投稿者「Gengoroh Tagame」のアーカイブ

“Avan Ivan”

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“Avan Ivan” (2011) Bala
(イギリス盤DVDで鑑賞→Ayngaran

 2011年制作のインド/タミル映画。“Sethu”“Pithamagan”“Naan Kadavul”など、シビアかつ神話的な内容の話題作・異色作を撮り続け、賞獲りの常連でもある鬼才バラ監督が、コメディに初挑戦した作品。
 タイトルの意味は「あいつ、こいつ」。

 とある南インドの貧しい村に、代々続く泥棒の家系があり、腹違いの息子二人がいた。
 弟は頭より先に手が出るタイプで、盗みの腕も一人前。斜視の兄は性格が穏やかで、盗みの腕はからっきしのかわり、演技や踊りに才があり、役者になることを夢見ていた。二人は互いの生みの母が仲が悪いこともあって、終始いがみあい、特に弟はぼんやり者の兄のことを馬鹿にしていた。
 この地方には古くからの地主がいて、かつて財産をだまし取られて今は零落しているものの、住民たちからは未だ《殿》と呼ばれて慕われていた。家族のいない《殿》は、この兄弟を我が子のように可愛がり面倒を見ていた。
 そんな中で、兄が《殿》のお祝いの踊りに女装で紛れ込んで袋叩きにあったり、弟の盗みの嫌疑が兄にかかったり、兄は女性警官に、弟は女学生に、それぞれ恋をしたり……といった、様々な出来事が描かれる。
 しかしある日、悪党一味が近在の牛を勝手に集めて、精肉して売りさばこうとしているのを《殿》が発見する。この件は警察に通報され、無事ことなきを得たのだが、今度は弟が婚約した例の女学生が、実はかつて《殿》の財産をだまし取った仇敵の娘だということが発覚し、《殿》と弟の関係にひびが入ってしまう。
 一方、いったんは解決したかに思えた牛泥棒の一見も、悪党どもはそのことで《殿》に恨みを抱き、やがて恐ろしい悲劇が襲いかかる……といった内容。

 コメディということで、全体の五分の四くらいは、細々とした《笑いのための笑い》のエピソードが続き、途中、兄を馬鹿にしていた弟が兄を見直すことになるエモーショナルなエピソードなんかも挟みつつ、クライマックスでいきなり怒濤のシリアス展開になり、いかにもバラ監督らしい、死とバイオレンスが炸裂します。
 で、まずコメディ部分ですが、いかんせん笑いのツボのずれとか、只でさえ早口のタミル語がコメディだと更に早くなり、英語字幕も猛スピードで内容を追い切れなかったりということもあり、さほど面白いとは思えなかった……というのが正直な印象。
 では、兄弟の確執や互いの恋、《殿》を中心にした疑似家族的なエピソードなど、エモーショナル部分はどうかというと、これは演出の巧みさもあってシーン単位では見せるんですが、どうも個々のエピソードがブツ切りで終わってしまい、互いにリンクして盛り上がるまでは至らないのが残念。
 しかし、クライマックスのシリアス展開部分は、容赦のないショッキングな描写、ガツンとくる鮮烈な映像の数々、畳みかけるようなパワフルな展開……と、やはり圧倒的で、流石ここは傑作”Pithamagan”や力作”Naan Kadavul”を撮ったバラ監督の作品……という感じ。
 とはいえ、やはり全体のストーリー的な散漫さは痛く、例えば兄弟が代々続く泥棒一族の生まれという設定は、ストーリー的には全く生かされていない感があるし、いがみ合う二人の生母とかも同様で、ぶっちゃけこれは、孤児を引き取った没落地主の話でも充分描ける内容。

 ただ、前述したクライマックスの良さと、もう一つ、冒頭の歌舞シーン(女装の兄が《殿》の宴会で歌い踊る)が素晴らしく、映画の頭とケツを充分以上に満足のいく内容で締めているので、結果、総合的な印象もかなり底上げされる感があって、途中のイマイチ感と比べると、鑑賞後の満足感はわりとあり。
 あと、兄役のヴィシャル、弟役のアーリヤ、《殿》役のG.M.クマールといった、メインの役者の良さは特筆モノ。特に終始斜眼で通すヴィシャルは、女装のダンサーから知恵遅れ風の好漢を経て、神話の登場人物のような鬼気迫る演技を見せるクライマックスに至るまで、拍手喝采の力演。
 余談。
 基本コメディ映画なのに「雨の中で太った毛深いお爺さんが、両手で股間を隠しただけの全裸で立たされ、家畜のように鞭打たれながら泥濘の中を這い回る」なんていう、実にシリアスな責め場もあります。

 というわけで、残念ながら諸手を挙げて絶賛とはいかず、監督の作家性にも迷いが感じられる部分などもありますが、部分的な見所は大いにあり……といった印象。
 バラ監督の作品の中では、決して出来の良い方ではありませんが(完成度的には、ちょっとイマイチだった“Nandha”よりも、正直更に落ちる印象)、それでもラストは忘れがたいです。
 予告編。

 冒頭の、女装した兄が《殿》の宴会で歌い踊るシーン。こういった土俗的な鮮烈さはこの監督の持ち味の一つだと思うし、コメディにこだわらずストレートな人情劇にしてくれれば良かったのに……と、ちと残念な気も。

“Deiva Thirumagal (God’s Own Child / 神さまがくれた娘)”

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“Deiva Thirumagal” (2011) A. L. Vijay
(イギリス盤DVDで鑑賞→Ayngaran
 2011年製作のインド/タミル映画。知的障害の父親とその幼い娘の絆を描いたヒューマン感動作。
 主演はヴィクラム、監督は“Madrasapattinam”のA・L・ヴィジャイ。
 2012年、第7回大阪アジアン映画祭で『神様がくれた娘』の邦題で上映あり、グランプリ&ABC賞を受賞。

