雑記」カテゴリーアーカイブ

スクリーントーンとかWordPressとか

 訳あって、久々にスクリーントーンなんぞを使いました。
 マンガの仕上げをデジタルに切り替えて以来なので、切ったり貼ったり削ったりするのは、およそ10年ぶりということになるんですが……ひ〜、こんな面倒くさいシロモノだったっけ、トーンって(笑)。
 まあ、もともと私はトーンテクがある方ではなかったし、マンガ制作作業の全行程の中でも、一番キライなのがトーン貼りってな感じだったんですが、10年もブランクがあると、もともと得意でもなかった技術が、更に衰えていてビックリです。このスピードのノロさでは、アシスタントも勤まりそうにない。
 って、正直アシスタントってやったことないんで、実際はどんなものなのか、良く知らないんですけど(笑)。

 さて、スクリーントーンというと、圧着するための道具も色々あって、専用のヘラとかもあるんですけど、私の経験上では、一番便利かつ効果的(キレイに圧着するための時間も手間もかからない)な道具は、Zippoのオイルライターのお尻です。これが、角に程よい丸みがあって、持ちやすく力も入れやすく、しかも幅広なので一度で押さえられる面積も広い。
 こんな感じで持って擦ります。
zippo
 アナログ仕上げでスモーカーの方は、ぜひ一度お試しあれ。いや、スモーカーじゃなくても、トーン使うひとだったら、そのためだけにZippoのオイルライター買ってもいいんじゃないか、ってなくらい、個人的には使いやすいと思っています(笑)。
 あ、ただし、使っていくうちに、ライターのお尻がハゲチョロケになります(笑)。

 それとは別件で、ここ数日、本家サイトのサーバにWordPressをインストールして、ちょこまかいじっております。
 Twitter全盛時代に、いまさらブログソフトをいじり始めるなんて、我ながら周回遅れの気がしなくもないんですが、ここんところ本家サイトの情報告知系のページ更新が、いちいちHTMLを手打ちして作らなきゃいけないのが面倒くさくて、ついつい放置気味だったもんで、そこだけ手軽に更新できるブログ式に切り替えたかったもので。
 ぶっちゃけ私は、PHPだのMySQLだのと言われても、何じゃソレってな感じでサッパリなんですが、ネット上のマニュアルと首っ引きでやってみると、けっこう何とかなるもんですな。データベース構築のところで、一瞬ちょっと躓いたくらいで、後はわりとあっさり出来ました。
 これだったら、前に新設したスケッチブログも、既成のブログサービスを借りるんじゃなくて、サイト内に自分で作っちゃえば良かったかも。
 一回インストールしてしまえば、テンプレートも豊富にあるし、日本語版もあるし(とはいえ、私が作りたかったのは英語表示ページだったので、日本語版だと、ブログ上の表示が自動的に日本語に翻訳されてしまうのを、英語表示に戻す方法がちょっと判らなかったので、試行錯誤の結果、現在は英語版を使っております)、あとは普通のブログサービスを利用するのと大差ないですな。
 これでフリーだとは、何ともありがたい限り。

レオ(とパンジャ)は、最初から「白いライオン」だったのだろうか?

 さしあたっての締め切りが片付いたので、先日ここで書いた手塚治虫の『ジャングル大帝 漫画少年版』を、ゆっくりじっくり読んでおります。
 種々のバージョンがあるという同作ですが、私がこれ以外で読んだことがあるのは、講談社の手塚治虫全集版のみ。というわけで、バージョンによる内容の違いは、私が気付いた分も気付かない分も含めて色々あるんでしょうが、私の場合、例によって全集版の本すら実家にあって手元にないので、細かな比較はできず。う〜ん、読み比べのためだけに、また文庫版を買っちゃいそうな自分が怖い(笑)。
 とはいえ、今回このマンガ少年版を読み始めたら、じきに、細かい部分ではなくて、もっと大きな部分に関する素朴な疑問が、頭に一つ浮かびました。
それは、
「レオ(とパンジャ)って、本当に最初から、白いライオンという設定だったの?」
ということ。
 私の記憶にある限り、マンガでもアニメでも、パンジャもレオも「白いライオン」で、その「白い」というのが、キャラクターの外見的特徴として、最大かつ重要な要素だったはず。
 ところが、今回の復刻版を読むと、何故かこの「白い」という要素が、なかなか出てこない。
 第一話で、パンジャの毛皮を欲しがっている黒人酋長が、白人のハンターと組んで罠をしかけるときも、パンジャの形容として、「ジャングルの帝王」や「森の化身」といった言葉は出てくるんですが(1巻・4ページ……以下特記以外は全て1巻)、肝心の「白い獅子(ライオン)」という表現がいっさい見あたらない。
 とはいえ絵を見ると、他の雄ライオンのたてがみは黒く塗られている(5ページ)のに対して、パンジャのたてがみは白いままで、まあ白黒のマンガ画面で見る限りは「白いライオン」に見えるんですけど、セリフのフォローが何もない、特に酋長が、白い毛皮の希少性ゆえにパンジャに執着しているといった内容がいっさいないのは、キャラクターを立てる要因として「白いライオン」というものを設定したのだとしたら、いささか不自然に感じられます。
 そこで、次に気になるのが、目を閉じて堂々と闊歩するパンジャの姿が描かれている、第二話のカラー扉(7ページ)。
 このパンジャは、たてがみと尻尾の房は白く無彩色のままなんですが、他のボディ部分には薄いベージュが塗られています。
 これを見て思い出したのが、ウィキペディアにも載っている有名なエピソード。

「白いライオン(ホワイトライオン)」というアイディアは、手塚がかつて動物の絵本を依頼された際にライオンの絵を白熱灯の下で彩色したところ、電灯の光のために、できあがってみたら色がきわめて薄くて没になった失敗談が発端という。

