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“Estigmas”

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“Estigmas” (2009) Adán Aliaga
(スペイン盤DVDで鑑賞、英アマゾンで入手可能→amazon.co.uk

 2009年のスペイン映画。ロレンツォ・マトッティのグラフィック・ノベル”Stigmates”の実写映画化で、望まぬ聖痕を受けた寡黙な巨漢の受難を描いた物語。
 ベア好き&ガチムチ好きに人気の砲丸投げ選手、マヌエル・マルティネス主演。

 マフィアの経営するバーで働く、酒浸りの寡黙な巨漢で、蚕を育てるのが趣味のブルーノの両掌に、突然聖痕が顕れ出血が始まる。医者は何も異常を発見できず、ブルーノの狂言を疑い、バーのボスも出血する彼のことを「病気だ」と疎む。
 ブルーノの住むアパートの隣家には、彼と蚕仲間の少女が病床に伏しているが、ある日彼が彼女の頭に手で触れて以来、少女は全快して医者を驚かせる。少女の母親は彼にそれを感謝するのだが、奇跡をもたらす掌に接吻するうちに欲情し、自ら服を脱いで彼を誘う。
 しかしバーの安い給金と、子供たちに蚕を売って稼ぐ小銭以外には収入がなく、酒浸りで借金も断られたブルーノは、ついに家賃が払えなくなってアパートを追い出される。彼は仕方なくバーに寝泊まりするのだが、それもボスに疎まれ、しかも侮辱されてカッとなり、ボスに暴力を振るってしまう。
 街を彷徨った挙げ句行き倒れになったブルーノは、貧困者の救済院に保護され、尼僧長の好意でそこに置いて貰えるようになる。しかし彼が聖人だという噂が広まり、尼僧長も彼が聖痕から流した血を見て欲情してしまい……といった内容。

 全く柄に合わない、望まぬ聖痕をいきなり負わされた男の彷徨と悲劇を描いた内容で、前半は主に聖痕が彼に与える苦悩を描き、中盤に移動式遊園地の一員となって以降は、少しチェンジ・オブ・ペースして、女性との出会いや愛などが描かれていきます。
 その結果、男の孤独と結びついていた聖痕や蚕といったモチーフが、中盤以降は薄れてしまうのがちょっと残念。
 ラストシーンでは再び聖痕というモチーフが浮かびあがるものの、後半の、女性との出会いや結婚といった展開は、エピソード自体は面白くて引き込まれるんですが、全体のバランスから見ると、正直ちょっと物足りない感あり。
 ただ、DVDにボーナス収録されている、使われなかったもう一つのラストシーンを見ると、実は現状のラストシーン以降に本来あった一連のシークエンスでは、再び聖痕や蚕のモチーフが登場して、一つの明確な結末が用意されていたのが判ります。
 しかし完成した映画では、そこをあえて全て削ることで、結末に関しては多様な解釈が可能になっているいう面があります。その結果として、モチーフの統一性や「この物語は何であったのか」という部分は曖昧になっていますが、それは逆に、そういった「答え」は観客それぞれが考えれば良いという効果にもなっているので、うーん、やはりこれで完成バージョンで正解なのかも知れません。
 映像は全編モノクロームで、それが実に魅力的かつ効果的。
 台詞も少なく全体的には静かな展開ながら、ストーリー的にドラマティックなうねりは用意されているので、アート系映画としては比較的娯楽寄りの要素も多い方かと。
 そしてやはり最大の勝因は、ブルーノを演じたマヌエル・マルティネスの起用。その肉体や容貌の圧倒的な存在感が、映画自体の個性をしっかり裏打ちして支えており、舌足らずな部分も充分以上にカバーできている感じ。主人公にこの人をキャスティングできただけで、50%は成功が保証されたのではと思えるくらい。

 そんなこんなで、観念やイメージ重視でいくのか、それともストーリーを重視するのか、ちょっと虻蜂取らずの感はありますが、どちらもそれぞれ見所や魅力があちこちあるなので、予告編に惹かれた人なら見て損はない一本。
 特に、マヌエル・マルティネスを「素敵!」と思う方なら、これは必見と言っていいのでは(笑)。


 そして、前述したDVD収録のカットされたエンディングですが、実はマヌエル・マルティネス目当ての方には、そちらの方にフルヌード含むシーンがありますので、DVDをゲットされた方はチェックをお忘れなきように(笑)。
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 映画の原作である、ロレンツォ・マトッティのグラフィック・ノベル”Stigmates”は、日本のアマゾンでも購入できます。
 こちらもまた、実に魅力的な絵と演出による一作で、大胆なデフォルメとダイナミックな構図、スピード感のあるペンタッチなど、見所がいっぱい。
 映画との比較で少し追補しておきますと、蚕のモチーフは映画オリジナルで、グラフィック・ノベルには登場しません。また、エピソードの入れ替えもあって、映画では移動式遊園地の前にある修道院のエピソードは、原作では遊園地と洪水の後になります。
 その他、細かな異同はあれこれあるんですが、総合的には原作の方がエピソードの流れも自然で、完成度は高いです。特に最大の違いは後味で、原作のラストは、現バージョンの映画とも削除されたエンディングとも、どちらとも異なっています。
 原作のラストでは、映画同様に解釈を読み手に委ねる要素がありつつも、それでもしみじみとした味わいのある美しいエンディングになっていて、この要素が映画からは全く消えてしまっているのは、いささか勿体ない感じがします。

Stigmata Stigmata
価格:¥ 1,947(税込)
発売日:2011-02-14

“7 kocali Hürmüz”

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“7 kocali Hürmüz” (2009) Ezel Akay
(トルコ盤DVDで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2009年のトルコ映画。まだ若くて美しい未亡人イュルムズと、その後添えである7人の夫を巡って巻き起こる騒動を描いた、カラフルなミュージカル・コメディ。
 トルコでは有名な作品のリメイクらしいです。