 チェンナイの街に知的障害がある男が現れる。彼は《ニーラ(月)》を探しており、彼の純粋さに心打たれたスリは「探し物なら警察だ」と教える。しかし彼が意味不明のことばかり喋るので、警察にもその意図が良く判らず、そうこうするうちに他の犯罪者たちと共に裁判所へと送られる。
 裁判所では若手の弁護士が、報酬目当てで彼に営業をかけるが、彼が知的障害者だということを知ると邪険にする。しかし彼を追い払うためについた嘘がもとで、彼が身体を壊して病院に運ばれたのを契機に、弁護士は責任を感じ彼の身元と目的を調べることにする。
 調査の結果、彼が田舎のチョコレート工場で働いていた判る。ある日彼に娘が授かるが、母親は産褥で亡くなってしまう。彼は良いパパになるために頑張り、周囲の村人や同じ工場で働く障害者仲間にも助けられ、ニーラと名付けられた娘は元気に成長する。
 父と娘は互いに深く愛し合い、共に楽しく暮らしていたが、ある日、亡くなった母の実父が孫娘の存在を知る。彼は家を出たきり行方不明だった娘の代わりに、知的障害の父親から孫娘を取り上げようとし、そして舞台は法廷へと移るのだが……といった内容。

 もう、思いっきり泣かせる感動作なんですが、プロット的には、米映画『アイ・アム・サム』に多くを負っているらしいです。私は、そっちは未見なのでどの程度の差異があるかは良く判りませんが、インド本国でもその類似に対する批判があったらしいです。
 A・L・ヴィジャイ監督は前作”Madrasapattinam”でも、極めて美麗かつ洗練された映像表現を見せてくれましたが、本作も文句なしに美麗。田園風景の美しさ、素朴な生活の詩情、SFXも含めたスケール感のある映像……などなど、絵的にたっぷり楽しませてくれます。
 洗練された味わいの演出も健在で、あちこち挟まる泣かせどころの見せ方もバッチリ。泣きや感動が、シチュエーション的には思いっきりエモーショナルなんですが、表現自体にトゥーマッチな過剰さがないのもマル。ラストの方なんか、隣で一緒に見ていた相棒は、もうボロボロ泣いていました。
 前述したオリジナリティ云々はともかくとして、父娘の深い愛の絆による感動という部分は、もう文句なしのハイクオリティ。
 インド映画らしく、泣かせと並行してお笑い要素もアレコレ挟まるんですけど、わりとクスクス笑わせるユーモア描写といった感で、さほど白けたり本筋の邪魔になったりもしないのは、インド映画慣れしていない人でも見やすいのでは。後半の法廷劇が、緊張感や駆け引き自体の面白さよりも、ユーモアとイメージ映像でいっちゃうあたりは、いかにもインド映画的という感じもしますが、それもまた楽し(笑)。
 歌と踊りもバッチリあって(踊りは控えめですが)、実景主体のミュージカル系、空想特撮系、MTV風系……と、バリエーションも様々。
 とはいえやはり最大の見所は、父娘の愛を描いたドラマ部分の良さと感動であり、二人の配役もパーフェクト。
 父親役のヴィクラムの、オーバーアクト寸前で踏みとどまっている巧みな演技と、ニーラ役の少女の文句なしの愛らしさが、なおさら感動に拍車をかけて泣かせるという効果に。

 インド映画云々に限らず、悲しさじゃなくて感動(と切なさ)で泣きたい方には、サンジャイ・リーラ・バンサーリ監督の”Black”なんかと並んで、おすすめしたい一本。

【追記】『神さまがくれた娘』の邦題で、2014年2月15日から目出度く一般公開。公式サイト

ちょっと宣伝、『エンドレス・ゲーム』第5話掲載です

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 今月21日発売の雑誌「バディ」7月号に、連載マンガ『エンドレス・ゲーム』の第5話掲載です。ゲイショップ系の店頭には、そろそろ並んでいるはず。
 今回はわりと次の展開へのブリッジ的な内容なんですが、それでも工夫して、ちゃんとエロ場面は入れました。ここいらへんがプロのエロマンガ家としての腕の見せ所……って、そんな大層なもんじゃないか(笑)。
 先月はクラブのシーンを描く際に、クロスフィルタのかかったライトの効果をPhotoshopのブラシで自作してみたんですが、それがけっこう上手くいった(効果的にも効率的にも)のに味をしめ、今回は都会の夜景用に光の粒が滲んだ効果を、同様に自作Photoshopブラシで。
 需要があったら、どこかでダウンロードできるようにしようか……とも思ったけど、昨今は皆さんコミスタを使われている方が殆どなので、Photoshopのマンガ用ブラシなんて、あまり需要はないかな?

 そして今月号、本文巻頭のSUVさんの読み切りマンガ『PAINT IT WHITE』が、《キャラの魅力+しっかりエロあり+スッキリまとまり》でとても良かったので、皆様もお読みあれ。
 もっと読みたいな。バディさん、マンガ別冊出してくれないかしらん。

Badi (バディ) 2012年 07月号 [雑誌] Badi (バディ) 2012年 07月号 [雑誌]
価格:¥ 1,500(税込)
発売日:2012-05-21

“Mynaa”

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“Mynaa” (2011) Prabu Solomon
(イギリス盤DVDで鑑賞→Ayngaran

 2010年製作のインド/タミル映画。南インド山間部の農村を舞台に、幼馴染みの男女の一途な恋と、そこに立ちはだかる様々な障害を描いた内容。タイトルの意味はヒロインの名前。
 インドの映画賞の1つ、フィルムフェア賞のタミル語映画部門で、最優秀作品賞を受賞。

 主人公は、山岳地帯の農村に住む少年……というか悪たれ小僧。しかしある日、家を失って途方にくれる母娘に出会い、住む場所を世話して以来、何くれとなく娘の面倒を見るようになる。少年と少女はすぐに仲良くなり、互いのことを思いやりながら、すくすくと成長していく。
 やがて成長して青年になった主人公は、これまた年頃になった娘との結婚を望み、娘もその気持ちに応え、周囲もそれを了解しているように見えたのだが、娘の母親は貧しい主人公ではなく、別の金持ちの男と娘を結婚させようとする。
 それを知った主人公は、思わず娘の母親に暴力を振るってしまい、その結果、町の留置所に入れられてしまう。拘留期間は短いものだったが、残すところあと1日というところで、田舎から、娘の母親が主人公が拘留されている間に、娘を別の男と結婚させようとしているとの報せが入る。それを聞いた主人公は、脱獄して娘の元へと向かう。
 折しもその日は祭りの日で、警察官たちもそれぞれ家族サービスの予定があったのだが、責任問題が問われることもあって、警察署長は部下を連れて主人公を連れ戻すべく後を追うのだが……といった内容。

