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“I Want Your Love” (2012) Travis Mathews

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“I Want Your Love” (2012) Travis Mathews
(イギリス盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk
 2012年のアメリカ製ゲイ映画。住み慣れたサンフランシスコから故郷に帰らなければならなくなったゲイ青年と、その友人たちの一日を描いたもの。
 赤裸々なセックス描写のためにオーストラリアの映画祭で上映禁止となり、物議を醸した一本。

 主人公ジェシーはゲイで、パフォーマンスに携わるアーティスト。サンフランシスコで同じくゲイの友人とルームシェアをして暮らしていたが、故郷(アイオワだったかな?)に帰らなければならなくなり、お別れパーティが開かれることになる。
 ジェシーのルームメイトは、自分のボーイフレンドをジェシーの後に住まわせようとするが、そのボーイフレンドはルームメイトと別の友人の仲に嫉妬を覚え、二人の仲は少しギクシャクする。
 一方のジェシーは旅立ち前の落ち着かない気持ちの中、元彼とのハッピーなセックスのことを思い出す。ジェシーから連絡を貰った元彼は、ジェシーに会いに行くための服を服屋で選び、そこで黒人青年と親しくなる。元彼は服を着替えてジェシーと会いに行くが、二人は和やかな時間を過ごすものの、何も起こらない。元彼は黒人青年に連絡し、ジェシーのお別れパーティで落ち合おうと言う。
 騒がしいお別れパーティで、ルームメイトとボーイフレンド、そしてボーイフレンドが嫉妬したルームメイトの友人は、一緒に3Pをする。ジェシーの元彼と例の黒人青年もセックスをする。
 しかしジェシーはパーティの喧噪に加わる気がせずに、独り部屋で音楽を聴いている。そこにもう一人のルームメイトがやってくる。ジェシーはそのもう一人のルームメイトと他愛のない会話を交わすうち、やがて今後の不安に襲われ思わず涙ぐんでしまう。そんなジェシーを、もう一人のルームメイトは優しくいたわり、やがて二人は服を脱ぎ愛撫を交わすのだが……といった内容。

 昨今のゲイ映画のトレンドの一つ(だと私が思っている)、あまりドラマらしいドラマは紡がれず、日常的で身近なエピソードを点景的に繋いで見せ、その中で微妙な感情の起伏などを見せるタイプの作品。
 というわけで交わされる会話も、ストーリーを進行させるためのそれではなく、日常的な雑談的なものが主で、しかも完全に現代口語なので、正直これをヒアリングのみで鑑賞するのは、私にはいささかハードルが高く、ディテールはかなり拾い損ねていると思います。
 ただ、キャラクターの存在感や全体の空気感が、これがもうリアルそのもので、俳優が演じる作られたドラマを見ているという気が全くしなくなるほど。おそらく低予算の作品なんですが、撮影技術なども悪くなく、カット繋ぎのテンポなどもこなれているので、全体の尺が70分というコンパクトさもあるんですが、自分でも意外なほど見ていて作品に引き込まれました。

 物議を醸したセックス描写は、これはもう赤裸々というかあからさまというか、もう完全にハードコアポルノ的なそれ。ペニスの勃起から手コキからフェラからゴム被せからツボ舐めから指マンから挿入から射精の瞬間から、もう全てズバリそのものを見せています。
 ただしいわゆる商業的なポルノと異なるのは、まずセックスしているのがポルノ的に理想化された男優ではなく、いかにもそこいらへんにいそうなアンチャンどもで、身体の線はゆるいわ顔もそこそこ止まりだわ、○○系といったステレオタイプやクローンでもないところ。
 また、行為そのものは赤裸々に、そして時間もたっぷりとって描写されるんですが、表現的にはいわゆるポルノのそれとは全く異なっています。つまり、一つの行為を延々と映したり、結合部にも照明が当たってよく見えたり、視聴者を挑発したりとかいった、そういった要素が皆無。
 では、具体的にはどういうものかというと、これまたドラマ部分の描写同様にリアルそのもの。赤裸々だけれど、挑発的でも露悪的でもなく、スタイリッシュに処理することもない、そんな多くの皆が日常で行っているようなセックスと同様の光景が、スクリーン上で(正確には液晶TVのモニターですが)繰り広げられます。
 また、日常的とはいっても、そこは素人生撮り的な退屈さとも無縁で、しっかりフェティッシュな感触のクローズアップが入ったり、上手い具合にカット割りを入れたり、描写に陰影が富んでいたり、情感を湛えていたり……と、セックスの表現自体の魅力も大。自然な空気感も実に良く、例えば、射精を終えた瞬間に笑い出してしまうペアの描写なんて、実に楽しげで、しかもナチュラルなので、見ていて思わずこちらの頬も弛みます。
 そんな具合に、ハード・コア・セックスをダイレクトに見せるという意味では、確かにポルノ的ではあるんですが、それでも表現としては非ポルノ的といった感じで、ちょっと今までに見たことがないタイプ。セックスの内容がバニラなので、正直私は見ていてさほど興奮しませんでしたが、しかしそんな表現の魅力だけでも、充分以上に見る価値大なくらいに良かった。

 というわけで、全体のナチュラルな空気感や、セックス場面の魅力、そして不思議と爽やかな後味など、《今》のゲイ映画に興味がある方なら、まず見て損はない一本。
 しかしここまで赤裸々だと、例えゲイ映画祭であっても、日本での上映は難しそうではありますが……。

“Beards: An Unshaved History”

