」なんかと大きさを比較すると、その大判ぶりが良くお判りかと。
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 サイズが大きい分、当然図版のサイズも大きくなり(基本1ページ1点か見開き1点)、迫力も倍増。
 ハードカバーのフルカラーで、ページ数も250ページ以上。いつものことながら印刷や造本もしっかりしていて、アートブックとしてはなかなかステキな仕上がりです。
 価格は国によって異なりますが(Bruno Gmünderは拠点こそドイツですが、販売網はワールドワイド、ヨーロッパから南北アメリカ大陸まで、幅広く販売されています)、だいたい3500円程度といったところでしょうか。

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 で、私の作品は(確か)3点掲載されているんですが、うち2点はこのように見開きでの掲載なので、自分で見てもかなりの迫力。
 ページの右上にハングル文字があるのは、これは本全体を通じて、FUR(毛皮)を意味する言葉が、各国語であちこち書かれている……というデザイン処理のせい。じっさい私の絵が載っている他のページでは、ペルシャ語(アラビア文字)が配されていたり(笑)。

 というわけで、私以外にも体毛系の絵や写真がギッシリで、例えばこんな感じ(左/スペインのヴィクトル・ヴィレンの絵、右/アメリカのデヴィッド・グレイの写真)だったり、
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はたまたこんな(左/イギリスのチャーリー・ハンターの絵、右/アメリカのクリス・ローマの写真)だったり。
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 左右にそれぞれ、モチーフやポーズ的に共通点のある絵と写真を、対比させて並べてあったりして、そういった全体の構成も楽しい本です。
 版元Bruno Gmünderのサイトでも、内容見本が見られます。こちら。書影右にあるflip throughというオレンジ色のタブをクリックすると、本の中味が数ページぺらぺら捲って見られます。少し捲ると私の絵も出てきますんで(笑)。

 他にも、私の知り合い系だと、アメリカのミノルとか、
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フランスのギイ・トーマスとか。
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 また、知り合いとかじゃありませんが、チャーリー・ハンターのこのドローイングとかも、実に惚れ惚れしますね。インデックス見たら、私と同い年でした。
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 というわけで、熊好き体毛好きなら存分にお楽しみ頂ける一冊だと思うので、是非一冊お買い求めを……と言いたいところなんですが、残念ながら例によって、日本のアマゾン「だけ」取り扱いなし。
 ただ検索してみたところ、ジュンク堂のカタログにはありました。こちら
 海外のアマゾンだと、どこでもちゃんと取り扱っているので、とりあえず、アメリカアマゾンイギリスアマゾンのリンクを貼っておきます。多分イギリスからの方が、送料も含めて安く買えるのではないかな?(経験から言うと)

「映画秘宝」とか『スパルタカス』とか

 現在発売中の「映画秘宝」7月号で、小特集「海外ドラマ夏の陣! 今、本当に面白い最新ドラマはこれだ!」に、私、連続TVドラマ版『スパルタカス』について、文章を書かせていただいております。あと、巻末の近況欄にもちびっと。
 よろしかったら是非お買い求めくださいませ。

映画秘宝 2012年 07月号 [雑誌] 映画秘宝 2012年 07月号 [雑誌]
価格:¥ 1,050(税込)
発売日:2012-05-21

 このTVドラマ版『スパルタカス』、記事にも書いたようにエログロ度がハンパないんですが、ゲイ目線でもうちょい追補しておきませう。
 まずとにかく、メインの登場人物が奴隷剣闘士なので、基本的にマッチョばっか、加えて常に半裸。更に全裸シーンもふんだんにあり、逞しいケツはおろかナニも丸出しに。
 同性愛要素&描写もしっかりあり、男同士のラブはもちろん、ガンガン肛門性交するシーンまで登場。
 責め場も盛り沢山で、鎖で繋がれたり鞭で打たれたりといった基本はもちろん、宴会で見せ物的に女とセックスさせられる羞恥系とか、アレをちょん切られて晒し者といった無残系も。
 古代ローマのグラディエーターネタなので、マッチョが惨殺される場面にも事欠かず、しかもかなりのゴア描写。
 そんなこんなで、残酷度とエロ度は過去の類作を遙かに凌駕する充実っぷりなので、普通に見ても充分に面白いんですが、下心で見てもタップリ堪能できるかと。