 オスマン時代のイスタンブール。
 パシャ(高官)の未亡人である美女イュルムズは、夫の残した豪邸に暮らしつつ、お金のために5人の男(床屋、夜警、軍人…出征中、綿紡ぎ、強盗…服役中)と結婚しており、さらにもう一人、船長とも結婚するところだった。
 彼女は夫たちに会う日を、それぞれ曜日ごとに決めており、また夫ごとに自分のことを、パシャの未亡人だとかパシャの娘だとかパシャの屋敷の女中だとか、異なる説明をしているので、男たちは皆イュルムズの夫は自分一人だと思い込んでいる。
 そんな中イュルムズは、若くてハンサムな医者と出会って一目惚れしてしまう。そして医者の方も、彼女の誘惑に一発で参ってしまう。彼女の友人で、秘密を分かち合う片棒でもあるお見合い斡旋の女は、イュルムズの恋に協力して、医者との結婚のために6人の夫との関係を清算することにする。
 彼女たちはパシャの身代わりを立てたりして、上手く医者との結婚話を纏めるが、そんな中、服役中だった盗賊の夫が脱獄し、また田舎住まいの綿紡ぎの夫も上京、しかも皆が床屋の夫のところでヒゲを整えるものだから「いったいあの家には何人のイュルムズがいるんだ」ということになってしまう。
 こうして、新しい医者の夫を屋敷に迎えた晩に、6人の夫が入れ替わりたちかわりやってくるのでイュルムズはテンテコマイ。更に綿紡ぎの夫のもう一人の妻も加わって、騒ぎはますます大きくなり……といった内容。

 小咄的な艶笑譚を、カラフルで独創的な衣装や、人工的に作り込んだオールセットの中で、歌と踊りとコント的な笑いを交えながら繰り広げる、肩の凝らないコメディ作品ですが、とにかく衣装やセットの凝り具合が良く、それを見ているだけでもタップリ楽しめます。
 内容的には、最初に出てくるセリフが「夫なんて仕事から帰ってくると丸太みたいに寝てるだけで何の役に立つの?」「昔の強い男を満足させるには妻は4人でも足りなかったけど、今の弱い男じゃ4人かかっても妻を満足させられない」といった具合で、完全に男のダメさを笑い飛ばすタイプのコメディ。
 イュルムズの恋の相手となるハンサムな医師も、いちおう最初はロマンティックに描かれるんだけれど、それでも結局は「女から見た男のしょうもなさ」というところからは逃れられず、結果的に「そんな男たちを操る女の生き様バンザイ」みたいな後味になるのが、なかなか新鮮。
 これはきっと、男性社会で鬱憤の溜まる女性からすると快哉を叫びたくなる話だろうし、イュルムズ役の女優さんもすこぶる付きの美人さんなので、男性から見ても「この美女になら騙されても仕方ないか……」という感じになるだろうから、元々は有名な作品だというのも納得。
 まぁコメディとしては、会話主体のコント的なものなので、私の語学力の足りなさもあって、そう爆笑という感じではなかったです。あちこちクスクス笑えるくらい。また、下痢で何度もトイレに駆け込むとか、床屋の吃音で笑いを取るとか、笑いのテイスト自体が、けっこうコテコテ系。

 とはいえ前述したように、とにかく衣装やメイク、セットといった美術が楽しい。あともちろん、ミュージカル好きならお楽しみどころもいっぱい。
 千夜一夜やカンタベリーからエロスを抜いて、キャッチーな歌とカラフルな美術で、オシャレでポップに仕上げたような作品で、ラスト、全て丸く収まった後に女たちが「でも、5つなんて足りない、7つでもまだまだ、10でも100でもまだまだ欲しい!」と歌い踊るミュージカル・シーンなんかは、個人的にかなりオカマ心を擽られました(笑)。
 予告編。

 女だけのハマム・パーティで「男どもにはナイショよ」と言いながら、「夫なんて犬猫みたいに天からいくらでも降ってくる」と歌い踊るミュージカル・シーン。

 ミュージカル・シーンのハイライト。イュルムズの六人目の夫となる冴えない船長を囲んで女たちが歌い踊る場面や、綿紡ぎの夫の歌、ハマム・パーティ、ラストの「10でも100でもまだまだ欲しい!」などなど。

“Gölgeler ve Suretler (Shadows and Faces)”

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“Gölgeler ve Suretler” (2010) Derviş Zaim
(トルコ盤DVDで鑑賞、米アマゾンで購入可能→amazon.com

 2010年のトルコ映画。1960年代のキプロスでの、ギリシャ系とトルコ系住民の民族紛争という悲劇を、トルコの伝統的な影絵劇(カラギョズ)に絡めて描いたもの。タイトルの意味は、Shadows and Faces。
 Derviş Zaim監督によるトルコ伝統芸術三部作の一本で、細密画をテーマにした“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”(2006)、カリグラフィーをテーマにした”Nokta (Dot)”(2008)に続く、第三作目。

 1963年。キプロス独立後に起きた、ギリシャ系住民とトルコ系住民の間の民族紛争により、故郷の村を追われたトルコ系の影絵師は、娘を連れて別の村に住む弟のところに身を寄せる。しかしその村でも水面下で対立感情が高まっており、数の少ないトルコ系住民は危機感を感じていた。
 影絵師は糖尿病だったが、村を追われる際にインシュリンを持ち出すことができなかった。街に行けば手に入るが、村の近隣の道はギリシャ系の警察に封鎖されており、トルコ系の住民は自由に往来できないために、影絵師の弟は、親しい隣家のギリシャ系夫人に、兄と姪を街の病院まで送ってくれと頼む。
 夫人の息子は反トルコ感情が強く、それに反対するが、夫人はそれを押し切って、影絵師と娘を車で街まで送ろうとする。しかしその路上、検問所で警官たちがトルコ人を袋叩きにしているところに出くわしてしまう。夫人は急いで二人を逃がし、自分は彼らがトルコ人だとは知らなかったと白をきる。
 警察から逃れた影絵師と娘は洞窟に隠れるが、影絵師は娘を洞窟に残して外の様子を見に行ったきり、戻ってこなかった。娘は仕方なく叔父の家に戻り、叔父とギリシャ系夫人の二人を「あなたたちのせいで父が行方不明になった」と責める。
 影絵師の行方が判らないまま、やがて村のギリシャ人とトルコ人の間、特に血気盛んな若い男たちの間に、いよいよ緊張が高まっていく。トルコ人の叔父とギリシャ人の夫人は、それぞれ何とか若い者たちをなだめて大事に至らないよう努力する。
 数では負けるトルコ人たちは、いざというときの自衛のために銃の練習をし、また、自分たちには実は味方が大勢いるのだと見せかけたりするが、それは逆にギリシャ人たちの間に、トルコ人が民兵を組織して反撃にかかるのではないかという疑いを招いてしまう。
 そんな中、不足している灯油を買いに一人で何とか街に行った娘は、不確かながらも父親が亡くなったらしいという情報を得る。村に戻った娘は、遺品となった影絵人形を父の希望通りに埋葬しようとする。
 しかし、それを見た隣家のギリシャ人の若者が、武器を埋めていると勘違いしてしまい、それが切っ掛けとなって悲劇の幕が……という内容。