 田舎の瑞々しい風景をバックに、主人公と娘の一途な愛が育まれていく様子や、娘が結婚させられてしまう前に、主人公が彼女を取り戻せるか…という話は前半で終了。後半は、主人公と娘と警官たちの、トラブル続きの道中を描きながら、それぞれの心理ドラマを描いていくことにフォーカスが移ります。
 そんな前半は満点、後半もなかなか、しかしラストが……という、何とも惜しい一本。
 作風は、例によってタミル映画のニューウェーブ的な、等身大の人間のドラマを身の丈視線で、リアリズム重視で描いていくというもの。
 とはいえ、インド映画のクリシェに対してそれほど禁欲的ではなく、ミュージカル場面もあれば、本筋とは関係のないお笑い場面も多々あり。音楽シーンは全般的に、いきなり海外ロケになったりゴージャスな衣装になったりとかじゃなくても、身の丈サイズで美もロマンティックも立派に表現できるという感じで、好感度大。
 更に後半になると、脱輪して崖から落ちそうになったバスからの脱出なんていう、クリフハンガー・サスペンスもあったりして、けっこう盛り沢山感あり。ストーリー自体は、ありがちなシンプルなものですが、細々したエピソードを使って、いろいろ盛り上がりを作っていく感じ。

 主人公とヒロインの恋模様については、これは大いに魅力的。誤解やすれ違いでドラマを作るのではなく、少女の初潮といったリアルなエピソードや、主人公の愚直なまでの一途さの魅力で見せていき、それが美しい農村の風景とも相まって、見ていてなんとも清々しい気分になります。
 後半のロードムービー的な展開も、作劇としてはちょっと難があり、山場とブレイクを交互に並べていくだけで、それらがリンクしていく魅力には欠けるんですが、まあ盛り沢山ではあるし、件のクリフハンガーのハラハラ具合なんかもなかかで、主眼となる心情の推移も良く描けています。

 ただ如何せんクライマックスが……。
 例によってアンチ予定調和という感じの急展開となるんですが、強引で予定調和的なハッピーエンドに反旗を翻した結果、何でもかんでもバッドエンドという、これまた1つの予定調和になってしまっては、それはリアリズムとは言えないだろう……という感じ。
 一緒に見ていた相棒も「……なんかこんなの、前にも見なかった?」と言っていましたが、こういうのを何本か見ていると、このタミル映画のニューウェーブというものも、既に当初の意味を喪ってしまった、スタイルの一種という形骸になってしまっているのかな……なんて、ちと疑問も覚えたり。
 この結末ありきなら、主人公とヒロインの話はあくまでサイド・エピソードに留め、警察署長をメインにドラマを組まないと、どうしても展開の意外さだけを狙った唐突な印象や、何でもかんでもバッドエンドにすりゃいいんかい、ってな違和感が出てしまう。

 魅力的な部分が多々あるだけに(主人公とヒロインのディテール豊かなアレコレはホント良かった)、こういった根本的な部分での感覚の雑さが出てしまったのが、何とも惜しい感じでした。

“Aadukalam”

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“Aadukalam” (2011) Vetrimaran
(イギリス盤DVDで鑑賞→Ayngaran

 2011年製作のインド/タミル映画。闘鶏に人生を賭ける人々の欲望や確執を描いた内容。タイトルの意味はPlayground(遊び場)。
 第58回インド国家映画賞で、監督賞と主演男優賞を含む6冠に輝いた作品。

 闘鶏が盛んな南インドのとある町。闘鶏はチーム制で行われ、その中でも2大チームが覇を競い、単に鶏と鶏の闘いを超えて、人間同士の争いの様相も示していた。主人公はその1チームに所属する貧しい若者で、自分も鶏を育てているものの、師匠から「この鶏はダメだから潰せ」と言われてしまう。
 一方、主人公チームと対抗するライバルチームは、未だ主人公チームに勝ったことがなく、チームを率いる一家にとっては、打倒主人公チームが一族の沽券に関わる悲願となっていた。しかし主人公の師匠であるチームリーダーは、彼らが鶏のドーピング等をしているのを嫌い、挑戦を受けようとはしない。
 ライバルチームは主人公チームに挑戦を受けさせるため、嫌がらせや恫喝など様々な手を仕掛けてくる。そんなある日、主人公はアングロ・インディアン(英国とインドの混血)の裕福な家庭の娘に恋をする。その恋は、一度は受け入れられたかに見えたが、実は娘には思惑があり打算のようなものだった。
 ライバルチームの嫌がらせはどんどんエスカレートしていき、遂には交通事故を装った殺人にまで至る。主人公の師匠は、遂に試合を受けることを決め、交換条件として敗者は頭とヒゲを剃り、以後闘鶏から一切手を引けと突きつける。その試合の準備もあって、主人公は例の娘から金を借りる。
 試合当日、ライバルチームは特別に育てた鶏を余所から輸入して挑む。主人公は、以前師匠に潰せと言われた鶏を、実は諦めきれず密かに育てており、また娘に借りた金を返済したいので、自分の鶏を試合に出してくれと師匠に頼むが、自分の目に自信がある師匠は、それを拒絶する。しかし主人公は半ば強引に自分の鶏を試合に出し、それを知った師匠は皆の前で「この試合と彼の鶏は自分のチームとは全く無関係だ!」と宣言してしまう。
 ところが彼の予想とは異なり、主人公の鶏は勝ってしまう。ライバルチームは更に賞金を積んで、主人公の鶏に再戦を挑む。こうして主人公の鶏は次の試合に臨むが、一方で主人公と師匠の関係は面子を潰されたことや嫉妬などによって、目に見えない亀裂が生じてしまう。
 やがてその亀裂は、試合が終わった後も主人公の気付かないところでどんどんと拡がっていき、やがては例の娘や兄弟子も巻き込む事態となり……という内容。

