『LOVERS』チャン・イーモウ
「十面埋伏」張藝謀
前作『HERO』は、かなり好きです。で、この『LOVERS』、その二番煎じだったらヤだな、なんて思ってたんですが、見てビックリ。これは似た素材を使いつつ、二番煎じどころか正反対の内容を見せるという、表裏一体の二本じゃないですか。うふふ、こういう仕掛けって大好きです、私。
例えば『HERO』では、実と思っていたものが次々とひっくり返って虚となり、登場人物に対する思い入れは次々と裏切られ、物語のエモーションは喪われていき、最終的に、個を凌ぐ大義が浮かび上がるという壮大な仕掛けがありました。
対して『LOVERS』は、人々の関係は最初から偽りに満ちた、相手を騙す物語としてスタートする。そして騙し、騙されの虚々実々の駆け引きが繰り広げられていくうちに、それぞれの登場人物の個性が浮かび上がってきて、それに惹かれる形でエモーションもかき立てられ、最終的に、膨大な偽りの中から一つの真実が浮かび上がる。大義に屈し得なかった、個々の愛という形で。
いやあ、これには一本取られました。
こういった対比は、物語以外の要素においても至るところに仕掛けられています。
例えば美術。同じ美しい画面づくりをしながらも、『HERO』のそれは、色相の統一というアンナチュラルな色彩設計による、異様なまでの人工美。対して『LOVERS』では、計算された配色と自然の色彩を強調することによる、いわば真っ当な美しさ。
アクションもそうです。同じアクロバティックなワイヤー・アクションでも、『HERO』のそれは、アクションというよりは超現実絵的な舞踏を思わせるものでしたが、『LOVERS』では、まあ超現実的ではあるんですが、それでもあくまでもアクションであり続ける。物語前半で、チャン・ツィイーが舞踏を踊りながら、それがやがて対決としてのアクションへと転化していく様は、『HERO』における、戦いの場として対峙しながらも、それが美しい所作や流麗な動きゆえに、まるで舞踏のように見えてくるのと、実に好対照であるように思います。
これらの差異によって、『HERO』の持つ観念的でシステマティックな世界と、『LOVERS』の持つ情緒的でオーガニックな世界の違いが、よりくっきりと浮かび上がってくる。これはホント「お見事!」と言うしかありません。
他にも「男性的と女性的」なんて対比もできそうですが、いちおうジェンダー論議に無縁ではない身なので、安易にそーゆー言葉は使わない方がいいかも(笑)。
こういった相似形の中での明確な差異というのは、『初恋のきた道』と『あの子を探して』でも同様のことを感じたました。その作風の美しさから、叙情的だったり情緒に訴えかける側面がクローズアップされがちなチャン・イーモウ監督ですが、実のところはかなり理知的な計算に長けた作風の作家だ、なんて今回あらためて思ったりして。
こういった具合で、この『LOVERS』と『HERO』は、両方を見ることで、それぞれの本質が互いに響き会うような形で、より明瞭に浮かび上がってきます。
おそらく『HERO』がイマイチだと思った人は、『LOVERS』の方が面白いと思うでしょう。逆に『HERO』が大好きだと、『LOVERS』はイマイチに感じるかも知れません。が、とにかく両方ご覧なさい。これは併せてみる価値のある、いや、併せて見てこそより面白くなる映画ですから。そういう意味では、『キル・ビル』と『キル・ビル vol.2』の関係にも似ているかも。
まあ、もちろん「どっちも大好き!」って人も、「どっちもつまんねーよ!」って人もいるとは思いますけど(笑)。
で、私個人の好みはどうかというと、ここは『HERO』を推したいですね。私にとって、あの圧倒的な「虚ろな美」の力は、やはり何にも増して代え難いものなので。
もちろん、この『LOVERS』も好きです。ただ、私本来のテイストが『HERO』の方に近いということと、『LOVERS』は幕切れのクドさにちょいと閉口しちまいまして、そこで気持ちがサーッと醒めちゃったせいもあります。おかげで、エンディングのキャスリーン・バトルの歌声も、必要以上にクドく感じちゃったりして(笑)。