 この、Derviş Zaim監督のトルコ伝統芸術三部作は、以前に前述の細密画をモチーフとした
“Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”を見て感銘を受けたので、よって今回の”Gölgeler ve Suretler (Shadows and Faces)”も楽しみにしていました(残念ながら”Nokta (Dot)”は、英語字幕付きDVDが出ていないので未見)。
 重いモチーフながらも、全体的には激しさよりも、穏やかな哀しみを湛えた雰囲気で、ある意味で淡々とした作風。後半の悲劇的な展開も、どこか無常観が漂うような、人の世の哀しさを諦念して見つめているような気配が漂っています。
 とはいえ、いわゆる芸術映画一本槍という感じでもなく、起伏のあるストーリーやエモーショナルな展開、スリリングな緊迫感や銃撃戦などもあり、娯楽的な要素もしっかりあって、見応えは十分以上にあり。
 映像も美しく、まず風景や撮影自体が美しいのに加えて、いかにも影絵劇というモチーフらしく、実際の影絵劇以外にも、光と影を活かした演出、シルエットを効果的に使った画面、実景が写真になる凝った場面転換など、表現面での見所も多々あり。
 こういった美点は、前述の”Cenneti beklerken (Waiting for Heaven)”と同じで、しっかり期待通りだったという感じ。

 ラスト、作品(と登場人物)に仄かな救いを与えることによって、それまで語られてきたような、社会的でシリアスな内容の作品全体が、一瞬にして、まるで影絵で演じられる民話のような雰囲気に転じる効果があるんですが、ここはちょっと好みが分かれるところかも。
 個人的には、こういう手法自体はとても好きなんですが、この映画の場合は、モチーフ自体の重さに負けてしまっているかな……という感あり。それによって後味は良くなる反面、ちょっと甘さも感じてしまったのは否めない。
 また、キャラクターの過去のエピソードなど、その造形に深みを与えていると同時に、いささか盛り込みすぎという感もあるし、影絵というモチーフと民族紛争の悲劇というドラマが、必ずしもしっくりと噛み合ってはいない感もあります。
 とはいえ、前述したように見所はたっぷりですし、役者さんも押し並べて良く、美しくてちょっと感傷的な音楽も素晴らしい。

 もう一つ、意余って力及ばずという感もありますが、しかしクオリティは高く見応えも十分。
 モチーフに興味がある方や、ミニシアター系の作品が好きな方ならたっぷり楽しめそうな、大いに魅力的な一本でした。

『映画秘宝』2012年度ベスト&トホホ10

 本日発売『映画秘宝』3月号の「爆選! 2012年度ベスト&トホホ10」で、投票&コメントで参加させていただいております。
 まぁ去年の私のベスト1は、これはもうぶっちぎりで《これ》でした。何というかね、映画にしろマンガにしろ小説にしろ、良いと感じる判断基準は自分の中にも色々ありますけれど、最終的には「どれだけそれを愛せるか」ということに尽きるので(例えそれが偏愛の類であったとしても)、去年はもう「ようやく見られた!」しかも「ある意味で期待も上回ってくれた!」という多幸感にひたすら酔い痴れた、この一本に即決でした。
 5位以降はけっこう悩みに悩みまして、ジャック・オーディアールの『預言者』やヌリ・ビルゲ・ジェイランの『Once Upon a Time in Anatolia (昔々、アナトリアで/Bir Zamanlar Anadolu’da)』は泣く泣く落としたし、マーカス・ニスペル&ジェイソン・モモアの『コナン・ザ・バーバリアン』は個人的に擁護したいのでランク入りさせたかったとか、『アイアンクラッド』も入れるべきだったかしらとか、まぁ色々と(笑)。
 というわけで、宜しかったら是非お買い求めくださいませ。

映画秘宝 2013年 03月号 [雑誌] 映画秘宝 2013年 03月号 [雑誌]
価格:¥ 1,050(税込)
発売日:2013-01-21

“La Mission”

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“La Mission” (2009) Peter Bratt
(米盤Blu-rayで鑑賞→amazon.com

 2009年のアメリカ映画。サンフランシスコのミッション地区に住む男根主義的なチカーノの父親と、高校生でゲイの息子の確執を、音楽たっぷりに描いたヒューマン・ドラマ。
 監督ピーター・ブラット、主演ベンジャミン・ブラット。

 サンフランシスコのミッション地区に住むメキシコ系移民チェは、かつてはアルコール依存症だったが現在は社会復帰し、トロリーバスの運転手をしている。彼は地域で一目置かれる親分的存在で、週末は仲間と一緒に、リストアして飾り立ててたローライダー車を連ねて街を流すのが習慣だった。
 チェの妻は早くに亡くなっていたが、一人息子で今は高校生のジェスがいて、真面目で成績も良い息子のことをチェは誇りに思っていた。しかしジェスは実はゲイで、同年代で富裕層の白人のボーイフレンドと付き合っていた。
 とある週末、チェはいつものように仲間と街を流しに行き、その間ジェスはBFと一緒にカストロ地区のゲイクラブへと踊りに行く。しかし翌朝、ゲイクラブで記念に撮られたジェスのポラロイド写真を、チェが見つけてしまう。
 チェはジェスを殴りつけ、そのまま殴り合いになったところを、隣人でウーマン・シェルターに勤務している黒人女性がようやく取りなす。しかしチェはジェスに「家から出て行け!」と怒鳴り、ジェスはそのまま叔父夫妻の家に身を寄せることになる。
 やがて弟(ジェスの叔父)や黒人女性の説得もあり、チェはジェスを再び家に迎え入れ、息子の同性愛についても何とか理解しようとするのだが、自身が敬虔なカトリックということもあり、どうしてもそれを受け入れることができない。
 そんな中、ジェスと同じ高校に通うチカーノ・ギャングの男子学生が、かつてチェにトロリーバス内でマナーを咎められたことを根にもって、ジェスがゲイであることを学校内で言いふらす。
 ジェスは、友人のサポートもあってそれに絶えるのだが、父親との関係は依然ぎくしゃくしたままで、そこにやがてある事件が起き……といった内容。