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 ドイツBruno Gmünderから出版されたアートブック、”Beards: An Unshaved History”に作品を数点提供しました。
 古今東西の「ヒゲ文化」について、泰西名画からゲイポルノグラフィーまで豊富な図版を使いつつ、あれこれと論じた内容の本で、テキストは英独併記となっています。
 著者のケヴィン・クラークは、長くジャーナリストをやっていた人だそうで、新聞や雑誌の編集者や編集長の他、美術館のキュレーションを手掛けたり、ウィーンの大学でクィア・スタディーズを教えたりした人とのこと。2011年に出した”Porn: from Andy Warhol to X-Tube”がベストセラーになったそうです。
 内容は、大見出しとして「今日のヒゲ アウト&プライド」「70年代クローン・ルックの誕生」「ヒゲの歴史千年」「クローンの帰還」となっており、それに加えて更に「ヒゲ剃りの歴史」「ヒゲのあるクィアたち」「宗教とヒゲ」「オスカー・ワイルドのアンチヒゲ」だのといった様々なコラムが、いずれもたっぷりと図版を使って綴られています。

 私の提供した作品画像は「コミックスとヒゲ」の項で使用。こんな感じに参考図版的に、小さく数点載っております。
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 他のページは、例えばこんな感じ。左はイントロダクション部分の見開き、右は「ヒゲのあるクィアたち」の近現代編。
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 というわけで、古典名画やヴィンテージ写真から現代のファッション写真やゲイ・ポルノまで、ヒゲにまつわるありとあらゆる画像が収録されているので、ヒゲ好きならそれを見ているだけでもグッとくるはず。

 書籍のPR動画で全ページを繰っていく様子が見られますので(エロい部分にはボカシが入りますけど)、ご参考までにどうぞ。

 残念ながらいつものように、日本のアマゾンでは取り扱いなし。アメリカかイギリスのアマゾンで購入するのがオススメ。先頃出た拙著“Endless Game”と一緒に、如何ですか?

バディ創刊20周年

Badi (バディ) 2014年 01月号 [雑誌] Badi (バディ) 2014年 01月号 [雑誌]
価格:¥ 1,700(税込)
発売日:2013-11-21

 ゲイ雑誌「バディ」2014年1月号、11月21日発売です。直販系のゲイショップ等では既に店頭に並んでいるはず。
 創刊20周年記念号ということで、いつもよりも増ページ、内容も充実したものになっています。歴代のカバーモデルさんやグラビアモデルさんたち75名登場ってのもスゴいし、90年代初頭から現在に至る日本のゲイ・コミュニティ&カルチャー史をコンパクトに綴った記事は、資料的な価値も大。
 様々なジャンルの様々な方々からのお祝いコメントも寄せられており、そこに混じって私も、お祝いコメント&ちょっとしたイラストを寄稿させていただいております。自分が同誌に描いた懐かしいキャラを、久々に描いてみました。
 ただし連載マンガ『奴隷調教合宿』は、先日お伝えしたように、今号では休載です。12月発売の2月号から、再びスタートいたしますので、しばしお待ちを。
 しかし創刊当初、高蔵大介さん、戎橋政造くん、上条毬男くんと一緒に編集部を訪ねたときから、もう20年も経ったのかと思うと、おめでたいという気持ちと同時に「もうそんなに経ったの??? 速! 怖!」という感じもしたり(笑)。
 ごく初期の号で、小倉東くん(マーガレットさん)たちと一緒に「SM特集」の企画に参加したのも懐かしいし、後に「ジーメン」を一緒に立ち上げることになるTさんや長谷川博さんと最初に出会ったのも、この「バディ」の編集部。
 印刷媒体には何かと厳しい状況が続く昨今ですが、末永く頑張っていただきたいです!

【訃報】不破常次(不破久友/彩文大和)さんが亡くなりました

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 1995年に雑誌「ジーメン」でデビューし、同年、アメリカのトム・オブ・フィンランド・ファウンデーション主催のエロティック・アーティスト・コンテストでも、シングル・フィギュア部門で1位を射止めた《男絵師》不破常次さん(後に不破久友→彩文大和とペンネームを変更)が、7月30日に亡くなられたそうです。直腸癌による失血死。享年60。
 昨日、最後を看取られた方からメールをいただきました。
 故人の交友関係が判らないために、携帯電話にメールアドレスが入っていた、私から周知してくれないかとのことでしたが、作品のファンは日本にも海外にも大勢いると思うので、そういう方々にもネットを通じてお知らせしたいとお願いしたところ、ご快諾いただけたので、こうしてブログで公表させていただきます。

 前述したように不破さんは、創刊当初の「ジーメン」でデビューし、以降、初期の「ジーメン」ではコンスタントにイラストや絵物語などを発表していました。
 その当時、私は既に専業作家として独立しており、同時に、仲間と一緒に新雑誌「ジーメン」を立ち上げ、雑誌全体のコンセプトからアート・ディレクション、企画編集に至るまで深く関わっていましたが、彼の文字通り《魂を込めた》ような重厚に塗り込められた鉛筆画に、あっという間にそんな立場を越えた1ファン、それも熱烈なファンになりました。
 また同時期、ゲイショップ「BIG GYM」の直販オンリーで、『DESIRE』と題された不破さんの複製原画セットも発売され、その序文というか推薦文のようなものも書かせていただいています。
 しかしその後、作品の発表ペースは次第に落ち、私が「ジーメン」と決別した2006年には、ほぼ皆無になっていたような気がします。(その後、再び作品発表があったとの話も聞いた記憶がありますが、2006年4月以降の同誌の内容については、私は全く把握していないので良く判りません)