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 内容的にはプリクエルに当たるシリーズ番外編も来月リリース。

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<6月29日追記>
『スパルタカス序章 ゴッド・オブ・アリーナ』の方も全話鑑賞したので、感想を簡単に。
 あのキャラの過去はどんなものだったのか、とか、こいつがどんなきっかけで正編に見られるような態度へと変わるのか、とか、正編に続く仕掛けが様々施されたプリクエルとしての面白さもさることながら、独立した一作品として見ても良く出来ていて、正直期待以上の内容。
 表現面の《容赦ない人体破壊描写+隙あらばエロ》のコンボは相変わらず健在ですが、ストーリー自体が全6話とコンパクトなこともあって枝葉も少なく、ラニスタとグラディエイターそれぞれの上昇志向を、闘技場の建設&こけら落としの大会開催と重ね合わせて見せる構成が、実に巧み。ラストの処理も上手く、後味も上々。
 個々のエピソードも、ぶっちゃけ正編を見ていると「こいつは死なない」というのが判ってしまうんですが、それを「じゃあどうやってここを切り抜けるのか」みたいな見せ方を上手く組んでいます。逆に「こいつは正編に出てこないから、きっと途中で死ぬか消えるかするだろう」というキャラにもいるんですが、こちらはいつものようにハラハラしながら見ていればいいし、更にこちらの予測を良い意味で裏切ったりもしてくれるので、やはり実に面白い。
 ゲイ目線のお楽しみどころとしては、相変わらず半裸のマッチョだらけ&ケツやチンコ丸見え場面多々ありなのに加えて、正編で登場したゲイ・カップルが、いわば《マッチョ&お稚児》的な関係だったの対して、こちらの序章では剣闘士同士、つまり《マッチョ&マッチョ》のカップルなのが大いに嬉しい。こいつらがいかにも、野郎臭く荒々しく互いを求め合うラブシーンは、描写自体はさほど過激ではないんですが(キス、ハグ、そしてフェラチオの暗喩表現くらい)、それでも見ていてなかなかグッときます。
 SM目線としては、第1話からして早速、道端で全裸で鞭打たれているシーンあり。剣闘士が仲間に騙されて、ローマ人にケツを掘られてしまう……なんてエピソードもあり、これもなかなかグッときたんですが、残念ながら実際の行為場面は描かれず。……ケチ(笑)。

同人アンソロ「大江戸春画枕絵考察 どうしてこうなった?!」のお知らせ

 今週末、5月26日(土)開催の野郎系オンリー同人イベント「野郎フェス2012」にて初売り予定の、岡惚屋淫鉄(岡田屋鉄蔵)さん主催による同人アンソロ「大江戸春画枕絵考察 どうしてこうなった?!」に、私も参加させていただいております。
 アンソロの趣旨は、歌川国芳が描いた男色春画『吾妻婦理』を元に、参加作家が各々イマジネーションを膨らませて、絵やマンガなどを描くというもの。参加作家は主催の岡惚屋淫鉄さんを筆頭に、五十音順に奥津直道さん、かふおさん、ZINさん、山田参助さん……等々、実に豪華というか濃ゆいというか、独特の布陣となっております。

・アンソロの詳細はこちら→OKDY オフ情報〜岡田屋鉄蔵(岡惚屋淫鉄)さんの同人情報ブログ
・イベント「野郎フェス」の詳細はこちら→野郎フェス2012〜公式サイト

