ロード・オブ・ザ・リング・コンサート

 映画のサントラを、作曲者ハワード・ショア自らが交響組曲に編曲し、その生演奏+バックスクリーンにアラン・リーやジョン・ハウによる映画の美術スケッチを上映するというコンサート。
 会場は東京国際フォーラムAホールで、私は2日目の31日に行ってきました。
 以下、個人的な感想をいくつか。
 演奏に関しては、アンサンブルの厚みはたっぷりあり、アップテンポでぐいぐい聞かせるところなどは、楽曲の良さも手伝ってなかなかの迫力だったが、正確さやタイトさには若干欠ける印象。ただし、第一ヴァイオリン(女性)が兼任していたフィドル(かな?)や、フルート(アイリッシュ・フルートだったのかな?)などのソロは、なかなか良かったと思う。
 またコーラス全般は、発音の悪さはさっ引いても、音程や声量など、全体的にかなり不満が残る出来。ソロの歌唱に関しても、『旅の仲間』のガンダルフへのラメント(映画サントラではエリザベス・フレイザーが歌っていた)を歌った女性と、”In Dreams”を歌ったボーイ・ソプラノは、共に決して上出来とは言えないだろう。特に後者は、ある意味『旅の仲間』一番の聞かせどころでもあるがゆえに、ああいった高音になるといかにも苦しげになるような歌唱では、どうしても興を削がれてしまう。
 一方、後半の『二つの塔』『王の帰還』になると、歌唱のソロ・パートをシセル(ノルウェーの歌手。リルハンメル・オリンピックの公式テーマ曲や、映画『タイタニック』のサントラへの参加などで知られる)一人でほぼ全てこなすので、これはさすがに堂々たる歌いっぷり。私は上記以外できちんと聴いた彼女の歌は、まだシセル・シルシェブー名義だった頃のアルバム『心のままに』くらいだが、透明な美声を生かして伸びやかでクセのない歌唱をする歌手という印象だった。しかしこのコンサートでは、オリジナルではボーイ・ソプラノのベン・デル・マエストロ、元モンスーンでインド系英国人のシーラ・チャンドラ、ちょっとビョークに似た味わいのあるエミリアナ・トリーニ、元ユーリズミックスでホワイト・ソウルの名手アニー・レノックスといった、それぞれ声のタイプも歌い方も全く異なる歌い手たちによる曲を、シセル一人で巧みに歌唱法を使い分けながら歌いこなしており、それも決して単なるエピゴーネンにはならずに、聴き所によっては元歌を越える魅力も引き出しているあたり、改めてその実力に感心してしまった。特に”Gollum’s Song”と”Into The West”の二曲は、共にシングル盤を発売して欲しいほどの聴き応え。これだけ良いものを聴かされると、前半の『旅の仲間』でもシセルがソリストだったら……と、改めて残念に思えてしまう。
 バックスクリーンの映像に関しては、無彩色で紙白が多くコントラストも少ない鉛筆デッサンは、そもそもスクリーン映写には不向きだし、加えて、楽器演奏者がいるために舞台を暗くはできず、結果としてどうしても映像が白っちゃけてしまうし、思いの外スクリーンのサイズが小さいこともあって、残念ながらさほど効果はなかったように感じた。
 楽曲そのものは、映画やサントラでお馴染みのものをほとんどいじらずに、物語りの時系列そのままにダイジェストしてつなげていったという印象。よって、物語を説明するための交響組曲としてはしごくまっとうであり、それを聴くことによって映画で描かれた『指輪物語』の世界を追体験できるという意味でも、ファンならば十分以上に楽しめる内容だったように思う。こうやって映画のサントラの「いいとこどり」したものを生オケで聴くというのは、そうそうない機会であろうから、そういう点でも嬉しいファンサービスだったと思う。
 ただ、主題の変奏や展開を楽しむといった独立した「音楽そのもの」の魅力には、正直なところ若干欠ける印象だ。同様に映画のサントラを演奏会用の楽曲に書き直したものでも、マイケル・ナイマンの『ピアノ協奏曲』や伊福部昭の『交響頌偈(じゅげ)・釈迦』といった、元となる映画を離れた独立した楽曲としても聴き応えのあるものと比較してしまうと、この作品はあくまでもサントラという枠をはみ出すことがないので、どうしても独立した楽曲としては弱い印象がある。
 ただこれは良し悪しではなく、単純に作品の目指しているベクトルそのものが違うということだろう。実際、私自身も楽曲を聴きながら、幾度となく映画のシーンを思い出しては涙腺がゆるんだし、時には映画の追体験という要素を越える感動もあった。例えば、映画で使われていたときから既に音楽の力を存分に見せつけてくれていたパート、『二つの塔』のアイゼンガルドの洪水や、『王の帰還』のゴンドールの烽火のシーンの楽曲などは、生のオーケストラの迫力で聴いて、改めて高揚感に溢れた素晴らしいチューンだと思った。
 まあ総合的には、細かな不満は幾つかあるものの、それでも素晴らしい部分も負けず劣らず沢山あったし、『王の帰還』のアラゴルンの歌を男声バリトンで聴けたのが嬉しかったとか(あ、いや、別にヴィゴ・モーテンセンの歌に不満があるわけじゃないですが)、『二つの塔』のエントのモチーフなんかはサントラで聴いてたときよりも印象深かったとか、『旅の仲間』の”The Ring Goes South”はSEEバージョンを元にしてるな〜なんてサントラとの比較ができたとか、”May It Be”は意地でも入れないんかい! なんて勘ぐったりとか(笑)、細かなお楽しみもテンコモリだったので、やはり聴きに行って良かったです。あと、「この映画と一緒に過ごしたこの三年間は、ホントに楽しかったな〜」なんて、妙にしみじみしちゃったり(笑)。
 最後に一つ。
 プログラムを買う気満々で、それを入れる用に大きめのカバンまで持っていったのに、あっという間に売り切れで買えなかった。
 ……し、しどい。もうちょっと部数用意しといてくれっ!!