 不破さんは、あまりご自分のことを語りたがらず、私もプライベートな部分に関しては、正直いまだに何も知らないに等しいです。
 それでも、私が「ジーメン」を立ち上げるずっと前に、不破さんと私のパートナーの間にあれこれ交友があったことなどもあり、そんな親しみもあって、編集部やパーティなどで会うと、良くじゃれあっていましたし、不破さんがウチに遊びに来たこともありました。
 謎めいたところは多い方でしたが、ちょっと構えたシャイなところがあって、でもお酒が入るといきなり気さくになり、更にお酒が進むとガキ大将のようになったり、はたまた野獣のようになったり。とにかくとても魅力的。
 オマケに私の好みにどストライクの、眼光鋭いすこぶるつきのいい男で、でも笑うといきなり少年みたいになって、ガタイも肉厚骨太の筋肉質。酔っぱらって抱きつかれたりすると、嬉しいんだけど、ムラムラしちゃって困ったり(笑)。

 そんな不破さんと久々に再会したのは、私が2010年に銀座のヴァニラ画廊でやった個展「WORKS」会場でした。前にこのブログにアップしていますが、その時に一緒に撮った写真を再掲しておきます。
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 その際にあれこれ話をした中に(そういえば、私がジーメンから離脱したことは全くご存じなく、かなり驚かれていました)、絵は描きたい、描き続けたいけれど、お仕事の関係か何かで、思うように描ける環境にない……といったような、ちょっと悩み相談的なものもありまして、じゃあ後日改めてゆっくり会いましょうと約束し、互いにメールアドレスを交換しました。
 しかし、お会いしたのはそれが最後になってしまいました。
 後日、幾度かメールのやりとりをしたものの、なかなか互いの都合が合わず、何となく立ち消えに。今となっては、それがとても悔やまれます。

 私の同時代のゲイ作家の中には、上手かったり魅力的だったりする作品を描かれる方は大勢いますが、不破さんの絵の《濃さ》は、ちょっと他に類をみないものだった気がします。
 エロティック・アート全般における、私の基本的な考え方として、作家という《人》のエロティックな指向、嗜好、オブセッションの類が、いかに色濃く表れるか、そしてそれがいかにその他一般の価値観を圧倒して、その作家の作品ならではの《美の姿》となるか、その姿によって《人》の分身となり得るか……というのが、とても大きな命題なのですが、不破さんの作品とは、まさに《それ》を体現するものでした。
 だからこそ、私のところに海外から「Fuwaの原画が手に入らないか」と問い合わせメールが来るように、当時の「ジーメン」購読者以外の、きっとどこかでスキャン画像を見たのであろう、外国の熱烈なファンも獲得できたんだと思います。
 もっともっと、描き続けて欲しかった。
 60で逝っちゃうなんて、早すぎるよ、不破さん……。

(in English)

(8/21:『じょうじ』の字が間違っていたので訂正しました)

児雷也ビーチタオルとか

 児雷也画伯からイラスト入りビーチタオルをいただきました。
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 すごく……大きいです……。
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 こうすると、フッキング・アプリのプロフ画像にも使えそう(それは詐欺)。
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 タオル本体にも画伯の直筆サイン入り……というわけで、使わずに密封保管決定。
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 ご購入はMASSIVEのサイトで。
 MASSIVEは、拙著”The Passion of Gengoroh Tagame”のスタッフ、グラハムとアンが立ち上げたプロジェクトで、日本のゲイマンガをモチーフにしたグッズ展開を予定。私の絵のTシャツやポスターもあります。ブランドロゴは児雷也画伯のデザイン。
 送料はかかりますが、日本からのオーダーにも対応してくれるので、二枚買って縫い合わせてパンヤ詰めて、児雷也抱き枕を作るとか如何でせう(笑)。

“Parada (The Parade)”

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“Parada” (2011) Srdjan Dragojevic
(イギリス盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk

 2011年のセルビア/スロヴェニア/クロアチア/マケドニア/フランス/イギリス映画。英題”The Parade”。
 元ユーゴ内戦の兵士でホモ嫌いの中年男が、ひょんなことからセルビアのゲイ・パレード護衛をすることになるという、社会派コメディ・ヒューマンドラマ。
 監督&脚本のSrdjan Dragojevicは、2001年にベオグラードのゲオ・パレードで実際に起きた、アンチゲイによる暴行事件のフッテージを見て、この映画の企画を思いついたとのこと。件の暴行事件の映像は、映画の導入部分でも使われており、また、それと対比させるように、エンディングでは2010年のベオグラード・ゲイ・プライド・パレードの映像も使われている。
 2012年のベルリン映画祭パノラマ部門観客賞受賞。