 これはなかなか面白かった。
 作りとしては、お約束のミュージカル・シーンやお笑いシーンを排した、タミル映画のニューウェーブであるリアリズム系の映画なんですが、それ系の作品がもっぱら、アンチ予定調和が過ぎてやたら暗い展開になるのに対して、本作はバランス良く纏めている感じ。
 実のところ、闘鶏の試合というドラマは前半部で全て終了し(前半のクライマックスが件の試合になる)、後半はその結果引き起こされた人間同士の確執にフォーカスが移る構成になっています。
 そんな中で、主人公は後半どんどん追い詰められて、にっちもさっちもいかない泥沼状態になっていくんですが、そんな中で、古いタイプのクリシェのように、追い詰められた主人公の反撃でカタルシスを出すでもなく、かといってアンチ予定調和による、神も仏もない陰々滅々とした展開にするでもなく、リアリズム的な現実の厳しさを踏まえながら、それと同時に救いも残すという、実に上手い持って行き方をしています。
 クリシェのさばき方は音楽シーンも同様で、ミュージカル排除とはいえ、完全に無くすとか現実音で処理するというほど禁欲的ではなく、基本的に挿入歌によるBGM的な使い方をしながら、そこはかとなく曲に合わせて踊ったりもするといった塩梅で、そういったバランスに工夫が見られるのも面白い。
 エピソードの繋ぎ等の作劇には、いささか粗いところがあり、カメラワークも、凝っているわりにはあまり効果が出ていない部分もあるんですが、本物の鶏とCGを交えた闘鶏シーンは、なかなか見せる出来映えですし、エモーショナルな場面のトゥーマッチにならない見せ方も佳良。
 主人公役の男優は、およそインド映画の主演とは思えない、何とも細っこい若者なんですが、それがまた何だかニワトリっぽくて効果的。おかげで、前半の鶏同士の闘いが、後半になると人間同士の闘いに重なって見えるという、作劇的な仕掛けが実に上手く作用している感じ。

 粗がない作品ではないし、リアリズムとクリシェのバランスをとろうとして、所々ちょっと中途半端になっている感もありますが(そういう意味では、前に見た“Subramaniapuram”の方がスゴい)、ストーリーの面白さや全体的な見応えが、充分それを補ってくれるといった感じです。
 泥臭い系のインド映画が好きな方と、インド映画の現在に興味のある汎的な映画好きの方、どちらにも楽しんでいただけそうな佳品。
 予告編。

 恋の告白を受け入れて貰った主人公が有頂天になる音楽シーン。個人的には、もうちょいガッツリ踊るか、それともリアルに徹するか……と、ちょっと中途半端さを感じてしまいましたが、一般的な映画のようなリアリズム描写の枠組みの中で、いかにインド映画の伝統である歌舞を取り込むかという、そういう試行の一つとしては興味深く見られます。

『ターザン三つの挑戦 (Tarzan’s Three Challenges)』

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『ターザン三つの挑戦』(1963)ロバート・デイ
“Tarzan’s Three Challenges” (1963) Robert Day
(米盤DVD-Rで鑑賞→amazon.com

 東南アジアを舞台にした変わり種ターザン映画。お珍しやタイで全面ロケしており、アジアの小国、霊的指導者の跡継ぎ争いが持ち上がり、そこにターザンが登場し、正当な後継者の護衛として大活躍という話。
 ターザン役者は、13代目のジョック・マホニー。

 東南アジアのとある国。国の指導者かつ宗教的指導者(つまりダライ・ラマみたいな設定)は死にかけており、跡継ぎは既に選ばれて寺院で養育されているのだが、現指導者の弟は、自分の息子をその地位につかせるために、正当後継者の即位を妨害しようとしている。
 そこで護衛としてアフリカからターザンが呼ばれるのだが、寺院に向かう途中で敵に襲われ、迎えの僧侶は殺されてしまう。何とか寺院に辿りついたターザンだったが、本物だという証拠がなく、身の証しを立てるために、技力・体力・知力の三つのテストを受けることになる。
 テストをクリアしたターザンは、次期指導者の少年を護衛して、無事に都まで送り届ける使命を受ける。途中、山火事に巻き込まれたり、敵の襲撃を受けたり、迷子の子象を拾ったりと色々ありつつ、犠牲者も出しながらも、一行は何とか都に辿りつく。
 旅の途中で先代指導者は既に亡くなっており、都についた後継者の少年のために、さっそく即位の儀が執り行われる。歌舞などが盛大に行われた後、真の後継者かどうかを試すために、少年に3つのテストが課されるが、それも無事にクリア。こうして一件落着かと思いきや、件の敵が第4のテストを申し出る。
 それは平和の中で長く廃れていた習わしだったが、後継者に異議がある者は挑戦者として挑むことができ、後継者の守護者はそれと生死を賭して闘わなければいけないのだ。こうして地位を狙う例の敵と、守護者に指名されたターザンの、生死を賭けた一騎打ちが始まる……という内容。

