ここんところ何故か「古い邦画が見たい」モードに取り憑かれていて、レンタル屋に行っては「あ、これ見たことねーや」ってヤツを借りてきては見ているんですが、これもその中の一本。
原作は、戦前の「少年倶楽部」誌で連載され絶大な人気を誇った、山中峯太郎の軍次冒険小説。
山中峯太郎という名前には、私は過去二度ほど出会っていて、まずは中高生の頃にSFや秘境探検小説などに熱中していたときに、日本の冒険小説史の一環として、南洋一郎なんかと一緒に知ったのが最初。次に、大学から社会人にかけて、日本の過去の挿絵文化に熱中していたときに、樺島勝一や伊藤彦造なんかと一緒に知ったのが二度目。以来、この作家の作品には、何となく憧れがあります。
しかし、似たようなパターンで興味を持った、久生十蘭や橘外男や香山滋や小栗虫太郎なんかは、割とすぐに文庫本やら選集やらを見つけて読むことができたんですが、この山中峯太郎は、少年小説ということが災いしてか、入手しやすい形での復刊等に出会えず、未だに読む機会を逸したままで、これは南洋一郎も同様です。加えて山中峯太郎の場合、代表作とされる『敵中横断三百里』や『亜細亜の曙』といった小説が、第二次世界大戦後のパラダイム・シフトによって、ニュートラルに評価されることが難しくなったせいもあるのかな、なんて、未読ながら勝手に想像してたり。『亜細亜の曙』なんて、森川久美の『蘇州夜曲』の元ネタがこれだなんて聞いた覚えがあるので、特に読んでみたいんですけどね。
そんなこんなでこの『敵中横断三百里』は、自分にとって「名のみぞ知る名作」だったので、ホクホクと喜んで借りてきた次第。因みにこれ、脚本が黒澤明で、DVDのパッケージ表面には監督の名前も主演俳優の名前も入っていないのに、「黒澤明 脚本」って文字は大きく入っていて、レンタル屋の棚でも黒澤明のコーナーにありました(笑)。
お話は日露戦争末期、兵力が限界にきていた日本軍の、起死回生の総攻撃を勝利に導くに至った、六人の斥候兵の物語。彼らは、ロシア軍の集結地がいずこかをさぐるため、全員の無事生還は難しいことを覚悟の上で、敵の陣中深く騎馬で潜入する。なるほど、戦前の少年が熱狂しただけあって、モノガタリはすこぶるつきで面白い。アクションありサスペンスありの冒険譚が、時に静かで情緒的な情景も挟みながら、よどみなく手堅い演出で進行していく。うん、こりゃあ、少年の夢であるヒロイズムは擽られるわな。
ただ、手堅すぎるような面もあって、もうちょっとエモーショナルな部分があってもいいかな、とも思います。絶望的な包囲網から、隊を分散して突破するあたりはすごく良いんだけど、その後の敵陣突破から帰投に至るくだりは、もう少し高揚感が欲しかった。あと、締めに入る奉天の会戦のシーンも、見せ方がスペクタクル的に中途半端なので、映画としての幕切れが、いまいち締まりが悪い感じがして残念。反面、感傷や悲壮感が過度に強調されることがないのは、これはなかなか好ましいんですけどね。情緒過多の戦争映画は、個人的に好きではないので。
画面づくりの方は、北海道ロケをしたという風景のスケール感とか、ワイド画面を存分に生かしていて、文句なしに素晴らしいです。広大な雪原を騎馬で失踪する斥候隊なんて、それだけでも絵になるカッコ良さ。セットや美術も良く、日本軍の司令部も馬賊のアジトも田舎の農村も、全景から細部に至るまで見応え充分。ロシア軍の鉄道拠点である鉄嶺の全景とかも、雰囲気もスケール感もたっぷりで目を見張らされたし、敵軍の騎馬隊などの物量感も、なかなかもの。
ただ、尺が83分と決して長くないので、進行はスムーズでスピーディな反面、ちょいと溜めが乏しいし、深みにも欠けるという物足りなさもあり。画面に物量感やスケール感があるわりには、映画自体には意外と大作感がないんですな。小粒な娯楽作ってのもいいけど、題材の面白さと魅力的な絵作りゆえに、どうせなら2時間くらい使って、もっとじっくり見せて欲しかったという気はします。
役者さんは、女性は一人も出てこないという潔さで、登場人物はいかつい(もしくはむさい)軍人ばっかなんですが、まあ皆さん背筋がビシッと伸びて姿勢も良く、所作もキビキビとカッコイイこと! それと、明治時代の軍人さんですから、おヒゲさんが多いのも私的には嬉しい(笑)。