 これってひょっとして、実はこの扉絵のことなのかしらん、なんて思ったり。
 さて、同話の後半で、いよいよレオが誕生するわけですが、ここでも奇妙なことに、「白いライオンの子が生まれた」という、セリフによる描写がいっさいない。生まれた子供が真っ白だったら、レオの母エライザ(ただし漫画少年版ではこの名は出て来ない)を捕らえているクッター氏にしろ、輸送船の乗組員にしろ、もっと驚いてもよさそうなものだけど、そういったリアクションはいっさいなし。
 それどころか暢気にも、

「ほほう! こりゃあ かわいらしいな 母おや似だな」
「おいおい ライオンはどれだって みんな顔が同じだ」
(15ページ)

なんてセリフのやりとりすらある。
 もし、パンジャは白で、その子どものレオも白という設定が、当初から存在していたのだとしたら、こういう展開にはならないと思うのだが……。
 以降、レオをメインに話は続いていくんですが、相変わらず「白いライオン」という要素は皆無。
 出会った魚も鳥も、別の船の船員もネズミも、人間サイドの主要キャラクターであるケン一やメリイやヒゲオヤジも、レオをネコと間違えることはあっても、誰一人としてレオが白いということに驚かないのだ。
 そんなこんなで、レオの色が白いということに関しては、テキストでは何も触れられないまま話は進み、やがてレオは、ケン一たちと一緒にアフリカに戻り、パンジャの毛皮と出会うのだが、このときも

「ぼくと おなじ におい!」
(43ページ)

というセリフはあれども、毛皮が同じ白だという要素は出て来ず。
 そんな調子で、第四話まで続きます。
 そして、次の第五話。
 ここにいたって、ようやくカラー扉(45ページ)の「前號まで」というあらすじ中に、「白い獅子パンジャは」という一文が初めて出てくる。
 ただし、カラー扉に関しては、レオの姿が初めて描かれた第三話、次の第四話、そしてこの第五話でも、レオの身体の大半は彩色されない白ではあります。血管の赤みと思しき両耳部と、ボディのシャドウと思しき部分等のみに、ほんのり赤褐色系の彩色が施されている。
 しかし奇妙なことに、第五話のカラー扉では、キャプションでは「白い獅子」と名言されているパンジャの毛皮が、絵ではたてがみ部分のみが白く、顔やボディははっきりとしたオレンジ色になっている。
 そして、この第五章でも、本文になりと、やはりレオやパンジャの白さには触れられない。パンジャの毛皮を持ち運ぶレオを見て、ケン一とメリイが交わすセリフも、やはりまた、

「この子は なんてまあ 毛皮を こうもって まわるんだ ろう」
「その毛皮と レオとなにか かんけいがあ るんじゃ ないか」
(49ページ)

という具合で、二者の間の「白い」という共通項は描かれないままだ。
 この調子で、第五話でも、扉以外の本文中では最後まで、レオやパンジャが「白い」と明示するシーンはない。
 ところが、次の第六話になると、様相が一変する。
 まず、カラー扉(55ページ)は、古代エジプトでスフィンクスの前で眠る、レオの先祖の白獅子アンドロクレス(ただし漫画少年版ではこの名は出て来ない)である。
 そして本文に入ると、まず2ページめで、レオの消息を求めるヒゲオヤジが

「雪みたい白い ししのことをきか なかったか」
(57ページ)

と言うのを皮切りに、次のページでは、まるでだめ押しのように

「ワタみたい な白さだよ」
「ケムリ みたいな白さだッ」
「歯の白さ だ、わかるか」
(58ページ)

と続き、以下も

「で、しってるか 白いししを」
「白いしし? そんなもの いるのかい わッははは」
「白いしし! いますとも」
(58ページ)

と、これまで一度もセリフには出て来なかった「白い獅子」が、何と6コマに渡って連発されるのだ。
 更に、7コマめからは、やはり後に主要な役を負うアルベルト少年によって、アフリカ大陸における「白い獅子」の解説が、

「医斈上では シロコという んですよ」
「今からざっと 四千年まえに 『白いしし』がでた というきろくが あります」
(58ページ)

という具合に始まり、以降2ページ半(59〜61ページ)に渡って続く。
 そして、この第六話以降、レオが白いライオンだということが、あらすじや本文中で、折に触れて語られるようになります。
 つまり、私が今回の復刻版を読んで、どう感じたかというと、
「レオもパンジャも、最初は白いライオンという設定ではなかったのでは?
その設定は、第五話から六話の間ぐらいの時期に、後から付け足されたものなのでは?」
という印象を受けたということです。
 ひょっとしたら、こんなことは周知の話なのかも知れないけれど、寡聞にして私自身は、これまでそういった話は読んだことも聞いたこともなかったもので、これが事実だとしたら、ひどくビックリなわけで。
 ホントのところはどうなのかは、私にはこれ以上のことは判りませんが。
 もう一つ、パンジャの色に関しては、実は物語が後半に入ってからも、レオが自分の子どものルネとルッキオに、パンジャの毛皮を見せるシーン(2巻・13ページ)で、たてがみは白だが顔とボディーはオレンジ色をしているのも興味深いところ。
 ひょっとすると、パンジャに関しては、かなり後半になっても、全身が真っ白という設定ではなかったのかも。特典の複製原画にある、学童社版の単行本用表紙原画でも、やはりパンジャの色は、たてがみと尻尾の房のみ白(をイメージさせる薄いブルーのシャドウ)で、顔やボディはベージュ色をしているし。
 更に余談になりますが、もし『ジャングル大帝』の成立に、エドガー・ライス・バロウズの『ターザン』シリーズや、南洋一郎の『バルーバ』シリーズの影響もあったのだとすると、当初のパンジャは両シリーズに出てくるような「金獅子」を想定していて、第一話でたてがみが白いのも、白毛ではなく金毛のつもりだったのかも……なんて、更に妄想も膨らんだりして(笑)。