 で、私はと言うと、16ページのマンガ『どうしてこうなった! 江戸春画枕絵考察』を描かせていただいております。
doushitekounatta
 内容は、前述のように歌川国芳の『吾妻婦理』が、いったい何がどうしてそうなったのかというのを想像して描いたものです。
 せっかく商業誌的な制約のない同人誌なので、ちょいと技法的な実験なども試みております。具体的には、浮世絵的なシンプルな線描に通じる魅力が出せないかと思い、体毛以外は全て筆ペンを使って描いてみました。
 また、背景もデザイン的に処理してみたかったので、手描きではなくIllustratorのパスで作成し、それをPhotoshop上で手描きのキャラクターと合成してみたり、更に、フキダシからシッポを全て排除してみたり……といったようなこともやっていたり。
 というわけで、普段雑誌に描いているマンガとは、ちょっと画面の印象が異なっているとも思いますが、そんなところも含めてお楽しみ頂けると幸いです。

 岡田屋さんからは、イベント後には通販などの手段も考えていると伺っているので、ご希望の方はOKDY オフ情報 をマメにチェックして下さい。(ただし岡田屋さんへの直接のお問い合わせ等は、ご迷惑になるのでお控え下さい)

<5月29日追記>
 通販情報アップされました。こちら

「肉体派」シリーズ、最終号です

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 本日発売の「肉体派ガチ! vol.3 特集/着衣エロ」に、折り込みカラーポスターとインタビュー(4ページ)が掲載されています。
 カラーポスターの方は、お題が《着衣エロ》ということなので、最近ちょっとマイブームの《キルト男子》を描かせていただきました。
 さて、この号の奥付にもあるように、「肉体派」シリーズはこの号をもって休刊となります。理由は、詳細は省きますけれど、ざっくり言うと都条例がらみということで。
 前身の「筋肉男」から数えると、もうこのシリーズとのお付き合いも十年になりますが、BLとゲイの垣根を取っ払ってしまった意義のあるシリーズなだけに、終了は残念至極。描くのも読むのも、どちらも楽しいお仕事でしたし、忘年会などをきっかけにして、執筆作家の皆様とも楽しく交流させていただけたので。
 タイミング的に、この最終号への執筆がマンガではなく、カラーイラストとインタビューになってしまったのは、ちょっと口惜しい気もしますが、是非ご覧くださいませ。

肉体派ガチ! VOL.3 (OKS COMIX) 肉体派ガチ! VOL.3 (OKS COMIX)
価格:¥ 920(税込)
発売日:2012-05-23

“Avan Ivan”

dvd_AvanIvan
“Avan Ivan” (2011) Bala
(イギリス盤DVDで鑑賞→Ayngaran

 2011年制作のインド/タミル映画。“Sethu”“Pithamagan”“Naan Kadavul”など、シビアかつ神話的な内容の話題作・異色作を撮り続け、賞獲りの常連でもある鬼才バラ監督が、コメディに初挑戦した作品。
 タイトルの意味は「あいつ、こいつ」。

 とある南インドの貧しい村に、代々続く泥棒の家系があり、腹違いの息子二人がいた。
 弟は頭より先に手が出るタイプで、盗みの腕も一人前。斜視の兄は性格が穏やかで、盗みの腕はからっきしのかわり、演技や踊りに才があり、役者になることを夢見ていた。二人は互いの生みの母が仲が悪いこともあって、終始いがみあい、特に弟はぼんやり者の兄のことを馬鹿にしていた。
 この地方には古くからの地主がいて、かつて財産をだまし取られて今は零落しているものの、住民たちからは未だ《殿》と呼ばれて慕われていた。家族のいない《殿》は、この兄弟を我が子のように可愛がり面倒を見ていた。
 そんな中で、兄が《殿》のお祝いの踊りに女装で紛れ込んで袋叩きにあったり、弟の盗みの嫌疑が兄にかかったり、兄は女性警官に、弟は女学生に、それぞれ恋をしたり……といった、様々な出来事が描かれる。
 しかしある日、悪党一味が近在の牛を勝手に集めて、精肉して売りさばこうとしているのを《殿》が発見する。この件は警察に通報され、無事ことなきを得たのだが、今度は弟が婚約した例の女学生が、実はかつて《殿》の財産をだまし取った仇敵の娘だということが発覚し、《殿》と弟の関係にひびが入ってしまう。
 一方、いったんは解決したかに思えた牛泥棒の一見も、悪党どもはそのことで《殿》に恨みを抱き、やがて恐ろしい悲劇が襲いかかる……といった内容。