 セルビアの首都ベオグラード。
 結婚式の演出などを手掛けるゲイのミルコ以下、LGBTアクティビストたちがプライド・パレードをしようと計画しているが、セルビア社会にはホモフォビアが根強く、過去には極右スキンヘッズによる暴力事件も起きている。そして今日もまた、LGBTアクティビストたちが集まって会議をしているところに、スキンヘッドたちが殴り込みに来る。アクティビストたちは、警察にパレードの護衛を頼みに行くが、取り合って貰えないどころか、逆に侮蔑的な態度であしらわれてしまう。
 そんな中、ミルコのパートナーで、彼ほどはアクティブではないゲイである獣医のラドミロの元に、負傷したブルドッグが担ぎ込まれる。ブルドッグの飼い主は、元ユーゴ内戦の兵士で、その後ギャングを経て、現在は柔道道場とボディーガード業をやっている男リムン(あだ名。レモンの意)だった。
 リムンは現在、若くて美人の娘ビセルカと再婚しようとしているところだったが、ビセルカはリムンの提案するダサい結婚式が気に入らない。そして、もっとオシャレな結婚式を……と、ローンを組んででも、ミルコの会社に頼みたいと言う。リムンも、仕方なく折れてそれに同行するが、そこでラドミロに会ってしまい、自分たちの結婚式を預ける相手がホモだと知って激昂してしまう。
 リムンに胸ぐらを捕まれたはずみに、ミルコは転倒して大怪我をしてしまう。介抱するラドミロに、ミルコは「頑張ってきたけどもう限界だ、僕は自分の国を憎みそうだ」と本心を吐露し、実はカナダへの移民申請もしているのだと告げる。
 一方ビセルカは、リムンのとった態度に激怒して、彼の家を出て行ってしまう。リムンが彼女の居所を探す間、彼女はミルコだけにお詫びの電話を掛けるが、それをラドミロが受け、彼の心に1つのアイデアが閃く。
 ラドミロはリムンの元に赴き「貴方が愛するビセルカのためになら何でもしたいと思うように、僕も愛するミルコのためになら何でもしたい」と、リムンの結婚式をミルコにプロデュースさせ、ビセルカがリムンの元に帰ってくるように計らうかわり、リムンとその部下たちにプライド・パレードの護衛をしてくれるよう、提案する。
 リムンはその提案を受けるのだが、部下たちは「オカマのパレードの護衛なんてとんでもない」と拒否する。ベオグラードで護衛を見つけるのは無理だと考えたリムンは、それなら町の外で見つけようと、ゲイ・グループの中でも一番ゲイゲイしくないラドミロを連れて、ボディーガードの仲間捜しに出掛ける。
 リムンとラドミロは、車体に「ホモ死ね」と落書きされているピンクの車に乗り、かつてユーゴ内戦で戦ったライバルたちを訪ねて、セルビアからクロアチア、ボスニア、コソボ……と、旧ユーゴ圏内を巡って、ゲイ・パレードの護衛を捜しに出掛ける。
 最初は全くの水と油だったリムンとラドミロだったが、次第に互いを理解し始め、護衛仲間も一人ずつ増えていく。しかし実は、リムンの前妻との間の息子が、今はスキンヘッズになって、パレード襲撃を企てている一味に入っていた。
 果たして、ベオグラードのゲイ・プライド・パレードは実現できるのか、そして極右スキンヘッドたちの攻撃をかわすことはできるのか? ……といった内容。

 題材から期待していた通り、これは実に面白かった!
 コメディ・タッチでテンポ良く進めつつも、ホモフォビアとゼノフォビアを重ね合わせることで、《異なる者への理不尽な嫌悪》という差別の本質を見せ、クライマックスに向けてエモーショナルに盛り上げ、感動とメッセージ性をしっかり押さえて、ジ・エンド……といった構成。
 まず、出てくるキャラたちが実に良く、メインはリムンとラドミロなんですが、ホモフォビアはあるものの実は悪い人間ではないリムンと、アクティビズムとは距離を置きクローゼット気味のラドミロが、それぞれストーリーを通じてきっちり成長していくので、それがラストの感動へと繋がる。
 オシャレ系ゲイのミルコは、志が高い反面ちょっと鼻につくところもあり、ここいらへんもリアル&魅力的。リムンの彼女ビセルカも、集会場に火炎瓶を投げ込まれ、パニックになるゲイたちを尻目に「アマチュアね!」とテキパキ火を消したりして、実にかっこいい。その他、50代でようやくカムアウトした有名デザイナーのゲイとか、ビセルカと仲良くなるレズビアンとか、護衛として集まるリムンの戦争仲間のオッサンたちとか、誰もかれも良くキャラが立っていて、それが生き生きと楽しく動くのが、何とも魅力的。
 また、全体が『荒野の七人(七人の侍)』を模した構造になっていることや、リムンの一番好きな映画が『ベン・ハー』で、彼はそれを《男同士の真の友情》だと信じ込んで見ているのだが、ご存じのように実は……みたいな、仕掛けのあれこれも楽しい。

 前述した差別の本質に関しては、まず冒頭からテロップで《チェトニク:セルビア人の蔑称:クロアチア、ボスニア、アルメニア系コソボ人が使用》《ウスタシャ:クロアチア人の蔑称:セルビア、ボスニア、アルメニア系コソボ人が使用》《バイジャ(略)》《シプタール(略)》といった解説が出てきまして、その最後に《ペデー(fag):同性愛者の蔑称:皆が使用》と出てくるといった具合に、もう最初がらガッツリ描いてきます。
 で、そこから、毛むくじゃらのオッサン(リムン)のシャワーシーンに続くんですが、これがシャワーを浴びながら、セルビア愛国歌、旧ユーゴの共産主義俗謡、旧ユーゴの80’sポップスなどを、ゴチャマゼに続けて歌い、それと並行して男の肌に入っている、ユーゴ内戦の戦場の名前やら、二次大戦の反共リーダーの顔やらといった、これまたゴチャマゼのタトゥーがクローズアップされていく…といった洒落具合。
 中盤の仲間捜しのエピソードで、最初は《ホモ死ね!》と落書きされていた車が、旧ユーゴ圏内をあちこち渡り歩くうちに、《チェトニクの豚!》とか《ウスタシャ死ね!》とか、どんどん上書きされていくのも、風刺と洒落っ気が見事に効いていて実に可笑しい。
 それ以外にも、警察風刺もあれば米軍風刺もあり……といった感じで、とにかくネタ的にはテンコモリで、逆にネタが多すぎて、リムンと息子の確執やラドミロと父親の確執など、いささか描き込み不足や捌き切れていない部分もあるんですが、それらも引っくるめてお楽しみどころは盛り沢山。