 なかなか丁寧に撮られた作品。
 キャラクターの心情を生活感のある細かなエピソードで、1つ1つじっくりと描いて積み重ねていき、それが同時にチカーノ・コミュニティ内の風俗描写ともなり、更にソウル、ファンク、ヒップホップ、メキシコ先住民音楽から、インドの瞑想音楽まで、様々な音楽が劇中でふんだんに流れるというもの。
 ただ、丁寧に撮られている反面、いささか冗長な感はなきにしもあらずで、このモチーフで2時間近くというのは、正直ちょっと長すぎの感はあり。出来事を最初から順番に追っていく撮り方なのだが、ここはもうちょっと構成に工夫して、全体をタイトに引き締めた方が良かったんじゃないかなぁ。
 とはいえ、ストーリーや描かれるエピソード自体が面白いので、見ていて退屈するということは全くなく、またローライダー改造車を巡る文化とか、メキシコ先住民文化を受け継ぐ民間信仰的な宗教描写とか、目新しいものがあれこれ見られるので、全体的にはとても楽しめる出来。

 ゲイ描写に関しては、あくまでもフォーカスは息子がゲイであることを受け入れられない父親の方にあるので、ゲイ文化自体に関してはさほど描写はなし。
 しかし、自分がゲイであることを受け入れてくれない父親との確執や決断、愛するBFとの関係描写、周囲の人々によるサポートといった、息子を軸としたゲイ回りのドラマも、前述したようなディテール描写の豊かさもあって、やはり見ていて面白いし描かれ方も気持ち良い。
 また、単にゲイという要素だけではなく、そこに人種や格差の問題が絡んでくる(つまりワーキングクラスのチカーノであるチェやジェスに対して、ジェスのBFはアッパークラスの白人なので、それが尚更チェを意固地にしてしまう側面がある)のも、ドラマの要素として興味深くて佳良。

 役者陣も、メキシカンなヒゲにスジ筋ボディ&全身刺青というチェを演じるベンジャミン・ブラットと、大きな黒目が印象的なジェスを演じるジェレミー・レイ・バルデスの二人を筆頭に、隣人の黒人女性、チェの弟とその美人妻、ローライダー車の仲間たち、ジェスの友人である太っちょのネイティブ・アメリカン青年など、メインから脇に至るまで実に魅力的な面々が揃っている。
 映像的には、音楽(や歌詞の内容)を上手く使った印象的なシーンが多々あり、ここも大きな見所の1つ。
 エンディングの余韻も心地よい。

 こういう感じで、モチーフに興味のある方だったら、まず見て損はない内容かと。
 男根主義の父親とゲイの息子の確執というテーマに興味がある方にはもちろん、チカーノ文化に興味がある方や音楽好きの方にもオススメの一本。

“Vampires: Brighter in Darkness”

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“Vampires: Brighter in Darkness” (2011) Jason Davitt
(アメリカ盤DVDで鑑賞→amazon.com、イギリス盤もあり→amazon.co.uk

 2011年制作のイギリス製テレフィーチャー。マッチョ系ゲイ・ヴァンパイアもので、いちおうシリーズ化の予定らしく、続編は”Vampires: Lucas Rising”となる模様。
 どんな内容かというと、一言で言えば……すっげー中二病でした(笑)。

 紀元500頃、古代ローマの軍人ルーカスは仲間と共に、永遠の命を求めて東欧の某所を訪れる。そしてそこでヴァンパイアの女王と出会い、首尾良く自分もヴァンパイアになる。
 それから1500年後、イギリスに住むゲイの青年トビー(美味しそうな身体+タトゥーの、犬系カワイコちゃん、ヒゲ付き)は、姉のシャーロットが仕掛けたブラインド・デートに出掛けるが、その相手がヴァンパイアのルーカス(ハンサム&ノーブル系、ちとワイルド、身体良し、ヒゲ付き)だった。
 トビーは自分のためにレストランを丸ごと貸し切りにしたルーカスにちょっと引きつつ、それでも彼に惹かれるが、「ホテルの部屋に来ないか」というお誘いは、今日のところは淑女らしくお断りする(ゲイだったら、ここは直行すると思うけどw)。
 またの再会を約束してルーカスと別れたトビーだったが、自宅の前まできたところに、シュッと目にもとまらぬ早業でルーカスが現れる。どうしてここにいるのとうろたえるトビーに、文字通り目を光らせて「君が好きだ、中に入れてくれ」と迫るルーカス。
 催眠術にかかったように(って実際に術にかかってるわけですが)ルーカスを家に入れてしまうトビー。そこでまた目を光らせてトビーに迫るルーカス。最初は嫌々していたトビーも「俺が欲しいんだろ?」と迫られ、結局「欲しい」と返事。お互いのシャツを激しく剥ぎ合い、ソファーに倒れ込み、荒々しく互いの身体をまさぐるうちに、ルーカスが「シャーッ!」と牙を剥きだして、トビーの首筋にガブリ。哀れ血を吸われて意識朦朧となるトビー。
 そこにドアを激しく叩く音。何とそこには、もう一人のルーカスがいた! どーゆーこと???
 実はトビーの血を吸っていたのは、ルーカスに化けた仲間の吸血鬼アンソニーだったのだ! 玄関で「僕を招きいれてくれ、トビー!」と叫ぶルーカス。朦朧としながら「入っていいよ」と答えるトビー。途端、ルーカスは部屋内に突入、トビーからアンソニーを引きはがす。
 しかし血を吸われたトビーは哀れ虫の息。そんなトビーの命を助けるために、ルーカスは自分の血を飲ませる。邪魔をされたアンソニーは逃走。やがて意識が戻ってパニックるトビーに、ルーカスは全て説明する(…ってもヴァンパイアの血を飲めば、その主のライフ・ヒストリーが判るという便利な設定なんですがw)
 トビーは自分がヴァンパイアになっちゃったことにショックを受けるが、でもまあルーカスのことを愛しているし(いつから???)すぐ興奮して牙出して「シャーッ!」ってやっちゃうけど、でも空中浮揚とかもできるようになったし、これはこれで悪くないかな、と納得(いいのか?)。
 というわけで、二人はもっとカジュアルでオシャレな服に着替えて(さすがゲイ)、夜の街にデートに繰り出す。デートといってもゲイクラブに行くとかじゃなく、超人的な身体能力を活かして屋根の上をピョンピョン、満月の下でロマンティックにキスといった塩梅。
 しかしその頃、ルーカスが仲間の承諾なしに勝手にトビーをヴァンパイアにしたことを、アンソニーやもう一人の仲間マーカスは問題視していた。更に彼らヴァンパイアの元祖である女王は、地獄(だか何だか)の扉を開けて、世界を破滅させヴァンパイア天国にしようとしていた!
 ここはお約束通り、世界破滅計画には荷担しないことにしたルーカス。ヴァンパイアの女王は招集を拒否したルーカスを裏切り者と決定。一方トビーは、ヴァンパイア化して数時間にも関わらず、恐るべき潜在能力を発揮。
 果たして世界は滅亡から救われるのか? ……ってな内容。