 コメディということで、全体の五分の四くらいは、細々とした《笑いのための笑い》のエピソードが続き、途中、兄を馬鹿にしていた弟が兄を見直すことになるエモーショナルなエピソードなんかも挟みつつ、クライマックスでいきなり怒濤のシリアス展開になり、いかにもバラ監督らしい、死とバイオレンスが炸裂します。
 で、まずコメディ部分ですが、いかんせん笑いのツボのずれとか、只でさえ早口のタミル語がコメディだと更に早くなり、英語字幕も猛スピードで内容を追い切れなかったりということもあり、さほど面白いとは思えなかった……というのが正直な印象。
 では、兄弟の確執や互いの恋、《殿》を中心にした疑似家族的なエピソードなど、エモーショナル部分はどうかというと、これは演出の巧みさもあってシーン単位では見せるんですが、どうも個々のエピソードがブツ切りで終わってしまい、互いにリンクして盛り上がるまでは至らないのが残念。
 しかし、クライマックスのシリアス展開部分は、容赦のないショッキングな描写、ガツンとくる鮮烈な映像の数々、畳みかけるようなパワフルな展開……と、やはり圧倒的で、流石ここは傑作”Pithamagan”や力作”Naan Kadavul”を撮ったバラ監督の作品……という感じ。
 とはいえ、やはり全体のストーリー的な散漫さは痛く、例えば兄弟が代々続く泥棒一族の生まれという設定は、ストーリー的には全く生かされていない感があるし、いがみ合う二人の生母とかも同様で、ぶっちゃけこれは、孤児を引き取った没落地主の話でも充分描ける内容。

 ただ、前述したクライマックスの良さと、もう一つ、冒頭の歌舞シーン(女装の兄が《殿》の宴会で歌い踊る)が素晴らしく、映画の頭とケツを充分以上に満足のいく内容で締めているので、結果、総合的な印象もかなり底上げされる感があって、途中のイマイチ感と比べると、鑑賞後の満足感はわりとあり。
 あと、兄役のヴィシャル、弟役のアーリヤ、《殿》役のG.M.クマールといった、メインの役者の良さは特筆モノ。特に終始斜眼で通すヴィシャルは、女装のダンサーから知恵遅れ風の好漢を経て、神話の登場人物のような鬼気迫る演技を見せるクライマックスに至るまで、拍手喝采の力演。
 余談。
 基本コメディ映画なのに「雨の中で太った毛深いお爺さんが、両手で股間を隠しただけの全裸で立たされ、家畜のように鞭打たれながら泥濘の中を這い回る」なんていう、実にシリアスな責め場もあります。

 というわけで、残念ながら諸手を挙げて絶賛とはいかず、監督の作家性にも迷いが感じられる部分などもありますが、部分的な見所は大いにあり……といった印象。
 バラ監督の作品の中では、決して出来の良い方ではありませんが(完成度的には、ちょっとイマイチだった“Nandha”よりも、正直更に落ちる印象)、それでもラストは忘れがたいです。
 予告編。

 冒頭の、女装した兄が《殿》の宴会で歌い踊るシーン。こういった土俗的な鮮烈さはこの監督の持ち味の一つだと思うし、コメディにこだわらずストレートな人情劇にしてくれれば良かったのに……と、ちと残念な気も。

“Deiva Thirumagal (God’s Own Child / 神さまがくれた娘)”

