ロッテ・ライニガー作品集 DVDコレクション |
前にここで書いた、発売を知って狂喜乱舞した『ロッテ・ライニガー作品集 DVDコレクション』、到着しました。書籍のような美麗な外箱に入った三枚組で、全部で約490分という満足のボリューム。
一枚目が問答無用の傑作長編『アクメッド王子の冒険』+ドキュメンタリー『アート・オブ・ロッテ・ライニガー』、二枚目が「世界のお伽話集」でグリムやペローの童話を基にした短編、三枚目が「歌劇とその他の作品集」で『カルメン』『パパゲーノ』『ベツレヘムの星』などの短編という構成になっています。
ロッテ・ライニガーは、1920年代から50年代にかけて活躍した、影絵によるアニメーション作家。
アラビアン・ナイトを基調にした『アクメッド王子の冒険』はその代表作で、ディズニーの『白雪姫』に先んじること11年、1926年に制作された世界初の長編アニメーション。今回発売されたものは、1999年に映像修復がなされ、2004年にオリジナル・スコアに基づく音楽が再録音された「完全修復サウンド版」。
これはもう、何度見てもホント素晴らしい。
光の中に浮かび上がる黒く繊細なシルエットが描き出す、夢幻の影絵劇。サイレントなのでダイアローグはなく、影絵なので顔の表情もない。色も染色されたモノクロ・フィルムなので、ワン・シーンにキーカラーが一色存在するのみ。
にも関わらず。レースのように細やかに切り抜かれた美しいシルエットたちが、身振り手振りのパントマイムで演じる芝居の、驚くべき感情表現の豊かさ。フィルムの湛える詩情、夢の恋物語のロマンティックさ、そして仄かに香るエロティシズムは、まさに魔術的。フィルムと同期した音楽も、その魔術の顕現に更に一役買っています。世界初の長編アニメーションとはその誕生の時から、かくもアーティスティックだったのだ。
単品販売もされているし、近所のTSUTAYAにでもレンタルの棚に並べられていたので、まあとにかく騙されたと思って一度ご覧あれ。
短編の方は、まだあちこちつまみ見した程度なんですが、シルエットの描き出す美しさは『アクメッド王子』と変わらず。『カルメン』におけるキャラクターのダイナミズムや、『ガラテア』のユーモアとエロティシズムなどにも感心。カラー作品『ベツレヘムの星』も、黒いシルエットの背景を彩る色とりどりの光が、これまた幼い頃に親しんだセルロイドや万華鏡のようで魅せられます。
特に、影絵ならではのエロティシズムの表現には、興味を惹かれました。『アクメッド王子』の羽衣を奪われたパリバヌー姫や、『ガラテア』の命を吹き込まれた石像など、「ジャングルや街を徘徊する全裸の女性を、男が追いかけ回す」というシーンがあるんですが、これなんかはまさに影絵アニメーションならではの表現ですね。「隠す」必要がないから伸びやかで放埒で陽性で、しかし全てが「隠されている」から秘密めいた翳りのある香りも漂う。実に美しいです。
もう一つ『ガラテア』で、白い大理石像が「真っ黒になって」命を得て動き始めるシーンに、影絵アニメーションならではのロジックの逆転が感じられて面白かった。というのも、キャラクターの色が「暗くなる」のは、普通は「死の暗示」に繋がる表現ですから。それが、影絵の世界では逆になるというのが、当たり前っちゃあ当たり前なんですが、ちょいと新鮮な驚きでした。立体的な明暗や、目鼻や模様と言った表面のディテールのあるものが「動かない=死」であり、全てが塗りつぶされた黒いシルエットが「動く=生命」という世界は、それだけでも何だか魔術的な気がします。
一方、トーキーになってから入ってくるナレーションや台詞は、正直なところ邪魔に感じられてしまった。そんなものを入れなくても、物言わぬシルエットの動きだけで、表現としてはもう必要充分に為され得ているという気持が、私の中にあるからでしょう。だから、ナレーションなどの「説明」が、蛇足に感じられてしまう。ただ、そういった意識もあってか、例えば『シンデレラ(1954年版)』では、セリフを喋るのは意地悪な姉たちだけで、メインのシンデレラと王子様は一言も喋らなかったりするのが面白い(笑)。
余談ですが、この『アクメッド王子』だけではなく、米KINOからDVDが出ているフリッツ・ラングの『メトロポリス』や『ニーベルンゲン』など、オリジナルのスコアが復元されたサイレント・フィルムを幾つか見る機会がありましたが、やはりオリジナル音楽付きは良いですね。一般的なサイレント映画のソフトでありがちな、いかにもありものをテキトーに引っ張ってきました的な、気のないBGM付きで見るのとは月とスッポンです。
そうそう、サイレント映画と言えば、紀伊國屋書店さんが「クリティカル・エディション」と銘打った高クォリティのDVDを、しかもムルナウの『サンライズ』、ドライヤーの『裁かるゝジャンヌ』、パプストの『パンドラの箱』など、垂涎のラインナップで出していまして、毎回購入しては大満足し、引き続き次を楽しみにしているんですが、今度は7月に、何とベンヤミン・クリステンセンの『魔女 (Hexan)』が出るっていうじゃありませんか!
ひゃっほ〜い! もう、夢じゃなかろかと、またもや狂喜乱舞しています(笑)。