つれづれ

 お仕事中。
 今描いているマンガの主人公は、こんな男。
tensyoku_rough
 年末年始にイタリアで開催されるベア・パーティーのご案内を3つほどいただいていたので、せっかくだからご紹介。
 まず、昨日のパーティ。
Layout 1
 次はまだ間に合う、今月5日のパーティ。
subwooferjan2010
 最後は、大晦日にやったパーティ。
bearsinromenewyear2010
 も一つ来た。ジェノバで1月16日ですって。
bearsking2010

今年最後の記事は食べ物クイズ

 とーとつですが、クイズです。
 下の写真の食べ物、名前は何というでしょう?
igirisu
 答え。
「イギリス」
 何でも、九州は島原の名物だそうです。
「何故にこれがイギリス?」って思うでしょ、私もそうでした(笑)。

 事の起こりは、こんな感じ。
 相棒(島原出身)と一緒に、近所のスーパーに買い物に行ったとき。そこは小さなお店で、日替わりでレジの横に、おまんじゅうや蒸しパンといったお菓子が置いてあるんですが、その日はちょうど、ヨウカンをカステラで挟んだ「シベリア」が売られていたんです。
 で、私が「あ〜、シベリアだ、懐かしい〜」と言ったら、相棒が「シベリア? 何それ、イギリスなら知ってるけど」とのたまった。
 今度は私が「イギリス? 何それ、シベリアやモンブランなら判るけど、イギリスってどんな食べ物?」と驚く羽目に。
 以来私は、この「謎のイギリス」に、興味津々になりました。
 相棒に、どんな食べ物なのかと聞くと、「寒天みたいのの中に、細切りのニンジンとかが入ってる」という返事。
 どんな味かと聞くと、「う〜ん、味があるような、ないような……」
 美味しいのかと聞くと、「美味しくも不味くもないような……」といった具合で、質問すればするほど、どんな食べ物なのか、さっぱりワケガワカラナクなっていくばかり(笑)。
 具体的なイメージが全く掴めない分、謎がどんどん増していき、ますます私を虜にしていくイギリス(笑)。
 そんな具合で、「いつか見てみたい、食べてみたい」と言い募っていた私を見かねて、相棒が島原の親戚に、イギリスを送ってくれと頼んでくれました。

 それが我が家に届いたのが、最初の写真。
 夕飯時に食してみましたが、うん、確かに味があるような、ないような(笑)。
 お出汁の味はします。あと、おからの炒め物みたいな、お豆腐っぽい味も。でも、何味かって聞かれると、ちょいと説明には困るかなぁ(笑)。私に質問責めされて、返事に窮していた相棒の気持ちが判るような(笑)。
 見た目は素朴だけど、けっこう淡泊で上品な味で、私はけっこう好き。
 でも、何でこれがイギリスなのかは、やっぱり不思議。
 まあ、よく考えるとシベリアだって、何であれがシベリアなんだって気はするんですが(笑)。

 というわけで、珍しげな食べ物だし、日本には私同様、イギリスという食べ物の存在を知らない人も多いかと思って(笑)、自分の「イギリス初体験」記念も兼ねてアップしてみました。
 因みに、私にとってのこの手のご当地食といえば、私が育ったのは主に関東圏なんですけど、父方が島根は出雲のせいもあって、醤油風味の柚子マーマレード的な「ゆこう」とか、名前は知らないんだけど、種を抜いた梅干しを赤紫蘇の葉でくるんで砂糖に漬けたものとか、干したワカメを焼いて食べる「めのは」とか、お雑煮に入れる「うっぷるい海苔」とか、黄金色に透き通った和菓子の「琥珀糖」とかが、懐かしの味です。
 あとは、母方が横浜なので「全機庵」の洋菓子とか、どこのお菓子だったか判らないけど、カボチャの形をした「ポチロン・サブレ」とか、幼少時に短期間だけ大分にいた関係で、和洋折衷なお菓子「さびえる」なんかも、少年時代の想い出の味。

今年のあれこれ

 2009年も残り一日なので、今年のあれこれをちょいと反芻してみたり。

 マンガは、ゲイ雑誌を主軸に一般向けも二つほど(うち一つは、まだ世に出ていませんが)混じって、わりと充実していたかな。『父子地獄』を完結できたのも嬉しい。
 あと、月産ノルマ78ページという月があって、これは自己記録を更新してしまった(笑)。私はアシスタントを使わず一人でやっているので、流石にこれはちょっとキツく、某少年週刊マンガ誌の編集さんにも驚かれました(笑)。
 とはいえ、年間を通しては、そうメチャクチャ忙しかったというわけではなく、10年ほど前の、「バディ」で『銀の華』、「ジーメン」で『PRIDE』を、毎月並行連載しつつ、「ジーメン」では表紙イラストとレギュラー記事も幾つか担当し、合間に挿絵なんかもやりつつ、更には別名義での小説連載までしてた頃にくらべりゃ、ぜんぜん余裕かも。正直、あの当時のことをもう一度やれと言われても、今じゃ体力的にも無理だと思う(笑)。
 マンガ単行本も、日本で一冊、フランスで三冊(まだ最後の一冊は手元に届いていないけど)、イタリアで一冊出せたので、全部併せると例年以上のペースに。
 それと、マンガ関係で今年一番驚いたのが、文化庁メディア芸術祭から、『外道の家』がノミネートされたのでエントリー承諾書にサインしてくれ、という書類が来たこと。まあ、結果はもちろんかすりもしませんでしたが、ゲイ雑誌発のあーゆー作品が、こーゆーのにノミネートされたことだけで、もうビックリでした(笑)。