 実はこの後まだまだ、ルーカスが飛行機の屋根に乗ってエジプトへ行き、古代エジプトの元祖ヴァンパイア(神殿に鎮座しアヌビス神を侍らせながらも、なぜかイヤホンでヒップホップを聴いているというモダンっ子)に指導を仰ぎに行くとか、トビーの元彼が彼のことを忘れられず、家に強引に押しかけたときにアンソニーに攫われてしまい、そして結局その元彼もヴァンパイア化し、クライマックス直前あたりでは、もうゲイのヴァンパイアたちの痴話喧嘩の様相を呈してきたり、何の伏線もなく「古の錬金術師が作った《生きていて血を滴らせる石・ブラッドストーン》」だの、強大な力を持つ偉大な魔女だの、女神ヘカテだの、巨大サソリだの、トビーとルーカス危機一髪の時に唐突に昔なじみのサキュバスが現れて加勢するだの、もうトンデモ展開の目白押し(笑)。
 そんなこんなでツッコミ出すときりがない、全編通じて中2病フルスロットル!
 もちろん「実は××が巨大な力を秘めていて、後になって覚醒する」という定番展開なんかももありましてよ!
 いやぁ、笑った笑った(笑)

 とはいえ、なんか作り手の《愛と情熱》を激しく感じるので、ひどい出来っちゃあそうなんだけど、個人的にはかなり好きです。低予算なのは丸わかりだけど、でもその中で頑張っているのは伝わってくるし。
 あと男優陣(基本的に全員ヴァンパイア)が、なかなか上玉を揃えていて、演技力はともかくルックは全員悪くない。ちゃんとトビーは可愛く、ルーカスは格好良く見えるし、体育会系のアンソニーもなかなか。
 反面、女優はひどいんですけど(笑)。やっぱゲイが作ってるから、女はどうでもいいのかしら(笑)。
 ゲイ的にセクシーなシーンだと、トビーとルーカスが一緒にシャワーを浴びながら、互いにガブガブ噛み合い(笑)、肌を伝う血を舐め合うなんてのは、けっこう上手く撮られていて、あー基本的にはここが撮りたかったんだろうなぁという感じ。だったら下手な色気ださずに、もっとこぢんまりした話にすりゃいいのに……という気もしますが(笑)。ヴァンパイアの女王の世界征服のせいで、話がシッチャカメッチャカになっちゃってるので(笑)。
 あと、とにかく考えなし&唐突に話がどんどん進んでいくので、2時間もあるのに余分なことをしている余裕がなく、結果的に展開が早くなっているのも佳良。正直、演出自体(撮影もね)はへっっったくそなんだけど、でも飽きはしないという。
 特撮系も、この手の作品にしては頑張っている方で、クリーチャーも何種類か出てくるし(とはいっても俳優と絡んでアクションとかは殆どないんですが)、デジタル合成なんかも駆使していたり。
 まぁ、牙が突き出たヴァンパイヤ入れ歯のせいで、役者さんの滑舌が悪くなっちゃって、なんか喋りがモゴモゴしてヒアリングするのが大変だったとか、あと何かっつーとヴァンパイア同士が、その牙を剥き出して「シャーッ!」「シャーッ!」と威嚇し合うのが、なんかネコの喧嘩を見てるみたいで、その度に笑っちゃったりはするんですけど(笑)。

 というわけで、作品の出来自体は決して褒められたもんではないにも関わらず、それでも変なDVDスルー映画やVシネの「たりぃ〜、まだやってんの〜、さっさと終わんねぇかな〜」とは無縁で、ぶっちゃけ個人的にはかなり楽しめました。続編を作る気マンマンで、唐突に《引き》で終わるラストも爆笑だったし(笑)。
 そんなこんなで、好きだわぁ、これ! でも、トラッシュ趣味のない相棒は、横で退屈して居眠りこいてましたし、万人にはオススメいたしかねますが、予告編でピンときた人なら、タップリ楽しめるはずです。

『映画秘宝』とか『ホビット 思いがけない冒険』とか

 本日発売中『映画秘宝』2013年2月号の、巻頭特集「『ホビット 思いがけない冒険』完全攻略!」で、柳下毅一朗さん、添野知生さん、朱鷺田祐介さんに混じって、映画『ホビット 思いがけない冒険』のクロスレビューを書かせていただいております。
 そしてこの巻頭特集、ピーター・ジャクソン監督の直撃インタビューはもちろん、登場人物や設定解説……特に13人もいて覚えにくいドワーフたちの図解とか、『ロード・オブ・ザ・リング』のおさらい、中つ国の歴史から、荒俣宏さんのロング・インタビュー、はたまた杉作J太郎さんの暴走語りなど、まぁ内容が濃いこと濃いこと。私なんかが混じっちゃって、ホント良かったのかしら(^^;)
 しかもこれ、完成披露試写が12月1日で、私はマンガの締め切り直前だったので、見させていただいたのはマスコミ試写の12月6日、原稿の締め切りから雑誌の発売まで10日程度しかなかったというのに、この特集の濃さって……『映画秘宝』さん恐るべし。心の底から感嘆。
 というわけで、とにかく読み応えタップリなので、ぜひお読みくださいませ。

