『オペラ座の怪人』(2004)ジョエル・シューマカー
“The Phantom of the Opera” (2004) Joel Schumacher
手堅く楽しませていただきました。絢爛豪華な衣装や美術、大盤振る舞いの歌、ケレンとハッタリが程々に効いた演出、映画代金分はタップリ楽しませて貰えた感じ。
ただ、それらが全て常識的な範疇におさまる類のものなので、そういったものを突き抜けるパワーには乏しい。まあ、これだけ見せてくれれば文句を言う筋合いはないんだけど、個人的な好みで言うならば、もうちょっと美的な力強さか、あるいは歪んだ魅力といった要素が欲しかったところ。
じっさいオペラ座という「表(地上)」の光景は、贅を尽くしてふんだんに描かれているんだけど、実はその「裏(地下)」に、日常と隔絶した闇の別世界が拡がっている……というゴシック・ロマン的なニュアンスは、スケール的にも美学的にも物足りない印象で、ちょっと「ゾクゾク感」には欠けるかな。
キャラクターの造形がツッコミ不足だったり、物語の流れがちょっとギクシャクしているのは、まあミュージカルだとある程度は仕方がないでしょう。
そもそもが非日常的なミュージカルの世界では、語られる物語がシリアスであればあるほど、歌舞シーンとの乖離が激しくなってしまうのは必然でもある。更に極端なことを言えば、メインはあくまでも歌や踊りであって、物語なんて必要最低限の添え物でも構わないわけだし。
そういう意味ではこの映画、物語的な部分とショー的な要素の両立という点では、まずまずの健闘と言って良いのでは。少なくとも、バランスは良く取れていたと思います。
怪人がえらくカッコいいのは、魅力でもあり、同時に弱点でもあり。
というのも、このセクシーさとカッコよさでは、いくら仮面で顔を半分隠していても、どうしても「才色兼備の自信たっぷりの男」に見えてしまうのだ。そうなると、本来あるべきはずのはみだしてしまった者の悲哀とか、誰にも受け入れてもらえない怪物の哀しみとかが、あまり説得力がなくなってきてしまう。この怪人の造形は、モンスター的というよりもピカレスク・ロマンのヒーロー的なんですな。
で、ついつい「ひゃ〜、カッコいい〜!」「いよっ、成駒屋!」「アタシを攫って〜!」なんて気分で見ていると(ホント、もし私がヒロインだったら、あんな華のない青年貴族なんかはさっさと袖にして、怪人相手にあっさり股を開いちゃうぞ)、クライマックスになって、おっとビックリ、そうそう、この怪人は醜さの余り誰にも受け入れて貰えなかったっつー設定だった……なんて、ようやく思い出したりして(笑)。
しかしまあ、これは私がもともとこの怪人役のジェラルド・バトラーを好きなせいもあるのかも。この人主演のテレビ映画で、”Attila” (2001) という史劇もの(日本では劇場未公開&国内盤DVDも未発売。でもWOWOWだかCSだかでは放送があったらしい)がありましてね、あたしゃ輸入盤で見たんですが、そんときのヒゲ面&腰布(どっちも個人的にフェチ心を擽られるアイテム)姿が実にステキでねぇ。そのあと急いで『ドラキュリア』(2000)を借りに行ったくらいで(笑)。
というわけで、そんな私にとっては、この怪人の造形も「これはこれでオッケー!」だし、ものすご〜くカッコいいんだけど、それでも哀切さとかいった点では、元ネタを同じくする映画同士で比べると、ブライアン・デ・パルマ監督の『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)や、クロード・レインズ主演の『オペラの怪人』(1943)の方が、胸に迫るものがありましたな。
有名なロン・チェイニーのは、浅学にして未見。ダリオ・アルジェントのは……あれはけっこうトンデモ映画だったからなぁ(笑)、嫌いじゃないけど(笑)。
因みに一番好きなシーンはというと、怪人から手紙を受け取った人々が次々に集まって、主演を降りそうになるカルロッタを宥めて……という一連の重唱。ここは「お見事!」って感じで、かなりの満足感がありました。
あと、このシークエンスの中でカルロッタが衣装を装着するところは、サンダーバードの発進かパイルダー・オンかって感じで、あのトンデモナイかつら共々お気に入り(笑)。