 一枚絵関係だと、これはやっぱりこのブログで詳細をレポした、フランスでの個展が大きかったですな。セレブにも会えたし(笑)。
 あと、オーストラリアの企画展にも参加したし、銀座の画廊の企画展にも監修で関わったけ。銀座ではトークショーもしましたが、ここんところ毎年、何かしらの形でこのトークショーってぇヤツをやっているような気がする(笑)。
 イギリスとフランスで一冊ずつ、アートブックへの掲載があったのも嬉しい出来事。

 プライベートでは、何よりかにより20年来の念願だった、モロッコ旅行ができたのが嬉しかった。
 アイト・ベ・ハッドゥの景観やメルズーガの大砂丘でのキャンプは忘れがたいし、マラケシュの喧噪も懐かしい。フェズのメディナで道に迷い、加えて暑さでヘロヘロになったのも、今となっては楽しい想い出。人里離れたところにある、ローマ遺跡のヴォルビリウスから、持参した携帯で鎌倉の実家に電話したら、ちゃんと繋がって父親が出たからビックリもしたっけ(笑)。
 タジン(モロッコ料理)も、色んな種類を食べられて美味しかった。個人的には、マトンとプルーンの入ったヤツと、肉団子と卵が入ったヤツが好きだったな。あと、パスティラという、鳩の肉をパイで包み焼きして、上にアーモンドと砂糖がまぶしてある、不思議な料理(笑)。しょっぱいんだか甘いんだか、何とも形容しがたい味なんだけど、でも不思議と美味しいのだ。
 あとはやっぱり、屋台のオレンジ・ジュースですな。生のオレンジを、その場でギュッギュッと幾つか搾って、ガラスのコップに入れてくれるの。疲れて喉が渇いたときには、これが一番でした。イランやパキスタンのザクロ・ジュース以来の、感激の美味しさ(笑)。

 映画は、ブログでもいろいろ書きましたが、輸入DVDで見た未公開映画に、感銘を受けたのが多かったような。
 何だかねー、最近「これは見たい!」って楽しみにしてたヤツが、劇場公開されずってパターンが多くて……。昨年暮れだったかも、ドイツ映画の実写版『クラバート』が、ドイツ映画祭か何かで上映されて、どーしてもスケジュール的に行けなかったんで、いつか一般公開されるんじゃないかと待ちつつも、けっきょくそれっきりでソフト化もされてないみたいだし……。
 そんな中で、『キング・ナレスアン』の日本盤DVDが無事出たのは、もうホント嬉しかったし、この間書いたように、『戦場でワルツを』を無事劇場で見られたのも嬉しかった。
 現在公開中のヤツだと、『監獄島』は、愛しのストーン・コールド・スティーブ・オースチン様主演だから気にはなるんだけど、内容的にどんなものなのか(笑)。ストーン・コールド様だけが目当てだったら、脱ぎっぱなしのプロレスのDVD見てた方がオイシイかも知れないし(笑)。因みに、このストーン・コールド様のプロレスの輸入盤DVD、私の気付かないところでウチの相棒が、ジャケを見てレザー系ゲイAVだと勘違いして、ホクホク喜んで再生し、中身を見てガッカリしたという逸話が、我が家にはあります(笑)。
 あと、映画じゃなくてテレビドラマですが、年末になってNHKの『坂の上の雲』を見たら、思いのほか出来が良くてハマってしまった。このドラマのことを何も知らなかったので、何を見るでもなく漫然とテレビを点けたら、第三話の再放送をしている最中で、軽い気持ちで「お〜、明治ものだ!」と見始めたら、そのまま最後まで目を離せなかった(笑)。
 私は普段、連続テレビドラマを見る習慣が全くないんですが、こればかりは、残り二話もしっかりチェック。放送時間になってテレビの前にやってきた私を見て、相棒が「ひゃ〜、珍しいね!」と驚いてた(笑)。というわけで、気に入ったにも関わらず、一話から三話前半までは未見なので、年明けとかにまた再放送してくれないかしらん。それとも、さっさとDVD出すとか……って、NHKだとDVDも高価そうだけど(笑)。
 それとまあ、こーゆーゲイはけっこう多いんじゃないかと思いますが、広瀬武夫役の藤本隆宏ってイイですね(笑)。相棒も「誰だい、これは?」と目を輝かせていました(笑)。越中褌でのヌードがあったので、今度は六尺姿を希望(笑)。
 昔の東宝の『日本海大海戦』では加山雄三だったけど、あたしゃこっちの藤本氏の方がダンゼン好きだ。しかし、気に入ってしまっただけに、今から「杉野はいずこ」のシーンを見るのが、怖いような楽しみのような……。

 マンガは、ブログで紹介しそびれていたヤツだと、何と言っても吾妻ひでおの『地を這う魚 ひでおの青春日記』が素晴らしかったなぁ。

地を這う魚 ひでおの青春日記 地を這う魚 ひでおの青春日記
価格:¥ 1,029(税込)
発売日:2009-03-09

 何がいいって、面白いとかしみじみするとか、そーゆーのもあるんですけど、何よりかにより作品全体の空気感がタマラナイ。その空気感に浸りたいがために、もう何度読み返したことか。
 自分が入っていきたくなる世界がそこにある、個人的な大傑作。
 最近買ったヤツでは、夢枕獏/伊藤勢『闇狩り師 キマイラ天龍変』1巻。