映画秘宝 2013年 02月号 [雑誌] 映画秘宝 2013年 02月号 [雑誌]
価格:¥ 1,050(税込)
発売日:2012-12-21

 で、映画『ホビット 思いがけない冒険』ですが、まぁ詳し感想は雑誌を読んでいただくとして、ともあれ私は《絶賛》。
 あー生きてて良かった……そしてまたもや、三部作完結までは死ねません。

 そしてこうなるとやはり、周辺グッズとかにもちょびっと手を出したくなるので、まずはモレスキンのホビット限定手帳2種(ポケット版)をゲット。
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 あともちろんサントラも。2種類出ているうちの、当然の如く曲数が多いデラックス版。

Hobbit: An Unexpected Journey Hobbit: An Unexpected Journey
価格:¥ 2,183(税込)
発売日:2012-12-11

 この後どれだけ散財するかは、神のみぞ知る(笑)。とりあえずアート&デザイン本くらいは欲しいかなぁ(笑)。

『アダムズ・アップル』”Adam’s Apples (Adams æbler)”

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“Adam’s Apples” (2005) Anders Thomas Jensen
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com

 2005年のデンマーク映画。原題”Adams æbler”。監督は『ブレイカウェイ』『フレッシュ・デリ』等のアナス・トマス・イェンセン。主演ウルリク・トムセン&マッツ・ミケルセン。
 更正未満の犯罪者と神父の姿を通じて、人間社会における《善》の存在を問うた、オフビートなブラックユーモアで彩られたヒューマン・ドラマ。

 元ネオナチで刑務所から出たアダムは、社会奉仕プログラムで田舎の教会へと赴く。そこで彼を迎入れた神父イヴァンは善意の固まりのような人物で、自分は神の代理として悪魔と戦っていると信じている。その教会には他にも、アル中で盗癖のある元テニス選手や、ポリシーを持って強盗をするアラブ人といった、一癖も二癖もある連中が社会奉仕中だった。
 奉仕活動の内容は自分で決めなければいけないということで、教会の庭に生えているリンゴの巨木を見たアダムは、それでアップルパイを作るという目標を定める。しかしそんな矢先、リンゴの実がカラスの群れに食い荒らされ、続いて台所のオーブンが故障する。イヴァンはそれを、アダムにアップルパイを作らせないように、悪魔が邪魔をしているのだと説く。しかしアダムは次第に、イヴァンの言動に奇妙な点が多いことに気付き……という内容。

 今のところ、この監督の作品&彼が原案や脚本を手掛けた作品は、いずれも面白くてハズレがないという印象なんですが、今回もいかにもこの人の作品らしく、世間からはみだしてしまった者たちの姿を、ブラックユーモアとバイオレンスで彩った人情劇といった味わいで、面白かった。
 ただ、金をガメてトンズラしたギャングのチンピラどもが、イタリアン・レストランを開く羽目になる『ブレイカウェイ』や、肉屋をオープンしたロクデナシ兄弟が、人肉マリネで大繁盛してしまう『フレッシュ・デリ』と比べると、この”Adam’s Apples”はブラックな味は若干控えめ。
 また、ロクでもない連中なんだけど、でも愛すべき人間の姿を描くというスタイルは同様ながら、今回は宗教的なモチーフの比重が大きい。その分、テーマと自分との間にちょっと距離を感じてしまいましたが、一方では、信仰や善悪といった要素が絡んだ分、それに応じてテーマの深みも増したという印象も。
 とはいえ、下ネタヤバネタエグネタ込みの、オフビートでクスクス笑わせるユーモアは健在で、後味もすこぶる宜しく、相変わらず癖になる味わいで楽しい。

 卑俗な世界の中で真実を見ようとしない偽善者と、悪党ではあるが素直な男の対比を通して、《善》の存在を描いた作品といった感じで、可能であればちゃんと日本語字幕で再見してみたい一本。

【2019/04/28追記】日本公開決定。2019年10月から全国順次公開。 https://www.cinematoday.jp/news/N0108357

“Eega”(邦題『マッキー』)

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“Eega” (2012) S S Rajamouli
(インド盤Blu-rayで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2012年のインド/テルグ映画。殺された男が蝿に生まれ変わり、人間だったときの恋人を守り、自分を殺した相手に復讐するというファンタジー・アクション。
 監督は傑作”Magadheera“や話題作”Yamadonga“のS・S・ラジャムーリ。