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“Deiva Thirumagal” (2011) A. L. Vijay
(イギリス盤DVDで鑑賞→Ayngaran
 2011年製作のインド/タミル映画。知的障害の父親とその幼い娘の絆を描いたヒューマン感動作。
 主演はヴィクラム、監督は“Madrasapattinam”のA・L・ヴィジャイ。
 2012年、第7回大阪アジアン映画祭で『神様がくれた娘』の邦題で上映あり、グランプリ&ABC賞を受賞。

 チェンナイの街に知的障害がある男が現れる。彼は《ニーラ(月)》を探しており、彼の純粋さに心打たれたスリは「探し物なら警察だ」と教える。しかし彼が意味不明のことばかり喋るので、警察にもその意図が良く判らず、そうこうするうちに他の犯罪者たちと共に裁判所へと送られる。
 裁判所では若手の弁護士が、報酬目当てで彼に営業をかけるが、彼が知的障害者だということを知ると邪険にする。しかし彼を追い払うためについた嘘がもとで、彼が身体を壊して病院に運ばれたのを契機に、弁護士は責任を感じ彼の身元と目的を調べることにする。
 調査の結果、彼が田舎のチョコレート工場で働いていた判る。ある日彼に娘が授かるが、母親は産褥で亡くなってしまう。彼は良いパパになるために頑張り、周囲の村人や同じ工場で働く障害者仲間にも助けられ、ニーラと名付けられた娘は元気に成長する。
 父と娘は互いに深く愛し合い、共に楽しく暮らしていたが、ある日、亡くなった母の実父が孫娘の存在を知る。彼は家を出たきり行方不明だった娘の代わりに、知的障害の父親から孫娘を取り上げようとし、そして舞台は法廷へと移るのだが……といった内容。

 もう、思いっきり泣かせる感動作なんですが、プロット的には、米映画『アイ・アム・サム』に多くを負っているらしいです。私は、そっちは未見なのでどの程度の差異があるかは良く判りませんが、インド本国でもその類似に対する批判があったらしいです。
 A・L・ヴィジャイ監督は前作”Madrasapattinam”でも、極めて美麗かつ洗練された映像表現を見せてくれましたが、本作も文句なしに美麗。田園風景の美しさ、素朴な生活の詩情、SFXも含めたスケール感のある映像……などなど、絵的にたっぷり楽しませてくれます。
 洗練された味わいの演出も健在で、あちこち挟まる泣かせどころの見せ方もバッチリ。泣きや感動が、シチュエーション的には思いっきりエモーショナルなんですが、表現自体にトゥーマッチな過剰さがないのもマル。ラストの方なんか、隣で一緒に見ていた相棒は、もうボロボロ泣いていました。
 前述したオリジナリティ云々はともかくとして、父娘の深い愛の絆による感動という部分は、もう文句なしのハイクオリティ。
 インド映画らしく、泣かせと並行してお笑い要素もアレコレ挟まるんですけど、わりとクスクス笑わせるユーモア描写といった感で、さほど白けたり本筋の邪魔になったりもしないのは、インド映画慣れしていない人でも見やすいのでは。後半の法廷劇が、緊張感や駆け引き自体の面白さよりも、ユーモアとイメージ映像でいっちゃうあたりは、いかにもインド映画的という感じもしますが、それもまた楽し(笑)。
 歌と踊りもバッチリあって(踊りは控えめですが)、実景主体のミュージカル系、空想特撮系、MTV風系……と、バリエーションも様々。
 とはいえやはり最大の見所は、父娘の愛を描いたドラマ部分の良さと感動であり、二人の配役もパーフェクト。
 父親役のヴィクラムの、オーバーアクト寸前で踏みとどまっている巧みな演技と、ニーラ役の少女の文句なしの愛らしさが、なおさら感動に拍車をかけて泣かせるという効果に。

 インド映画云々に限らず、悲しさじゃなくて感動(と切なさ)で泣きたい方には、サンジャイ・リーラ・バンサーリ監督の”Black”なんかと並んで、おすすめしたい一本。

【追記】『神さまがくれた娘』の邦題で、2014年2月15日から目出度く一般公開。公式サイト