闇狩り師 キマイラ天龍変 1 (リュウコミックス) 闇狩り師 キマイラ天龍変 1 (リュウコミックス)
価格:¥ 590(税込)
発売日:2009-12-16

 雑誌『リュウ』を、オマケの手ぬぐいとクリアファイルに惹かれて買ったら(って小学生かい)、そこに連載されていたマンガで、絵に勢いがあってカッコイイので、単行本出たら買おうと待ち構えておりました(笑)。
 もともとが小説の外伝的な位置づけらしく、ストーリーの方はちょっとよーワカラン部分もあるんですけど(夢枕氏の小説も、浅学にも私は、20年以上前に『猫弾きのオルオラネ』を読んだっきりだし)、やっぱ勢いのある絵と迫力のある画面構成がカッコイイです。
 しかし、ドーデモイイことなんですけど、この伊藤勢といい、伊藤真美とか伊藤悠とか、伊藤姓のマンガ家さんって、絵に勢いがあって画面構成に迫力のある、カッコイイ作風の方が多くありません?(笑)
 何だか、だんだん「今年を振り返る」じゃなくて、ただの「近況つれづれ」になってきたので、ここいらへんでオシマイ。

マシン・トラブルと新環境

 マンガの締め切り直前に、マシントラブル発生。
 よりによって締め切り直前に……と思いつつ、しかし私の場合、マンガ制作でコンピュータは仕上げに段階でしか使わない、つまりベタ塗りとトーン貼りだけ(「バディ」の原稿に関してはネーム入れも)なので、まあ必然っちゃあ必然か(笑)。

 因みに結論から先に言うと、まあ何とか間に合いました。
 ここ数年はずっと、メインの作業にはMac mini G4 + Pantherっつー、かなりレトロな組み合わせを使っておりまして、もう一台、Intel iMac + Leopardってのもあるんですが、そっちはホビーユースのみで、まだ仕事には殆ど使っていなかったんですな。
 とゆーのも、マンガの仕上げで最もよく使う、PowerToneっつーPhotoshop用のプラグインがネックでして。こいつが、いつまでたってもバージョンアップしてくれないので、Intel Macに入れているPhotoshop CS4に正式対応していない。
 加えてPhotoshop CS4は、スキャナー機器のTWAINにも対応していないし、逆に、Mac mini G4に入っているPhotoshop CS2 + PowerTone 3っつー組み合わせには不満がなかったので、まあ古い環境のままでズルズルきていたわけです。
 ところが、このMac mini G4がイカれやがった。「?」マークが点滅したまま、起動しないんですな。
 いくつか応急処置を試してみたものの、効果なし。これ以上マジで対処していると、締め切りブッチの危機なので、急遽Intel iMacで仕上げをすることに。

 ただ幸いなことに、以前あれこれ調べたときに、Photoshop CS4でもRosettaで起動すれば、PowerTone 3もTWAIN機器も使えるということは判っていた。
 で、その時点で、念のためにIntel iMacにも、PowerTone 3のインストールは済ませていたし、トーンファイルや、スキャナーの初期設定や、Photoshop用のマンガに使うデータ(アクションとかスウォッチとかトーンカーブとかブラシとか、エトセトラ、エトセトラ……)なんかはコピーしていたし、それ以外にも、必要なファイルは常に外付けHDにバックアップをとっているので、まあ要するに、テーブルの上を片付けてマシンの配置を変えて、あとは機械を繋ぎ直しさえすれば、Intel Macでも作業は問題なく出来るというわけ。
 仕事である以上、サブマシンは常に確保していないとね。

 とはいえ、いざ作業を始めると、それでも幾つか小さなトラブルにはぶつかりました。
 例えば、タブレット(Intuos 3)の動作が変。考えてみると、まだIntel iMacには繋いだことがなかったので、急いでWACOMのサイトからドライバをダウンロード。
 ところが、これがヘンに時間がかかって(残り4時間とか表示される)、挙げ句の果てにはタイムアウトしてしまった。しかし、それまで無線LANでネットに繋いでいたIntel iMacを、急遽イーサネット・ケーブルを背面にブッ刺して有線接続にしたら、あっという間に問題解決してダウンロード終了。
 本来ならばここで、無線LANに使っているAir Macのアレコレとかも、再検討しなきゃならないんだろうけれど、そんな余裕はないので後回し(笑)。

 肝心のPowerTone 3の方は、まあ基本的には問題なく作動してくれるんですが、Photoshopのアクションで組んでいるトーン貼り(砂目とかドットとか、貼る面積や場所に左右されないトーンのうち、自分の定番の何種かをアクションに組み込んでいます)を何度か実行すると、「メモリが足りません」というアラートが出て使えなくなったりしました。
 これは、いったんPhotoshopを終了してから再度立ち上げると解決。アクションを使わないトーン貼りのみだと、このアラートも出ず。

 TWAIN機器の方も、問題なく作動してくれたんですが、スキャニング中にTime Machineのバックアップが始まると、何だか挙動不審になるような気配が。
 時間がないので正確な判断ではないですが、とりあえず、マンガの仕上げ作業中は、Time Machineは手動でオフにしておきました。

 あと、慣れの問題もあります。
 Photoshop CS4では、CS2と比べて、手のひらツールでビューを移動すると、ヘンにグニョーンと動いたり、止めたつもりがビミョーに動き続けて気持ち悪かったり、ドキュメントを複数開いたら、デフォルトでタブ表示になっていて使いにくかったりしたんですが、そこいらへんは初期設定をアレコレ切ったら解決。
 CS4から出来るようになったビューの回転は、これはなかなか便利で大歓迎なんですが、前述した初期設定で必要のない項目を切った際に、「OpenGL描画を有効にする」も切っていたら、このビューの回転も使えなくなってしまい、一瞬、原因が判らずに戸惑ったり。