 花火師のナニはもう二年もの間、隣家の美しい娘で、細かい細工物をするマイクロ・アーティストのビンドゥに恋をしていた。ビンドゥはそんなナニの気持ちを知りつつ、決して心憎く思ってはいないものの、でもそれを態度に表すことはない。
 ビンドゥは仲間と共に児童教育のNGOもしており、その資金繰りに奔走していた。そしてある日、大富豪で実業家のスディープのところへ寄付を願いに行のだが、スディープは目を付けた女は手に入れずにはおられず、欲のためには殺人をも厭わない大悪党だった。
 案の定ビンドゥの美貌に目をつけたスティープは、彼女を手に入れるために多額の寄付をし、更に食事に誘う。しかしそのレストランに、ナニが宴会用の花火を設置しに表れ、ビンドゥは改めてナニのことが気になっている自分に気付く。
 レストランからの帰り、スディープの車で送られていたビンドゥは、自分たちの後をナニが追いかけてくるのに気付き、口実を作って車から降りる。さりげなく一緒に青物市場へと行くビンドゥとナニを見て、スディープは嫉妬と怒りに燃える。
 そんなある日、ビンドゥはスクーターのガソリン切れに気付かないまま、独り遅くまで仕事をしてしまう。そして夜道を歩いて帰るのが怖いので、メールの誤発信を装ってナニに来て貰おうとする。ナニはビンドゥから初めて貰うメールに舞い上がり、早速駆けつけるが、ビンドゥの態度はつれない。
 ナニはそんなビンドゥの気持ちを察して、自分を下げることで彼女の夜道の供となる。何くれなく自分に行為を示してくれるナニに、ビンドゥも次第に打ち解け、そして別れ際、ナニのさりげない一言が、彼女が作品制作で行き詰まっていたことの打開策になる。
 作品を完成させたビンドゥは、それをナニに見せようと夜道に走り出るのだが、その時既にナニはスディープに車で拉致されてしまった後だった。スディープからの暴行を受けるナニは、最初は何が何だか判らないのだが、狙いはビンドゥだと知り「彼女に近づくと殺す!」と凄む。
 ビンドゥはナニの携帯に電話をかけ、ようやく自分も貴方を愛していると打ち明けるのだが、それはまさにナニがスディープに殺される瞬間だった。こうして、ビンドゥの愛の告白を聞きながら無念にも殺されたナニだったが、その魂は蝿になって生まれ変わる。
 最初は前世の記憶もおぼろげにしかなく、蝿としての初めての人生(蝿生?)に戸惑うナニだったが、しかしあるときスディープの顔を見て、全てを思い出し復讐を誓う。そんなことは何も知らないスディープは、ナニの死を知って嘆き悲しむビンドゥに近づき、彼女を手にれようとあれこれ策を練る。
 それを見たナニは、あれこれ蝿ならではの方法を使って、スディープがビンドゥに接近するのを邪魔する。スディープは次第に蝿ノイローゼのようになっていき、そしてついにその蝿が自分を殺そうとしていることに気付くのだが……といった内容。

 いやぁ面白かった、これは傑作!
 人間のナニはわりと早々に殺されてしまい、あとはハエが主人公になるんですが、このハエの演技(もちろん3DCGアニメですが)が、もうバッチリ。セリフもなければ表情もほとんどないのに、動きだけで喜怒哀楽をしっかり表現している。インド映画的な伝統に則って、挿入歌でキャラクターの気持ちを代弁する要素は少々見られるものの、蝿がカートゥーン的にキーキー声で喋るとか、心の声を使うとか、そういった表現面での安易さは皆無。
 で、この蝿があれこれ策を弄して、自分を殺した男に復讐しようとする、そういうアイデアの数々も実に楽しく、寝ているところを邪魔して寝不足にさせるなんていうチマチマしたやつから、交通事故を引き起こさせるなんてスペクタクルまで、もう実に盛り沢山で楽しい楽しい。
 ストーリー的にも、上手い具合に伏線を散りばめ、愛が成就する寸前に引き裂かれてしまった恋人たちという要素も、ロマンス的に良いスパイスになり、見ているこっちも、つい「蝿、がんばれ!」って気分になって、もうノリノリに。
 そして何よりかにより、《殺された男が蝿に生まれ変わって復讐する》なんていう荒唐無稽な話を、馬鹿馬鹿しさを狙ったりネタ的に消費するのではなく、真剣にしっかり全力で作っている感じが気持ちいい。
 蝿の一人称視点とか、飛び回る蝿をアップで追いかけるとか、実写とCGを上手く交えた映像の数々も良く、そういった技術的な部分でも、映画全体の質をしっかりサポート。
 もう全力で「見ているお客さんを楽しませよう!」という姿勢なので、ブッ飛び系のネタも《馬鹿馬鹿しい》のではなく、ちゃんと《楽しく》見られるのが素晴らしくて、ここいらへんは同監督の前述した傑作”Magadheera“なんかと同じ。
 後半、ヒロインがマイクロ・アーティストだという設定を活かしたブッ飛び小道具とか、土俗的な呪術まで出てくる展開とかもあるんですが、そこいらへんも上手い具合に白けずに楽しませてくれる感じで、そんな荒唐無稽さのレベルを制御する手綱さばきも上々。

 そんなこんなで、最後の最後までしっかり楽しませてくれた上に、エンドクレジットではオマケ付きのサービスなんかもあって、鑑賞後はとにかく「あー面白かった!」という満足感に。
 奇想系の設定良し、それを如何に活かすかというアイデアの豊富さ良し、そこにどれだけの説得力を持たせられるかという姿勢と技術良し、娯楽作品としての全力サービス良し……等々、文句なしの快作。オススメ!

【追記】『マッキー』の邦題で、2013年10月26日からヒンディ語版が日本公開されます。公式サイト

【追記2】DVDも発売。

マッキ― [DVD] マッキ― [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2014-03-28

ミクロシュ・ヤンチョー2作、『密告の砦』+ “Csillagosok, katonák (The Red and the White)”

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『密告の砦』(1966)ミクロシュ・ヤンチョー
“Szegénylegények” (1966) Jancsó Miklós
(フランス盤DVDで鑑賞→amazon.fr、イギリス盤DVDあり→amazon.co.uk

 1966年製作のハンガリー映画。ミクロシュ・ヤンチョー(ヤンチョー・ミクローシュ)監督作品。英題”The Round Up”、仏題”Les Sans-espoir”。
 19世紀半ば、オーストリア支配下のハンガリーで、収容所のような砦を舞台に、独立運動に敗れた闘士たちの辿る悲劇を描いた作品。

 19世紀半ば、オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立後間もなく、ハンガリー独立のために戦い敗れた闘士たちは、農民たちの中に紛れ込む。体制側は農民たちを収容所のような砦に集め、その中から独立運動の残党と、顔も行方も判らないリーダーを捜し出そうとする。
 そんな中、オーストラリア軍は一人の殺人犯に、砦に集めた人間の中から、お前より重い罪の者を見つけ出せば減刑してやろうと、取引を持ちかける。男は取引に乗り、自分より多く殺人を犯した男や、独立軍の残党を捜し出しては密告していく。
 砦の捕虜たちの間には不穏な空気が漂い、ついに密告者が何者かによって殺害される。その殺害に関与した者として3人の男が浮かびあがり、拘束され尋問を受けるのだが……といった内容。