 これはなかなか面白かった。
 まず、ターザンがエキゾチックなアジアの国に来るという設定が、まあキワモノ的な発想ではあるんですが、タイの観光局が全面協力しているだけあって、出てくる寺院とかはバリバリ本物だし、祭りのシーンも質量共に本格的と、全てにかなりのスケール感があるのが良い。
 展開は、一難去ってまた一難が串団子になっている系なんですが、これまた個々のアイデアが面白かったり、演出自体もスピーディでキレがあったりと、弛緩したり飽きたりする隙を与えない感じ。フッテージを上手く使った山火事のシーンなんて、けっこう迫力があって驚かされました。
 アイデアの方は、例えば最初のターザンに課されるテストの内容は、揺れる的を弓で射る、両腕を左右から牛に引っ張られる(DVDのジャケにもなっている、ソード&サンダルでお馴染みのアレ)、頓智クイズといった具合。
 挑戦者との戦いも、都から離れたところを開始点として、腕を紐で繋がれた状態でランニングスタート。で、ゴールまで相手を傷つけないよう、弓を構えた兵士たちが見張る中、野山や岩場を走り、断崖を吊り橋ならぬ一本のロープにぶら下がって渡り、吊された剣をとってロープを切り、谷川の橋からバンジージャンプをし、そこから川に飛び込みスイミング…といった具合で、次から次へとなかなか面白い。
 そしていざゴールでは、煮えたぎる釜の上に貼られた目の粗いネットの上で、剣を片手に真剣勝負。これらをそこそこ〜かなりのスケールで見せてくれるもんだから、これで贅沢言ったらバチが当たります(笑)。因みに主演のマホニーは、この撮影で体重が40ポンド(約18キロ)減ったそうな……。

 ただ惜しむらくは、そのターザン役者のジョック・マホニーで、残念ながら顔も身体も魅力ゼロ……歴代のターザン役者の中でも、私的にはかな〜りポイント低め。ただし敵役が「スパルタカス」でカーク・ダグラスと闘った黒人剣闘士役のウディ・ストロードで、肉体美はそっちで堪能できます(笑)。
 ストーリーに花を添える後継者の乳母役で、Tsu Kobayashi(小林鶴子)という日系らしき女優さんも出ています。流石にアフリカからチータは連れてきませんでしたが、そういうお子様向けマスコット役には、かわいい子象のハングリーといった布陣。お父さん向けには、祭礼シーンで女性群舞をご用意。

 そんなこんなで、ターザン映画のパターンをちょっと崩し、かつ本格ロケで安いキワモノにもならず、作劇や構成もクリシェを上手く使って上々、ターザンの存在も、ストーリー的には脇ながら、見せ場では上手くメインに持ってくる……と、マホニーの容姿以外(笑)は文句なしの出来映えかと。

 この予告編だと、ナレーターが「ラドヤード・キップリングの世界」とか言っているので、制作者としては東南アジアではなく、南アジアのつもりだったのかも?

ヴォイチェフ・ハス監督『サラゴサ手稿(サラゴサの写本)』+『砂時計(クレプシドラ・サナトリウム)』

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“The Saragossa Manuscript” (1965) Wojciech Has
(イギリス盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk

 1965年制作のポーランド映画。ヤン・ポトツキの小説『サラゴサ手稿』をヴォイチェフ・ハス監督が映画化した三時間の大作。ポーランド語原題”Rękopis znaleziony w Saragossie”。
 DVDジャケ解説によると、ルイス・ブニュエルやデヴィッド・リンチなどが絶賛しているそうな。

 ナポレオンのスペイン侵攻時代。一人の仏軍兵士がサラゴサの旅籠で分厚い本を見つけ、その挿絵に魅せられる。そこに西軍兵士が彼を捕らえにやってくるが、彼もまた本に魅せられ、スペイン語が読めない仏人のために、その内容を語って聞かせる。それはスペイン人騎士アルフォンソの物語だった。
 国外で生まれ育ったアルフォンソは、マドリッドへ行くために二人の従者を連れて、シエラ・モレナの峠を越えようとしていたが、そこで従者の一人が行方をくらましてしまう。アルフォンソが彼を探していると、盗賊のゾト兄弟が吊されている絞首台と、その近くに廃墟のような旅籠を見つける。
 旅籠に入ったアルフォンソは、謎の女に導かれて地下の不思議な広間に通され、そこでチュニジアの王女たちだという二人の美しい姉妹に出会う。彼女らはアルフォンソをもてなしながら、彼が自分たちの従兄弟だと言い、二人一緒に娶るように言う。アルフォンソは彼女らと褥を共にし、髑髏の杯で酒を飲むのだが、そのまま眠りこんでしまう。しかし彼が目を覚ました場所は、地下の広間ではなく例の絞首台の下で、二人の王女たちも姿を消していた。
 恐れをなしたアルフォンソは近くの修道院へと行き、そこで修道僧と、気のふれた隻眼の男に出会う。隻眼の男は修道僧に促され、アルフォンソに自分の身の上話を始めるのだが、それは父親の若い後妻の妹に恋をしてしまった息子の話で、奇しくもアルフォンソの昨夜の体験と重なるような内容だった。
 その晩、アルフォンソは一人チャペルで眠るが、外からは彼を呼ばう怪しい声がする。
 翌朝アルフォンソは出立するが、今度は異端審問官たちに捕らえられてしまう。彼らはアルフォンソを拷問にかけ、頭に鉄仮面をはめてしまうが、チュニジアの王女たちによって助けられる。しかし彼を助けにきた一団の中には、吊されて死んだはずのゾト兄弟も混じっていた。
 王女達はアルフォンソを再び地下の広間へ連れて行き、鉄仮面を外して髑髏の杯で酒をふるまうのだが、眠りにおちたアルフォンソが目覚めたのは、またもや例の絞首台の下で……。
 といった内容が、登場人物の語りによる入れ子構造で綴られる、幻想的な物語。