 逆に、良いポイントもいろいろあり。
 まず、何てったって処理スピードの違いが大きい。
 というのも、「バディ」の誌面が大きくなったのを契機に、作業サイズを、それまでのA5原寸/600 dpiから、B5原寸/1200 dpiに変えたんですが、正直なところ以前のMac mini G4 + Photoshop CS2の環境では、かなり重くてストレスでした。

 ちょっと話が逸れますが、何でサイズと一緒に解像度も上げたかというと、掛けアミのツブレ具合とか垂直水平の流線の出具合(特にヌキ部分)で顕著ですが、やはり解像度を上げるとそれなりの効果はあるんですよね。まあこれは、私が最近ペンタッチを変えて、それまでのイリヌキがハッキリした一本線から、よりザクザクとラフに重ねて線を引く度合いが増えたところ、従来の600 dpiでは追っつかない部分が出てきたってこともあります。
 くっきりした線の再現性では、600 dpiでも問題はなかったんですが、「筆勢主体、荒れやかすれも上等!」な線だと、線のニュアンスが失われると、それが「味」ではなく「汚れ」になってしまう。いささか逆説的ではありますが、それが自分なりに得た結論。
 あ、でもこれはあくまでも、白黒二値の場合ですよ。グレースケールやカラー画像だったら、そこまで解像度の影響はないと思います。よく言われるように、350dpiもあれば充分。あと、白黒二値でも、スキャンではなくデジタル描画の場合も、これまた話は別だと思います。

 さて、話を戻しますと、前の環境と比べると、こっちのIntel iMac + Photoshop CS4は、いくらRosettaで起動しているとはいえ、そういったストレスはなく、サクサク作業ができます。
 私の場合、スキャンした線画をクリンナップするのに、アバウトに「サイズ変更>トーンカーブ補正>線画のチャンネル保存>線画のセル化>ゴミ取りを容易にするためのゴミのピックアップ」といった作業をアクションで組み、それを複数ファイルに対してバッチで自動処理しているんですが、以前はそれを始めると「やれやれ、一休みするかい」と、ちょいとベッドにゴロンと横になったりしていたところ、今回は「ちょっと一服……」程度の時間で終わってしまったり(笑)。
 こんな具合で、ファイル一つ開くにも保存するにも、以前よりだんぜん早くなって大助かり。

 あと、ショートカット・キーの扱いが変わったのも、使いやすくなりましたね。
 例えば私の場合、作業中によく使うショートカットで、「鉛筆」や「ブラシ」の「B」や、「バケツ」や「グラデーション」の「G」なんてのがあるんですが、これが複数回押すと、順番にツールが切り替わるようになった。最初はこれ、その仕組みに気付かなくて、「うが〜、さっきまでバケツだったのに、なんで勝手にグラデーションに変わってるんだよ、使えね〜!」とかムカついていたんですが、いったん慣れてしまったら、便利だったらありゃしない(笑)。

 というわけで、このまま新環境でもぜんぜんオッケー、それどころか、おそらく結果としては作業効率も上がって万々歳……と言いたいところなんですが、現実問題として、PowerToneの扱いを考えると、果たしてこれもどこまで保つやら……。
 CELSYSさん、ホント何とかしてよね……と、Mode時代からの付き合いの身としては、声を大にして言いたい。
 Comic Studioもいいソフトだとは思うし、私も部分的には使っているんですが、でも総合的には、私みたいにPC上でのペン入れはせず、仕上げだけをデジタルでやりたい場合は、あんまりアドバンテージないんスよ。
 オンラインストアも閉じてしまい、入手ルートも確保されていない現状では、こんなこと愚痴っても無駄かもしれないけど。

 そんなこんなで、環境移行もしたことだし、前にここで当時のデスクトップ画像を披露しているので、新環境の画像もアップしときます。
imac_desktop
 今度のデスクトップは、前にここここで書いた、ポーランドのTV版『クォ・ヴァディス』で巨人ウルスス役を演じていた、柔道選手ラファウ・クバッキの勇姿。今はもうなくなっちゃったらしい、本人の公式サイトからダウンロードできた壁紙です。
 色だけ、自分でセピアにいじったんだったかな? デスクトップがあんまりカラフルだと、絵を描いたりするには何かと邪魔なので。

“GOKU vol.3″、続報

h&o_site_goku
 マンガ『君よ知るや南の獄』フランス語版”GOKU”の最終巻ですが、版元であるH&Oのサイトに情報がアップされました。
 それに伴いサイトのトップ絵も、ご覧のように三上くんになってます。
 ……うん、我ながら凛々しく描けてるぞ(笑)。
 例のコフレ(ボックス入り三巻セット)の画像も、サイト内にアップされているので、興味のある方はどうぞ。大仰な化粧箱とかではなくて、カジュアルな感じです。あっちの本屋で、クリスマス・プレゼント用とかに買ってもらえるといいな(笑)。
 あとは、現物が届くのを待つばかりですが、この出版社はいつも対応がしっかりしているので、まず大丈夫でしょう。

つれづれ

 フランスの出版社H&Oから、「GOKU(『君よ知るや南の獄』の仏題)の3巻を、今月18日に出すよ」と連絡あり。
 この本は、翻訳段階で大きく躓いてしまい、発行が遅れに遅れてしまったんですが(最初の翻訳者が仕事を途中で放り投げて失踪してしまったのだ)、今年の1月は1巻が無事発売されてからは、こうして残りも順調なペースで進んでくれて、とりあえずはホッと一安心です。
 この3巻の発売と同時に、全3冊を収納できるボックスも出る予定。彼らは「コフレ」と言っていましたが、仏話辞典にある「化粧品や宝石を入れる小箱」って説明とは、だいぶイメージが違う(笑)。だって、カネボウの化粧品で「コフレドール」ってのがありますが、あの「コフレ」と同じ「コフレ」だし(笑)。
 本の詳細等は、手元に本が届くなり、H&Oのサイトに動きがあるなりした時点で、また改めてお知らせします。
 また、これと並行してH&Oとは、次の仏訳版マンガや新しい画集の話なんかも進行中なので、こちらも具体化したら改めて。まぁ、いつになるかは判りませんけど(笑)。