 何とも重苦しく救いのない話なんですが、全体的に感情表現を抑えた淡々とした作風。
 砦で起きる事象を、高い視点から俯瞰するような描き方なので、密告する者される者といった個の内面に迫る感じではなく、内容から予想していたほど心理的な圧迫感や息苦しさはない感じ。
 その反面、視点の高さゆえに、全体を通して諦念のような無常観が漂い、人里離れた場所にポツリと立つ砦という、空間の拡がりが印象的な美しいモノクロ画面とも相まって、感情に直接訴えかける系ではない、冷めた視点ゆえの空恐ろしさのようなものが伝わってきます。
 特に、最後の皮肉な結末は、「うわぁ……」と思うと同時に、「でも人間社会なんて、現代でも変わらず、そんなものだよね……」なんて気分になってしまう。劇伴音楽を排して現実音のみによる映画なんですが、そのラストで流れるのが、軍楽隊による妙に明るいマーチだというのも、逆に効果的。
 また、全体的にエモーショナルな表現は控えめとは言いつつ、それでもやはり描かれる内容が内容なので、密告者によって少女が全裸でガントレット刑を受け、それを見た夫(父親?)が投身自殺をするあたりは、淡々とした表現にも関わらず、かなり感情をかき乱されました。

 ただ表現や緊張感が、このあたりをピークにして、後半はいささか失速していくきらいもあり。
 誰が主役というわけではない映画なんですが、それでもそれまで中心にいた密告者が物語から消えた後は、どこか軸が定まらないような散漫な感じは、正直受けてしまいました。
 作劇としては、多くを語らず余白を残し、あとは観客に考えさせるというタイプで、私はかなり引き込まれたんですけれど、一緒に見ていた相棒は退屈だった様子。
 まあ確かにこれはこれで良いと思うし、大いに見応えもあるんだけれど、それと同時に、同じ題材でもっと息苦しい密室劇っぽいものや、サスペンスフルなものも見てみたい気はします。
 淡々としているが故のそら恐ろしさをどう感じるか、そこが評価の分かれどころかも。

『密告の砦』から導入部のクリップ。

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“Csillagosok, katonák” (1968) Jancsó Miklós
(フランス盤DVDで鑑賞→amazon.fr、イギリス盤DVDあり→amazon.co.uk

 同じくミクロシュ・ヤンチョー監督作品で、1968年製作のハンガリー/ロシア映画。英題”The Red and the White”、仏題”Rouges et blancs”。
 10月革命後のハンガリーで、赤軍&ハンガリーのコミュニスト対白軍の戦いを描いたもの。

 これは、ストーリーがどうのというタイプではない作品でした。
 全ての事象を高い視点から俯瞰して眺めるというスタイルが、前述の『密告の砦』よりも更に徹底されていて、エピソードは様々あれども、全体を通してのストーリーやキャラクターというのが存在しない。
 具体的に説明すると、こんな感じ。
 川沿いの撃ち合い。捕らえられたハンガリー人を射殺するコサック兵と、それを隠れて見ている敗残の若者。
 反ボリシェビキをアジテートしながら走る白軍の車。
 敗残の若者が赤軍の拠点である修道院に逃げ込むと、赤軍司令官が捕虜を処刑するところで、中年のハンガリー人がそれに反対している。
 そこに白軍がやってきて、赤軍司令官は自殺し、白軍司令官はその死を悼む。
 白軍は捕虜の中から数人をピックアップすると、その中からハンガリー人を除き、ロシア人をゲームのように殺す。また残りの大勢の捕虜の中から、同様にハンガリー人を解放し、残った捕虜にシャツを脱ぐように告げる。そのときになって、一人の男が「自分はハンガリー人だ」と名乗り出るが、「もう遅い」と却下される。
 白軍は半裸の捕虜たちに、自由にしてやるから15分以内にこの砦から出ていけと命じる。捕虜たちは一斉に走り出すが、砦の出口は閉ざされており、逃げ出した数人を除いて全員射殺される。
 捕虜の処刑を反対した中年は農家に逃げ込むが、最初に出てきたコサック兵に発見されて射殺され、コサック兵は農家の美しい娘に目をつけ、皆の前で彼女を全裸にした上、仲間と共に犯そうとするが、白軍の上官がそれを阻止し、コサック兵は銃殺され……といった感じで、これが延々と続く。

 現実音以外には音楽もなく、ただ淡々と人が大勢死んでいく映画。
 カメラがアップになったりして、「お、これがメインのキャラかな?」と思っていると、すぐに死んでしまい、次のキャラに焦点が当たった……かと思うと、また死んじゃう。
 この繰り返し。けっこうスゴい映画です……。
 いちおう、全体を通して登場する人物もいるんですが、およそ主役という感じではないので、一回見終わった後、もう一度最初から見直して、ようやく「ああ、このキャラが……」と判る程度。
 そしてラストシーンは、そのキャラの無言のクローズアップなんですが、これがまた何とも言えない後味で……。
 まあとにかく、戦争というものから、情緒も感傷も善悪もヒロイズムもなにもかもはぎ取って、ただ《起きたことだけ》を見せるというものなんでしょう。
 ですから重いと言えば重いんですが、それでもあまりにも淡々としているので、見ていて落ち込むというよりは、何だかひたすら無常観に囚われていくばかりで、それが良いような悪いような……うーん、何とも言えない……。
 ただ1つ言えるのは、ここに描かれているのは特定の戦争に限ったことではなく、いつでもどこでも起こり得る、そして今でも起きていることなんだろうな……という、そんな普遍性は間違いなく獲得していると思います。
 絶句しつつ、なんかスゴいもの見ちゃったな……という感じ。

 とはいえ、淡々とはしているものの、退屈とかでは全くなく、フィクションやドラマ的な快感は皆無ですが、エピソードや映像はあちこち心に残るもの多し。
 個人的には、捕虜を匿った病院の看護婦たちが、慰安のために綺麗なドレスを着せられて、白樺林でワルツを踊らされるシーンや、大軍に向かって少数の手勢を率いて、「ラ・マルセイエーズ」を歌いながら進軍していくあたりは、大いに心に残りました。
 とにかく、敵も味方も正義も悪も何もなく、ひたすら人間が殺し合う様を、冷たい視線で高見から眺めているような、そんな映画。
 他人様にオススメするには、ちょいと見る人を選びすぎる系なので難なんですが、興味を持たれた方だったら、間違いなく一見の価値はある映画です。
 ”Csillagosok, katonák”、英盤DVD用予告編。