 コメディとしては、あちこちでくすりとさせるタイプで、どっかんどっかん笑えるわけではないですが、内容の濃さ、理想と現実のバランス配分、感動要素やメッセージ性の確かさは保証します。
 とにかく情報量が多いので、ついていくのが大変な部分もありますが、ゲイ映画好きにも一般の映画好きにも、どっちもしっかり楽しめる一本。オススメです。そして、これがセルビアでスマッシュヒットしたというのも嬉しい話。

“Ardhanaari”

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“Ardhanaari” (2012) Santhosh Souparnika
(インド盤DVDで鑑賞→Bhavani DVD

 2012年のインド/マラヤラム映画。南インドのトランスジェンダー文化を通して、個としてのTGの苦悩や、TG集団であるヒジュラへの差別などの問題を、社会派ヒューマン・ドラマ的に描きながら、更にそこに、ヒンドゥー神話を重ね合わせて見せるという意欲作。
 タイトルは、両性具有の神アルダナーリシュヴァラから。

 南インド、ケーララ州に住む少年ヴィナヤンは、子供の頃から自分の体は男だけれど心は女だと感じていて、アイラインを引いて爪を染め、装身具を付けて学校に通っている。歳の離れた兄や学校の教師はそれを疎ましく思っているが、父や姉は彼の好きなようにさせてくれ、同級生の少年も彼の味方だ。
 やがて青年になった彼は、髪を伸ばし、例の同級生とも互いに愛し合い、お付き合いをしていたが、政界に出た兄はますます彼のことを忌み嫌い「妹に縁談がこないのもお前のせいだ」と罵り、ついには殺し屋を雇ってヴィナヤンを始末させようとする。
 ヴィナヤンは殺し屋を返り討ちにし、兄のことも赦すが、殺人犯として警察から追われる身になってしまう。また恋人だった幼馴染みも、仕事で国外に行くことをきっかけに、今までの関係を「少年時代の愚かな戯れ」と切り捨て、ヴィナヤンとの関係を清算してしまう。
 家を出て故郷を離れたヴィナヤンは、とある寺院で一人の美しいヒジュラ(芸能や売春を生業とするインドのトランスジェンダー集団)と出会い、彼女に誘われ、ヒジュラたちが共同生活を送るハマム(マッサージパーラーという名目の娼館)へと連れていかれる。最初は戸惑ったヴィナヤンだったが、ヒジュラたちのリーダーが「自分たちのような人間は一般社会からは拒絶されている」と話すのを聞き、ハマムで暮らすことを決意する。
 やがて儀式が行われ、ヴィナヤンは名前をマンジュラに改め、先輩ヒジュラのジャミーラが、彼の新しい《母親》として名乗りを上げる。優しいジャミーラに可愛がられ、他のヒジュラとも仲良くなり、マンジュラは楽しい日々を過ごすが、いざ本当のヒジュラとなり、女性として生まれ変わる儀式の際、マンジュラはそれを拒絶してしまう。
 というのもマンジュラは、ときおり自分の中で、男性としての欲望が持ち上がるのを感じていたからだ。しかし、そのことを素直に語るマンジュラを、ヒジュラたちは「素晴らしい、では貴方は両性者アルダナーリだ」と祝福し、このハマムで唯一、女でもあり男でもある存在(普段は女性として振る舞いつつも、男性として他のヒジュラと結婚することもできる存在)として迎え入れる。
 こうして正式にハマムで暮らし始めたマンジュラは、例の自分をここに連れてきた美しいヒジュラに、彼女のBFを紹介されるが、その男に何かうさんくさいものを感じる。同時に彼女に、男性としての欲望を感じて結婚を迫るが、彼女はマンジュラの警告を聞き入れれず、求婚も拒絶する。
 男も女も、自分のことを愛してはくれないと嘆くマンジュラを、母親役のジャミーラは優しく慰め、マンジュラもまた、ジャミーラが実の母親以上に自分のことを愛してくれていると感じるのだが、そんなジャミーラが、娼館ではつきものの性病に倒れてしまい……といった内容。

 これは実に面白かった!
 異色作であると同時に、かなりの意欲作。まずは、主人公の人生ドラマや内面の苦悩などだけでも、充分以上に見応えがあるんですが、それに加えて、ヒジュラのコミュニティー内のしきたり等、今までほとんど知る機会がなかった世界を垣間見られるのと、更にはそれと同時に、社会に受け入れられてはいるものの、しかし扱いはあくまでも被差別層であるという、そういった社会問題の数々も、ダイナミックなエピソードや、はっきりとした問題提起を込めたセリフで打ち出してきます。
 ストーリー的にも波瀾万丈で、前述したあらすじの後も、幼なじみのBFの再登場、病に倒れる父親、再会した兄との再確執、ヒジュラを食い物にする極悪犯罪、犯罪組織と警察との癒着……等々、マンジュラの心の葛藤をメインに、ドラマチックなエピソードがテンコモリ。
 では、そういう不幸の釣瓶打ち的な内容なのかというと、必ずしもそうではなかったりします。
 じっさい悲劇的なエピソードも多々あるし、イントロからして、年老いて乞食のようになったマンジュラの語りから始まるので、この後どうなるのか戦々恐々なんですが、でも決して「悲惨な話でお涙ちょうだい」タイプの作品ではない。
 そういった、社会的な不条理による悲劇の数々を描きつつも、クライマックスでは(ネタバレ含むので白文字で)父親が病に倒れ、死ぬ前にひと目我が子に会いたいと願うのを受け、ヴィナヤン/マンジュラは意を決して故郷へ帰り、臨終の父親を見舞うのだが、そこで父親は、息子が完全に女性の姿になったことにショックを受けつつも、そこに両性具有の神アルダナーリシュヴァラの姿を見て(ホントにCGでピカーっと神様の姿になるもんだから、おもわず目が点になっちゃいましたw)伏し拝む……といった具合に、今まで描かれてきた諸問題をヒンドゥー神話に結びつけてきます。そして、「では、そんな世界で正義を求めるために、次は何をしようか?」と、運命に敢然と立ち向かう主人公の姿を、まるで頌歌のように高らかに謳いあげたところで終幕……という構成。
 これはちょっと、今までに見たことがないタイプの作品。インドのクィア映画ならではといった味わいです。
 全体が2時間あるかないかという短い尺なので、特に後半は描写不足の部分が多々ありますが(まぁそれもインド映画では良くあるパターン)、ドラマチックでエモーショナルな話(一箇所マジ泣きしました……)、確固とした社会派的な視点、そしてクライマックスの高揚感が合わさって、面白い、見応えあり、後味も上々……と、三拍子揃った満足感。