 原作は有名な幻想文学の古典で、私もタイトルは知っていますが、浅学にして未読。ストーリーの入れ子構造と、魔術的な要素が絡んでくる雰囲気などは、アラビアン・ナイトを思わせますが、検索してみたところ日本語訳は抄訳のみで、残念ながら完訳版は出ていない模様。
 映像はモノクロ。幻想ものとはいえ、朦朧としたり曖昧模糊とした映像ではなく、眩しい陽光が感じられるようなスッキリとクリアな映像で、そんな中でユーモラスにすら感じられるアッケラカンとした怪異描写が逆に新鮮。白昼の怪異といった雰囲気です。
 ポーランド映画なので、実際にスペインロケをしたのかどうかちょっと判りませんが、雰囲気はバッチリ。セットや美術は文句なしの高クオリティ。そんな中で描かれるピーカンの幻想風景は、ちょいとシュルレアリスム的な味わいが。ただ、女性のメイクはいかにも60年代的。
 全体が二部構成になっていて、現実と妖かしが目まぐるしく交錯する第一部に比べて、第二部のメインを占めるジプシー男の語る物語は、複雑な入れ子構造(ジプシーが語る話の、登場人物がまた話を始め、その中の登場人物もまた……といった塩梅)の魅力はあれども、超自然的要素はあまりない、どちらかというと『カンタベリー物語』や『デカメロン』系の艶笑譚になります。
 で、この第二部が、まぁ内容的に面白いことは面白いんですが、しかし第一部で見られたような幻想性や奇想天外な魅力には欠けるのが物足りなく、ちょっと「それはもういいから、アルフォンソの話を続けてよ!」という気分になるのは否めません。
 とはいえ最後はきちんとアルフォンソの話に戻りますし、それまでの《怪異譚》から《幻想》へとグワッと拡がるシークエンスには大いに魅せられますし、アッケラカンとした雰囲気はそのままに《狂気》が描かれる様子は、まるでホフマンみたいで大いに魅力的。

 作品全体に《翳り》がなく、どこかスコーンと突き抜けた感じがあるのが、好き嫌いが分かれるかとは思いますが、個人的には大いに楽しめた一本。
 DVDはリマスター済みの英盤で、画質は極めて美麗。興味のある方なら見て損はないでしょう。

【追記】『サラゴサの写本』の邦題で、目出度く日本盤ソフト発売。

サラゴサの写本   Blu-ray サラゴサの写本 Blu-ray
価格:¥ 6,090(税込)
発売日:2014-01-25
サラゴサの写本 [DVD] サラゴサの写本 [DVD]
価格:¥ 5,040(税込)
発売日:2014-01-25

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『砂時計』(1973)ヴォイチェフ・ハス
“The Hourglass Sanatorium” (1973) Wojciech Has
(イギリス盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk

 先の『サラゴサ手稿』と同じくヴォイチェフ・ハス監督による、1973年制作のポーランド映画で、
こちらの原作はブルーノ・シュルツの『クレプシドラ・サナトリウム』(未読)。ポーランド語原題”Sanatorium pod klepsydrą”。
 73年のカンヌで審査員賞を受賞。

 生気のない客達を乗せた不思議な列車。盲目の車掌が一人の若者に「もうすぐ着きますよ」と告げる。その若者ヨゼフは、サナトリウムに入っている父ヤコブの見舞いに来たのだ。
 ヨゼフは雪の中に佇む古い洋館のようなサナトリウムに着くが、扉の向こうは奇怪な壁で塞がれていて中に入ることができない。ヨゼフが窓から中に入ると、内部は廃墟のように荒れ果てており、あちこちに植物が生い茂ったり、蜘蛛の巣が張っていたり、彫像やオブジェが散乱しており、人影がない。
 しかしやがてヨゼフは、情事を終えたばかりのような姿の看護婦と出会う。看護婦に案内されてヨゼフは医師と会い、父の見舞いに来たと告げる。医師は彼を父親の病室に通すが、父親はベッドに眠ったように横たわっており、医師は「死んでもいないが生きてもいない」といったようなことを説明する。
 病室に泊まることになったヨゼフが窓の外を見ると、一人の少年が見えるが、ヨゼフを見た彼は隠れてしまう。そしてヨゼフは、もう一人の自分がさっきと同じようにサナトリウムにやってくるのを見る。そして例の扉を開けると、さっきは閉ざされていたのに、今度は向こう側が広い空間になっている。そして先ほどの少年が現れ、もう一人のヨゼフを扉の向こうへ通す。
 この時からヨゼフは、ユダヤ人街、ヨゼフの親の経営していた店、鳥を飼っている屋根裏、ロシア風の広場、ロココ調の大広間など、時間も場所も定かではない奇妙な夢のような場所を、次から次へと彷徨い、そこで父や母、ユダヤ人たち、切手のコレクションを持った少年、蝋人形と機械仕掛けの自動人形、カリブの兵隊たち、色狂いの娘、東方の三博士など、様々な不思議な人々と出会うのだが……といった内容。

 え〜、ぶっちゃけ話の内容は、何が何だかサッパリ判りませんでした(笑)。
 次から次へと奇妙な出来事が起こり、意味のあるような無いような変な会話が交わされ、ヨゼフ自身もそれに常識人的に驚くでなく、彼ら同様に奇妙な振る舞いを見せます。言うならば《不条理幻想もの》で、横で一緒に見ていた相棒いわく「頭がおかしくなりそう」な内容。
 奇妙な出来事の数々は、時に可笑しく、時に荘厳で、時に不気味。後半になってくると、ユダヤ人ゲットーのイメージや、死のイメージが影を落とすようになり、ラストは怪談的な雰囲気も。
 で、訳は判んないんですが、何よりかにより美術がスゴい!
 廃墟めいたサナトリウムといい、先々で現れる奇妙な建物や部屋や風景といい、とにかくその美術が圧倒的。そこに加えて、様々な趣向を凝らした色彩や光や影の使い方で、その映像にひたすら感嘆。
『サラゴサ手稿』では、奇妙に乾いた感じの映像美が魅力でしたが、こちらはもっとウェットな感じで、映像自体の幻想性は更に高く、全く異なる映像美に酔わせてくれるのが、何と言っても魅力的。

 そんなこんなで、全体のムードはデヴィッド・リンチかセルゲイ・パラジャーノフかといった感じなので、ナニガナンダカサッパリワカンナイんだけど、見終わったあとは「すっげ〜良かった!」という後味に。
 そこいらへんが好きな方だったら、間違いなく楽しめると思います。DVDやはりレストア済みで、画質も上々。


【追記】『砂時計』の邦題で日本盤DVDが2014年12月20日に目出度く発売!
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世界幻想文学大系〈第19巻〉サラゴサ手稿 (1980年)
価格:¥ 2,625(税込)
発売日:1980-09
シュルツ全小説 (平凡社ライブラリー) シュルツ全小説 (平凡社ライブラリー)
価格:¥ 1,995(税込)
発売日:2005-11