 これとは別件で、やはりフランス相手の打ち合わせが一つ。日本のマンガの研究書シリーズを出している小さな出版社で、そのエディターが来日したので、近所の茶店でミーティング。
 ここの出しているマンガ研究書シリーズは、第1弾のテーマが「BL」(このときちょっとお手伝いしました)、第2弾が「手塚治虫」(パリで本を貰ったんですけど「手塚治虫のカーマスートラ」なんつー思っくそ面白そうな章もあるのに、フランス語だから読めないのがチョー残念)でした。今回の話は、次はマイナー系だかアングラ系だかという括りで本を出すので、またそれに協力して欲しいという内容。
 まあ、発行予定はまだまだ先のことのようで、無事に出るのかどうかも判りませんが、自分に出来ることなら協力はしますよ、と、お返事。
 このエディターさんが、今年の5月にもパリで会った人なんですが、日本語ペラペラ読み書きもOK。メールも会話も全て日本語なので、コミュニケーションが楽チン(笑)。ついつい話も弾んで、フランスでの日本のマンガの出版事情とか、BLがどう受け止められているかとか、いろいろ面白い話も聞けました。

 今日見たDVDは、これ。

今日も僕は殺される デラックス版 [DVD] 『今日も僕は殺される』(2007)ダリオ・ピアーナ
“The Deaths of Ian Stone” (2007) Dario Piana

「今日、僕は殺された。そして、明日も殺される…。 目が覚めるたびに始まる何事もない一日。しかし、その結末には必ず無残な「死」が待っている。 覚えているのは、殺された時の絶望的な恐怖感だけ。僕は殺されるために生かされているのか? ループする「死日常」の果てに訪れる闇の真実とは…?」なんて惹句から、ホラーかミステリーかサスペンスか、はたまた不条理系かと思ったんですが、蓋を開けてみたら、どっちかというとダーク・ファンタジー系+モンスターものといった感じの内容でした。
 しかも、モンスターものしても、かなり古典的なスタンス。ドラキュラのバリエーションと言っても良いくらいで、結末(というか解決法)も今どき珍しいくらいの直球勝負。オチに驚くんじゃなくて、ヒネリのなさにビックリしちゃったくらい(笑)。
 正直、シチュエーションの面白さのわりに、ストーリーはそれを生かし切れていない感が強いんですけど、テンポは良いし、演出自体も佳良なので、ダレたり飽き足りすることもなく、楽しく一気に見られました。全体のムードも、奇妙な物語系の不穏な空気に、モダン・ホラー的なソリッドさを上手く混ぜた感じで、なかなかヨロシイです。

 でまあ、私の一番のお目当ては、主演がマイク・ヴォーゲルだってことなんですけど、相変わらず、いまいちアクに欠けるハンサム君のせいか、アイスホッケーのエースプレイヤーだったりビジネスマンだったり、すっきり清潔でキレイなシチュエーションだと、さほどいいとも思えないんですけど、寝不足のタクシー運転手やジャンキーの帰還兵とかいう、ちょいと薄汚れたシチュのときは、やっぱなかなかセクシーでカワイイ(笑)。もうちょい歳くって男臭さが身に付いたら、上手くいけば、今のポール・ウォーカーみたいな、個人的なご贔屓男優になってくれるかも。
 で、そんなマイク・ヴォーゲル君が、手を替え品を替えして、あれやこれやとブチ殺されてくれるので、そこは無条件で嬉しかった(ヘンタイ)。ただ、残酷描写としては、今どきの映画としては比較的大人しめ。
 殺しじゃない責め場としては、病院のベッドに頭と手足を枷で拘束されて、上半身裸でアレコレ拷問されるシーンがあるので、医療器具系SM好きにはちょっとオススメ。ジャケ写にもなっている頭を固定する器具とか、今度自分のマンガでもこーゆーの使ってみたい(笑)。

『私は自由な鳥のように空高く舞い上がる(Panchhi Banoon Udti Phiroon)』という歌のこと

 先日、スーダンのカセットテープについて書きましたが、あんな具合に我が家には、あちこちの国へ行ったときに買ってきたカセットがけっこうあります。
 そんな中にはかなりお気に入りの音楽もあり、なんとかCDで再ゲットしたい曲(やアルバム)もいっぱいあるんですが、これがなかなかそうはいかない。ほとんどは、未だCDでは見つけられないままです。
 ただ、中には幸運にもCDを見つけることができたものもあり、特に、インターネット時代になってからは、そういったチャンスもより増えてきた感じです。
 というわけで今回は、そういった幸運な例の中でも、特に順調にいったケースのお話しをば。
 それが、タイトルに書いた”Panchhi Banoon Udti Phiroon”という歌。

 最初の出会いは、インドで買ったこのカセットテープ。
panchhi_cassette
 国の東西を問わず、古めの歌謡モノが大好きな私は(というのも、40〜50年代の流行歌って、わりとどこの国でも、伴奏のアンサンブルが大規模で、アレンジも凝っていたり、曲も優美なものが多いので)、このジャケットを見たとたん「これは懐メロものだ!」と判断して即購入したわけです。
 当時の私は、インドの歌謡曲が映画音楽だということは知っており、有名な吹き替え歌手であるラター・マンゲーシュカルのCDなんかを、日本で買って聴いてはいたものの、インド映画そのものの知識は全くなかったので、このカセットの「ナルギス」さんが、インド映画の往年の大スターだと知ったのは、ずっと後のことでした。
 で、このカセットの一曲目が、件の”Panchhi Banoon Udti Phiroon”という歌で、もうイッパツで気に入ってしまいました。