 ほぼ完全女装で通す主演の男優さん(Manoj K. Jayanという人で、前に感想を書いた『ケーララの獅子』にも出ています)は、力強い演技と目力で醸し出す色気が素晴らしかった。この映画だとこんな感じですが、
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素はこんな感じのヒゲが濃い太目のオジサンなので、役になりきっている様がホントお見事。
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子供時代を演じた子役の子も、とてもチャーミングで良かった。
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 それ以外の、ヒジュラたちのリーダーや、
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主人公の義母となるジャミーラも、実に良いキャラ&良い演技。
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 あちこちユーモラスな描写もありますが、決して女装自体で安易に笑いをとりにいくようなことはせず(インド映画では、コメディ・リリーフとして女装という要素を使うのが、決して珍しくはない)、全体をしっかりとシリアスな内容のドラマとして描ききるあたりにも、制作陣の意識の高さが感じられます。
 あと、余談になりますが、マラヤラム映画って前に見たときもそう思ったんですが、とにかく男優さんが皆ヒゲで太ったおじさんなので、この映画でも主人公の夫となる男性は、こんな感じ(右)だし、
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悪徳警官ですら、こう。
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 インド映画なので色っぽいシーンとかはないですけど、こんな感じのラブシーンもあり。
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 太ったおじさん同士のラブシーンというのは、ゲイビだとそういうジャンルは確立してますけど、映画では全く見た記憶がないので、これはちょっと貴重かも知れません。

 今年のバンガロール・クィア映画祭で上映されたというので、興味を持ってDVDを購入してみたんですが、まさにインドならではのクィア映画という一本。
 面白いし、志は高いし、見応えはあるし、個性もあり、後味も上々……という、題材に興味のある方なら必見の一本。 実は最初は、予告編とDVDジャケの雰囲気から、「《可哀想でしょ〜悲惨でしょ〜+コテコテの女装コメディ》だったら嫌だな〜」と結構おっかなびっくりだったんですが、その予想を悉く裏切ってくれたので、なおさら満足度も大でした。

『天才画家ダリ 愛と激情の青春』

天才画家ダリ 愛と激情の青春 [DVD] 天才画家ダリ 愛と激情の青春 [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2012-06-22

『天才画家ダリ 愛と激情の青春』(2008)ポール・モリソン
“Little Ashes” (2008) Paul Morrison

 2008年のイギリス/スペイン合作映画。
 ダリを演じるロバート・パティンソンの『トワイライト』人気で、こんな邦題になっちゃってますが、実質はダリではなくフェデリコ・ガルシア・ロルカ(ハビエル・ベルトラン)が主人公で、同性愛者としてのロルカをメインに、ダリとの関係等を描いたゲイ映画です。

 まぁ何というか、身も蓋もない言い方をしてしまうと、「ロルカとダリで『モーリス』やってみました」みたいな映画。
 ロルカの同性愛者としての側面に焦点を置くというのは、『ロルカ 暗殺の丘』(マルコス・スリナガ監督、1997年)でも、『ブニュエル  ソロモン王の秘宝』(カルロス・サウラ監督、2001年)では、残念ながら殆ど見られなかったので(でも映画自体はどちらも好きです。特に後者は、おかしな邦題で損をしていますけど、個人的には贔屓の一本)、そこは新鮮だし嬉しかった。
 ロルカがダリとの関係に振り回された後、演劇や政治に身を投じていく姿を、同性愛者としての自己受容や行動に重ねて描くというのも、視点としてはなかなか興味深いです。

 ただ、残念ながら演出が凡庸なために、そんなアイデア以上の見応えや滋味には欠けるのが残念。
 描かれる具体的なエピソードのあれこれも、ダリの立ち位置を《魔性の美形》的にするとか、どんどん親密になっていくロルカとダリに、ホモフォビックなブニュエルが嫉妬する昼メロみたいな展開や、ゲイに振られながらも理解ある友人となる女性キャラというお約束が出てくるとか、そういった発想自体の陳腐さが、ちょっといただけない。
 また、『モーリス』や『アナザー・カントリー』系の、ある種の耽美とかコスチューム・プレイ的なゲイ映画として見てしまうと、全体が低予算のために時代の香気に酔うというわけにもいかないし(低予算ながら工夫して頑張っているとは思いますが)、また、最初は《魔性の美形》だったダリも、後半は実際の本人の姿に併せて、ルック自体がどんどん奇矯になっていくので、そんなヴィジュアル自体が足枷になってしまう。