『バトル・キングダム 宿命の戦士たち (Ярослав. Тысячу лет наза / Iron Lord)』

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『バトル・キングダム 宿命の戦士たち』(2010)ドミトリ・コロブキン
“Iron Lord” (2010) Dmitri Korobkin
(イギリス盤DVDで鑑賞、後に日本盤DVDが出たので再鑑賞)

 2010年製作のロシア映画。11世紀初頭、キエフ・ルーシの若きロストフ公ヤロスラフ(後のヤロスラフ賢公)を主人公とした、アクション・アドベンチャー系のヒーロー史劇。

 11世紀初頭、キエフ・ルーシの王子ヤロスラフは、父の聖公ウラジーミルの命によりロストフを治めていた。同地にはスラヴ人とフィン人の部族がそれぞれ居住しており、山賊が跋扈して人々を奴隷に売り飛ばしており、王子は同地平定のため、山賊退治と部族の統一に奔走していた。
 ある日、山賊を追った王子一行は、戦闘によって異教(非キリスト教)の聖所を焼いてしまい、そこに参拝していた熊族(フィン人の氏族の一つ)の娘を救い出す。王子は身近な者を供に、娘を森の奥にある熊族の村に送り届けて協定を結ぼうとする。しかし一行は森の中で襲撃にあい、殆どの者は殺されてしまう。
 王子は一人捕虜として熊族の村に捕らわれの身となり、同時に件の娘が族長の娘だということも判る。一方王宮では、山賊たちにこちらの情報が筒抜けになっていることから、内通者がいるのではないかという疑いが持ち上がる。
 そんな中、山賊たちが王子の暗殺を狙って熊族の村を襲うが、戦いの果て撃退される。その間、王子も脱走を試みるが失敗して再度捕らわれの身となるが、件の族長の娘と互いに惹かれ合うようになる。一方の王宮では、捕らえた山賊から王子が無事だとの情報を得て、救出のための出兵を決める。
 熊族の村はルーシ軍に包囲されるが、王子は戦闘を避けるための話し合いを試みる。村から遣わされた王子からの伝令を受け、父王は王子の右腕だったノルマン人の戦士を、和平の使者として村に遣わすことを決めるのだが、実はその裏ではもう1つの陰謀が蠢いており……といった内容。

 いちおう歴史上の人物を主人公にはしていますが、基本的には「○○の若き日の一幕」といった作りなので、歴史劇としての旨味はさほどありません。どちらかというと、恋と冒険と謀略が渦巻くアクション・アドベンチャー系の通俗娯楽作品というテイスト。
 ただ、主人公が後の賢公ということもあってか、善良で知的なキャラクターではあるものの、ストーリーの殆どで熊族での村で捕虜になっているだけで、ヒーロー的なカッコいい見せ場というのがあまりないのが、ちと問題。テンポが悪いわけではないですが、ドラマのメリハリやスピード感に欠けるんですな。
 ではシリアスな深みがあるかというと、これまたそういうわけでもないので、どうしても何か中途半端な感じに。ロシアの風景を活かした映像自体は美麗ですし、役者さんたちも味がある顔が多くて佳良、セットや衣装は時代考証よりイメージ優先系ですが、映像のクオリティ自体は高いので、ちと勿体ない。
 またキャラクターも、ルックス等の雰囲気はいいんですが、大河ドラマばりにアレコレ出てくるわりには、尺が約100分と短いこともあって、誰も彼もが掘り下げ不足で個性もクリシェ頼み。結果、いくらエモーショナルなエピソードが出てきても、キャラが薄いのでさほど感動もせず。

 王子の行動が領地の平定であると同時にキリスト教の布教でもあるのはちょっと興味深く、多神教との考え方の違い等の会話もあるんですが、最終的にはけっこう強引なレトリックによってキリスト教に一本化され、巨大な十字架の建立とヤロスラヴリの街の誕生で締めくくるのは昔のハリウッド史劇っぽい感じも。
 あと、フィン人の熊族はじめ各部族とキエフ・ルーシとの同盟関係の大切さを、やはり結末で強く訴えるあたりは、今のロシアの状況を踏まえた政治的な臭いも感じられたり。
 全体的に、恋愛ドラマの持って行き方とか、コミック・リリーフをわざわざ入れるとか、作劇の感覚がちょいと古臭い感じがありますし、評価がイマイチ(IMDbでは4.6点)なのもやむなしという感じではありますが、目の御馳走と割り切って見れば、映像自体は味があって佳良です。
 スペクタクル的にこれといった見せ場がないのは、ちと残念なものの、それでもセットや衣装などは実に本格的で出来も良く、雄大な風景なんか存分に楽しめますし、熊族の森がヴェトコンばりのブービートラップだらけで楽しかったり、ちょっぴりだけですが責め場もあったり……と、細かなお楽しみどころは色々と。

 そういう感じで、多くを期待してしまうとハズレだとは思いますが、まずモチーフ自体が稀少ですし、内容的にはあれこれ惜しいものの、かといって決して退屈だったり安っぽかったりするわけでもないので、コスチューム・プレイ好きの方だったら、気楽に見る分には充分楽しめるのではないかと。
 ぶっちゃけ全体のテイストが、ちょっと昔のイタリア製ソード&サンダル映画みたいなので、個人的には嫌いじゃないです、こーゆーのも(笑)。

バトル・キングダム 宿命の戦士たち [DVD] バトル・キングダム 宿命の戦士たち [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2011-10-07

 因みにこちらが、私が先日ウクライナのキエフで撮ってきた《ヤロスラフ賢公の黄金の門》の、外観と内部の写真(オリジナルの門の上に新しい門を被せて保存されている)。
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ちょっと宣伝、『エンドレス・ゲーム』第4話掲載です