 それからしばらく後。
 例のカセットテープには、ちゃんと曲のクレジットがあったので、件の曲を歌っているのはラター・マンゲーシュカルで、”Chori Chori”という映画の曲だということは判っていました。
 以来、日本で輸入販売されているラターのCDを見つけるたびに、この「パンチ・バヌーン・ウドゥティ・ピルーン」(意味なんて判らないので、そう音で覚えていた)が入ってやしないかと探していたんですが、なかなかそう上手くはいかず。ラターのベスト盤やインド映画の挿入歌集は、当時けっこう売られていたんですけど、そういったものの中には見つけられなかった。
 そんなときに見つけたのが、このCD。
panchhi_cd
 確か、渋谷か六本木のWAVEだったと思うけど、インド音楽のコーナーで、件の”Chori Chori”のサントラCDを発見しました。もう、舞い上がって喜びましたね(笑)。

 さて、普通ならここでオシマイなんですけど、この曲の場合は、まだ続きがあります。
 やがてインターネットで海外通販とかをするようになり、インド映画のDVDなんかも入手しやすくなりました。
 となると、この曲が使われている映画”Chori Chori”なんかも、やっぱちょいと探してみたりして、そしたらちゃんと見つかったりして。
panchhi_dvd
 これは確か、米アマゾンにあったんじゃなかったっけか。
 というわけで、目出度く映画の方も鑑賞できて、それが英語字幕付きだったもんだから、件の「パンチ・バヌーン・ウドゥティ・ピルーン」と覚えいていた曲名が、「私は自由な鳥のように空高く舞い上がる」という意味だということも判ったし、カセットのジャケ写にあった美麗なナルギス嬢も、動く映像で堪能できたというわけです。

 旅の想い出でもある、個人的に愛着のある大好きな一曲が、こうして音も映像もソフトをゲットできたというのは、この曲の他にはまだ例がありません。
 因みに、その映画”Chori CHori”で、この”Panchhi Banoon Udti Phiroon”が歌われるシークエンスは、YouTubeにもありました。
 ご参考までに、下に貼っておきます。

 いい曲でしょ?

アブデル・アジズ・エル・ムバラク(Abdel Aziz El Mubarak)のこと

 ひゃ〜、YouTubeにアブデル・アジズ・エル・ムバラクのLive映像があった〜!
 も〜、チョ〜嬉しい!
 でも、埋め込み無効なのでリンクのみ。
http://www.youtube.com/watch?v=1fkeQ3e_8EY
 同じ曲のMTV版は埋め込み可だったので、それは貼っておきませう。

 CDは、私の知っている限り2枚出ていたはずですが、この曲の入っている方は、どうやら廃盤みたい。でも、iTunes Storeにはありました。
http://itunes.apple.com/album/straight-from-heart/id308713751
 YouTubeのビデオの曲は、トラックナンバー2の”Laih Ya Galbi”。
 もう一枚(完成度から言うと、こっちの方が上だと思う)は、まだアマゾンにもありました。

Mubarak Abdel Aziz El Mubarak “Abdel Aziz El Mubarak”

 さて、この人はスーダンの歌手なんですけど、何とCLUB QUATTROで来日公演もしていおりまして、当時、もう大喜びで行ったもんです。
 同じスーダンのアブデル・ガディール・サリムと一緒で、しかもサプライズで江州音頭の桜川唯丸も出てきたもんだから、身悶えするほど喜んだっけ。似たパターンで、ユッスー・ンドゥールのLiveに行ったら坂本龍一が出てきたこともありましたが、この時の方がずっと嬉しかったなぁ(笑)。
 今となっては、バブルは何かと批判されがちですけど、当時いくらワールド・ミュージック・ブームとはいえ、その中ではマイナーな方だった人の来日公演があったんだから、やはり経済的なゆとりというものは、文化的なゆとりにも直結しているよなぁ……なんて、改めて思います。
 そういや、だいぶ長いことLiveにも行ってないなぁ。最後に行ったのは、やっぱCLUB QUATTROに、World’s End Girlfriendを聴きにいったときかも。もう何年前だ(笑)?

 さて、この人のおかげで、私はスーダン音楽にすっかりハマってしまいまして、以来、CDにスーダンと書いてあれば何でも買う状態。そうそう見つからないのが悲しいけど。
 で、スーダンには行ったことがないんですけど、エジプトに行ったときに、アスワンでスーダンのカセットテープを売っていまして。もう、大喜びで買って、ホクホク顔で宿に戻ったら、宿のオヤジに「何を買ったんだ?」と言われて、買ってきたカセットを見せたら、「スーダンばっかじゃないか、なんでエジプトの音楽を買わないんだ!」と怒られましたっけ(笑)。
Cassette_sudan
 これが、そのとき買ったカセットなんですけど、改めて見ると、下段の左から2つめは、スーダンじゃなくてエジプトのヌビア音楽かも。
 アブデル・アジズ・エル・ムバラクの映像は、他にももうちょっと最近っぽいのが、幾つかYouTubeにありましたが、髪がだいぶ薄くなったのはともかく、声の艶がやっぱだいぶ衰えたかな、という感じ。
 とはいえ、スーダンの音楽産業は内戦で壊滅してしまったと聞いた覚えがありますし、映像の収録がいつなのかは判りませんが、元気でまた歌う姿を見られただけでもホッとしました。