 というわけで、ドラマティックな時代と関係性を描いた人間ドラマとしては、深みや見応えに欠けるし、映像自体のムードや昔のやおい的な耽美を求めてしまうと、映像がそれに追いついていかず……といった具合に、ちょいと虻蜂取らずに終わってしまっている感があります。
 ただ、前述したようなモチーフ自体の珍しさはあるし、着眼点自体は悪くないと思うし、また、凡庸さや陳腐さは感じつつも、別に見ていてつまらないわけでもないので、あまり多くを期待せず、気楽に見る分には良いと思います。

 なにしろ、こういうマイナーなゲイ映画の、日本盤DVDが出ること自体が珍しいので、そういう意味ではちょっと応援したい気持ちもあり。
 ありがとう『トワイライト』(笑)。

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“Notre paradis (Our Paradise)”

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“Notre paradis” (2011) Gaël Morel
(イギリス盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk

 2011年のフランス映画。
 トウのたった男娼とその恋人の青年が、寄り添うように愛し合いながら、殺人を重ねていく姿を描いたゲイ映画。
 サブキャラでベアトリス・ダルも出演。

 主人公ヴァシルは盛りを過ぎた男娼。トウがたち腹も出た今は、歳を若く偽っても客にはそれを見抜かれる。そんな彼には殺人癖があり、今日も自分の歳について色々言ってきた客を絞め殺してしまう。
 その帰り道、ヴァシルはハッテン場で倒れている青年を見つける。青年は何者かに襲われて負傷しており、ヴァシルはそんな彼を家に連れて帰って手当する。自分の過去も名前も明かさない青年を、ヴァシルは彼の身体の天使のタトゥーに因んで《アンジェロ》と名付ける。
 ヴァシルとアンジェロはそのまま一緒に住み始め、やがて歳のせいで客から断られるヴァシルに代わって、アンジェロが男娼をするようになるが、ヴァシルは自分はヒモではなく、二人は対等な関係なのだと強調する。そしてアンジェロもまた、自分がヴァシルのことを愛していることに気付く。
 しかしある日、二人で一緒に変態趣味の客をとったときに、客がアンジェロを異様な方法で責めるのを見て耐えかねたヴァシルは、アンジェロの見ている前でその客を殺してしまう。
 こうして初めてヴァシルの殺人癖を知ったアンジェロだったが、それでも彼と一緒にいることを選ぶ。だが、かつてヴァシルが殺したと思っていた客の一人が生きていて、二人一緒のところを見られてしまう。
 二人はパリを離れ、ヴァシルの旧友のシングルマザーのところを訪ねるのだが……といった内容。

 映像がなかなか美しく、セックスや殺人、キンキーなプレイといった、かなり露骨で身も蓋もない描写がありつつも、同時にしっかりロマンティシズムやリリシズムも伝わってきて、そういった全体のテイスト自体はかなり魅力的。
 ストーリー的にも、まず、殺人者とその恋人の逃避行という、ベースとなるプロット自体が、ゲイ映画ではあまり見られないタイプなので興味深く、更に中盤、ベアトリス・ダル演じるシングルマザーと、その幼い息子で主人公と同じ名前のヴァシル少年が登場し、そして後半になると、ヴァシルの最初の客であった富豪と、その彼氏もストーリーに絡んでくるので、起伏に富んだ展開の筋運びで、先が読めない面白さもあります。
 反面、いろいろと要素が中途半端になっている感もあり。
 まず、ヴァシルとアンジェロの関係ですが、ストーリー自体に意外なほど閉塞感がなく、描き込みもいまいち甘いので、どうもフォーカスが散ってしまっている感があり。ゲイの男娼カップルによる殺人逃避行というストーリーのわりには、ギリギリ感が全くなく、逆に中盤以降は、普通のヒューマンドラマ的なテイストになってしまうのが、最も物足りなかったところ。
 また、ストーリーの起伏の方も、描かれるのは主人公回りのドラマだけで、追っ手や周辺のエピソードが描かれないために、筋立ての割りにはクライム・ドラマやサスペンス的な滋味に欠けるのが残念。
 カップル二人だけの世界を描くのであれば、前述したような即物性とロマンティシズムの並立が、大いに効果的かつ魅力的だったんですが、中盤以降、ストーリーがチェンジ・オブ・ペース経て、二人以外の世界や人々が、ストーリーに密接に絡んでくる展開になると、ムードだけでは持たせきれなくなってしまい、逆に齟齬が生じてしまっている感もあり。
 二人の関係、ストーリー的な工夫、少年との触れあいなどに見られるほのぼのとした描写、ゲイの世界における《若さ》の意味……等々、ディテール単位で取り出して見ると、それぞれが魅力的だっただけに、こういった弱点が何とも惜しい。
 ラストをもうちょっと変えるだけでも、だいぶ後味が変わると思うんだがなぁ……。このラストは、ドラマ的な盛り上がりにも余韻にも欠けて、ちょっといただけない。

 役者はそれぞれ魅力的で、演技も申し分なし。
 特に主人公ヴァシル役のStéphane Rideauという人は、ルックスといい体型といい、いかにも若い頃は人気の男娼だったのが、加齢と共に客をとれなくなったキャラというのに、見事な説得力を与えています。アンジェロ役のDimitri Durdaineも佳良。
 エロティックな描写に関しては、ロマンティックなセックス意外にも、けっこうキンキーな内容(ボンデージとか内視鏡プレイとかディルドとかネズミSMとか)が出てくるんですが、それらの描き方がとてもニュートラルなのが良かった。
 露悪的にするでもなく、ファッショナブルに気取るでもなく、淡々と極めて即物的な描写ながら、そこに一種のリリシズムが感じられる絵作りになっていて、そこはかなりの高ポイント。