あと、セリフがいかにも軍人っぽい文語調や漢語調で、これまたカッコ良さにシビれちゃいます(笑)。「君を鞭撻せんがための一言と察してくれ!」なんてセリフ、一度でいいから、日常生活で使ってみたいもんです。……って、いつどこで誰に言うんだよ、って感じですが(笑)。
斥候隊の六人の俳優さんは、正直なところ私にはあまり馴染みがない面々で、見覚えがあるのは高松英郎くらいでしたが、ここいらへんはこういった映画にリアルタイムで親しんできた相棒が、「この人は、若尾文子の相手役とかを良くやってたんだよ」とか「この人は元水泳選手で、和製ターザンもやったんだよ」とか、横でオーディオ・コメンタリーしてくれました(笑)。
菅原謙二演ずる主人公の建川斥候隊長は、いかにも少年小説の主人公に相応しく、冷静沈着、文武両道、中国語にもロシア語にも堪能なスーパー・ヒーローなんですが、ちょいとスーパーぶりが災いして、キャラクターとしては影が薄い感もあり。
五人の隊員たちは、隊長の右腕で自分の馬をこよなく愛する豊吉隊員(北原義郎)と、隊長を心から慕う新兵の沼田上等兵(石井竜一)は、けっこう印象に残るしキャラも良く立っているんですが、その他の三人の影が薄い。いちおうそれぞれ、連隊一の乗馬の名手とか連隊一の食いしん坊とか、キャラクター付けはされているんですが、いまいちそれが生きていない。もっと、各人満遍なく見せ所があれば良かったのに。他の登場人物も、前半に登場する馬賊の首領(に収まっている日本軍人)とかは良いんだけど、斥候隊の消息を案じる本部の人々とかは、キャラクターの役割としての魅力はあるものの、プラスアルファの人間的魅力までには至らない感じ。
ここいらへんも、やはり前述した尺の短さの弊害のような気がするので、やっぱりここはもっと長くして欲しかったなぁ。
とはいうものの、そういった無い物ねだりを除けば、前述のように内容的にも絵的にも魅力タップリだし、あちこち私の好みのツボは押されまくりだったので、個人的にはかなり気に入っちゃいました、この映画。
『日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里』DVD(amazon.co.jp)
さて、ちょっと余談。
この映画で描かれているような、男だけの社会における男同士の友愛、すなわち、ホモソーシャル的なリレーションシップに対しては、私自身はそれほどファンタジーを抱いていないつもりでした。それどころか、そういったホモソーシャル関係の延長線上に、ホモセクシュアルを位置付けるタイプの発想、一例を挙げると、「この、女性が入り込む余地のない男同士の親密な友情には、どこかホモセクシュアルめいた危うい匂いが……云々」とかいった論調には、私は否定的です。
で、そんな私なんですが、この映画で一カ所、ちょいと胸がときめいちゃったところがありまして(笑)。
映画の前半、斥候隊一行が馬賊の元に身を寄せた際、馬賊の首領が建川斥候隊長に対して、部下の一人である野田隊員(演じるのは和製ターザン役者の浜口善博)のことを、彼がいないところで「良く気が付く」と褒めます。それに対して建川隊長は、ごく自然に「女だったら女房に貰いたいくらいですよ」と返すんですな。ここでときめいちゃった(笑)。ああ、自分の中にも、ホモソーシャル的なリレーションシップの中に、ホモセクシュアル的な幻想を見るファンタジーがあったのか、と、変なところで自己再発見してしまった気分になった(笑)。
で、その後更に追い打ちをかけるようなやり取りまであるんですな。首領と隊長がそんな会話をしているところに、当の野田隊員が戻ってきて、早速その「良く気が付く」っぷりを見せる。すると首領が「なぁるほど、素敵なおかみさんじゃ」と呵々大笑する。こうなると、見ているこっちの気分は、もう「萌え」の領域に突入(笑)。自分の中に、ホモソーシャル幻想どころか、今度はやおい属性があることまで確認しちゃいました(笑)。
この一連のシーン、ホンモノの腐女子の方々の感想を、ちょっと伺ってみたい気がします(笑)。