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 4月21発売の雑誌「バディ」6月号に、連載マンガ『エンドレス・ゲーム』の第4話掲載です。
 今月号のバディは巻中カラー特集が《中国ゲイ文化の今》ということで、表紙もハンクなセクシー北京男子たち大集合。
 で、期せずして拙連載も、ちょうど乱交などがある回でして、ご覧のサンプル画像のようなシーンも登場。
 更に、野原くろ先生の連載マンガ『下宿のお兄さん』でも、高校生運動部男子の集団セミヌードの場面があり、なんかシンクロニシティって感じ?(大げさ)
 まぁそれはともかく、『エンドレス・ゲーム』第4話、いつもの調子で楽しく抜ける内容になっておりますので、お楽しみください。

 それにしても、この《中国ゲイ文化の今》という特集は、意欲的で良いですね。台湾とかに比べて中国本土のゲイ・シーンって、今まであまり情報が入ってこなかった感があるので、こういう同地のゲイのライフスタイルや考え方に密着した特集というのは、実に興味深いです。
 それと今月号では、小日向先生のマンガ『桜学園高等部(前編)』に個人的に大注目。続きがすっごく気になるので、早く来月号を読みたい!

Badi (バディ) 2012年 06月号 [雑誌] Badi (バディ) 2012年 06月号 [雑誌]
価格:¥ 1,500(税込)
発売日:2012-04-21

“Khun Rong Palad Chu (ขุนรองปลัดชู วีรชนคนที่ถูกลืม)”

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“Khun Rong Palad Chu” (2011) Surasawadi Chuachat
(タイ盤DVDで鑑賞、YESASIAなどで入手可能→YESASIA.comeThaiCD.com

 2011年制作のタイ映画。アユタヤ王朝末期、愛国心から義勇軍を立ち上げた、村の警備隊長の後半生を描いた歴史もの。タイトルの意味は「チュー助役」。
 タイ語原題”ขุนรองปลัดชู วีรชนคนที่ถูกลืม”、”Unsung Hero”という英題あり。

 とある海辺。合戦場面のカットバック。そこに血まみれで倒れている男の顔のアップ。
 男の心の声が「自分の名はチュー助役。400人を率いて、こうして故郷から遠く離れた場所で死んでいくが、その決断が正しかったのか誤っていたのか判らない…」とモノローグで語り始める。
 18世紀中頃、タイのアユタヤ王朝末期。
 空に凶兆を告げる彗星が現れ、王が崩御したとの知らせが、主人公チューの村に届く。村の助役で警備隊長でもあるチューは、村長の供をしてアユタヤに赴くが、そこで目にしたのは、後継者を巡って争い合う貴族たちの姿だった。
 その争いに巻き込まれたチューは、自分の刀を同胞に向かって振り上げるという、思ってもみなかった事態に遭遇し、また、国のことなど顧みず自分の権力のことしか考えない貴族たちの姿や、忠誠を誓っていたはずの先王の王子たちが処刑される様子を目撃する。
 そして遂に、僧衣を纏った出家者の殺害にも荷担させられるに至って、苦しみに耐えかねたチューは、宿舎に火を放って自分もその中で死のうとするが、部下たちに無理やり助け出される。
 一方、アユタヤの混乱を見た隣国ビルマは、それに乗じて長年の確執のあるタイへの侵攻を計画する。チューは、この国家存亡の危機にも関わらず、相変わらず権力争いに明け暮れる貴族たちに愛想を尽かし、平民たちに呼びかけて、自分たちの国は自分たちで守ろうと、400人からなる義勇軍を立ち上げる。
 ビルマの侵攻が激しさを増す中、チューたちは有事に備えて武術の鍛錬をするが、そこに袂を分かったはずの貴族から援軍の要請が届く。彼らを信用できないチューだったが、国の危機を見過ごすことはできず、支配階級のためでなく家族や国のために、戦いに赴くことを決意するのだが……といった内容。

 なかなか意欲的な作品。
 まず表現面が、いわゆる通常の映画ではなく、基本的に全編モノクロで、撮影は手持ちカメラのドキュメンタリー風。そこに要所要所で、血や僧衣のみにキーカラーが入ったり、一瞬ティント着色や低彩度のカラーが挿入されるという作り。
 ストーリーは、冒頭から始まる主人公のモノローグに導かれ、エピソードはタイトル付きの章立てで描かれ、《歴史書ではたった二行の記述で済まされる名もない存在ながら、真に国を思って立ち上がった平民たちの悲劇と、それに対する讃歌》というテーマが描かれます。
 基本的に、主人公の《思い》がストーリーをリードしていくので、フィクション的な起伏には乏しく、地味と言えば地味な作りなんですが、表現が上手くそれに合致しているのと、主人公の佇まいがいかにも普通のオッサン然としている効果もあり、飽きさせずにぐいぐい見られる感じ。
 いちおう合戦場面とかビルマ軍の陣中会議の様子とか、史劇っぽい場面も挿入されるんですが、個人的には、せっかく《個》の視点による歴史というテーマや表現なんだから、いっそパノラミックな視点は完全に廃してしまったほうが面白い感もあり、その不徹底はちょっと残念かも。
 クライマックスはわりとセンチメントな描き方で、それ自体に新味はないんですが、それまでフラッシュバック的に挿入されていた画面の数々が、実際はどういう意味を持っていたのかという種明かしなどもあり、同時に、それによってテーマが更に補完される効果もあったりして、そこいらへんは好印象。
 また、主人公たちの辿った運命には、やはり胸を打たれますし、更に、マルチ画面を効果的に用いたエンディングも印象的で、後味はなかなかエモーショナルです。
 ただし、テーマ的にメッセージ性が強い分、それをプロパガンダ的だと感じる人には向かないかもしれません。表現はアーティスティックながら、テーマ自体はストレートに《愛国心》というテーマを打ち出しており、敵味方や善悪といった構図事態は、割と娯楽映画的なシンプルさ。

 そういうわけで、純粋な娯楽性を求める人には、表現面の凝り方や全体の地味さがマイナスかも知れないし、芸術性を求める人には、テーマのシンプルさがイマイチ感になるかも知れませんが、個人的には、一風変わったタイ史劇として、充分以上に楽しめました。
 男泣き系が好きな方ならオススメです。
《予告編》

《ソングクリップ》