 というわけで、全体的にはちょっと惜しい感じではありますが、それでも印象的なシーンは多々ありますし、演出等のクオリティも高いので、興味のある方なら見て損はない一本だと思います。
 特に映像のテイスト自体が、個人的にはとても好みでした。

“Stripped: A Story of Gay Comics”で紹介&作品掲載

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 ドイツの出版社Bruno Gmünderから出版された、世界のゲイ・コミックスの歴史と作家を紹介したアートブック”Stripped: A Story of Gay Comics”に、紹介&作品掲載されました。取材協力(人を紹介したり、日本のマンガ出版における世紀修正の説明をしたり)もちょっとしています。

StrippedGayComics_contents
 これ<は、過去発行された様々なゲイコミック本の表紙を集めたページなんですが、私も持っているものがけっこうあったりして、レア度は情報の密度はさほど高くない感じがします。まだきちんとテキストを読んではいないんですが、ゲイ・コミックスの歴史に関しては、さらりと表面を撫でたという感じでしょうか。  ともあれ全般的にテキスト量はあまり多くなく、基本はあくまでも図版を見せるのが中心といった感じの本。  掲載&紹介されている作家は、まず有名なとろこで、もはやクラシックとも言える大御所トム・オブ・フィンランド、 StrippedGayComics_tom
ベテラン作家で同じ版元Bruno Gmünderから作品集が何冊も刊行されているザックことオリバー・フレイ、
StrippedGayComics_zack
やはりベテランで私も個人的にお付き合いのあるザ・ハンことビル・シメリングなど。
StrippedGayComics_hun
 こういった作家たちについて、それぞれ冒頭に1見開き分のテキストで紹介&解説が入り、続いて1ページにつき1枚の絵を掲載しながら、それが1作家につき数見開き続く構成になっています。
 というわけで、画集的な見応えは充分以上にあり。

 で、私も12ページほど絵が載っております。
 一番古いもので、日本のゲイマンガの局部修正の例として『嬲り者』から2ページ、そして『ECLOSION』『Der fliegende Holländer』『LOVER BOY』『MISSING』『エンドレス・ゲーム』から、こちらはオリジナル・データのままの無修正版を、それぞれ2ページずつ。
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 二番目の図版は、私という作家紹介&解説ページなんですが、おそらくデザイナーさんが「日本語かっけえ!」って感覚なんでしょうね、我々日本人から見ると、実に珍妙なことになっているのがご愛敬(笑)。

 他の掲載作家さんたちも、ちょいとご紹介しましょう。まず知り合い関係から。

 イタリアのフランツ&アンドレ。このコミックス”Black Wade”は、英語版がこのBruno Gmünderから、フランス語版が拙作の仏語版版元でもあるH&Oから出ています。ちょっとハーレクイン風味のヒストリカル・ゲイ・ロマンスで、個人的にオススメの一作。
StrippedGayComics_frantz&andre

 アメリカ(カナダだったかな?)のパトリック・フィリオン。アメコミ的なスーパーヒーローものを得意とする作家さんで、Class Comicsというインディペンデントのゲイ・コミック出版社もやっており、やはりBruno GmünderとH&Oから、コミック本や画集が多数出ています。
StrippedGayComics_fillion

 やはりアメリカのデイル・ラザロフ。ただし彼はシナリオライターなので、図版の絵は、左がエイミー・コルバーン、右がバスティアン・ジョンソンという作家。また、カラリングは、私の友人でもあるフランス人のヤン・ディミトリが担当しています。デイルの本も、やはりBruno Gmünderから何冊か出ていたはず。また、この《デイル・ラザロフ/バスティアン・ジョンソン/ヤン・ディミトリ》コンビの作品は、これとは別に描きおろし新作もフル・ストーリー掲載あり。
StrippedGayComics_dale

 知り合い関係を離れたところでは、まずアメリカのミオキ。この本の表紙も、この人の作品。やはり確か、Bruno Gmünderから作品集が出ていた記憶が。「薔薇族」って感じの作風。
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 ドイツのクリスチャン・タルク。カートゥーン調とリアル調のミクスチャーがいい感じ。
StrippedGayComics_turk

 同じくドイツから<トゥリオ・クラップ。バンドデシネっぽい感じ。 StrippedGayComics_krapp

 オランダのフロ。カートゥン系の可愛らしい作風。
StrippedGayComics_flo

 アメリカのハワード・クルーズは、70年代〜80年代に活動していた作家さんらしいですが、ハワード・クラムなんかと通じる、いかにもアメリカのアングラ・コミックといった感じの作風。
StrippedGayComics_cruse

 こんな感じで、様々な作家の作品を大きく紹介したものが、フルカラーで240ページ近くあるというヴォリュームなので、ゲイ・アート好き、ゲイ・コミック好きなら、まず買って損はない充実の内容。
 本のサイズも約A4と大きめで、ハードカバーで造本もしっかり。
 テキストは英語とドイツ語の併記で、情報の掘り下げ度はそんなに深くない気はしますが、それでも一冊まるまる使って世界のゲイ・コミックを俯瞰しているという点で、あまり類書がない貴重な本だと思います。
 ただ残念ながら、例によって日本のアマゾンでは取り扱いがありません。
 それでも欲しい方は、是非アメリカやイギリスのアマゾンから取り寄せてください。