帰朝報告、その3。
3月2日
個展初日。
朝8時頃、爽やかに目覚める。相変わらず、時差ぼけの兆候なし。
小腹が空いていたので、カフェにでも行こうかと思ったけど、昨日オリヴィエが持ってきてくれたサンドイッチが冷蔵庫に入っていることを思い出し、お茶を淹れて食べる。因みにオリヴィエはお茶マニアで、キッチンの棚は紅茶や中国茶やハーブティーの山。
オリヴィエが来るのは昼頃と聞いていたので、さてそれまで何をしようかと考えているところに、沢辺さんたちが遊びに来てくれた。今回は中山さんも一緒。しばらく雑談した後、沢辺さんたちはお出かけ、私はこのままオリヴィエを待つことにする。
正午過ぎ、オリヴィエが、オープニング・パーティ用の大ワインやミネラル・ウォーターを、大量に持参して到着。ギャラリー内に運び込むのを手伝う。
一服しながら、今日の打ち合わせ。パーティーには、テレビ局の取材が二つ入るそうな。
ドア・オープンは18:00。それまでオリヴィエは、プライス・リストの制作やら何やら細々した用事があり、逆に私は何もすることがないので、17:00頃までフリーになる。
ならば観光でもしようかと、出かけることにする。
メトロを乗り継いで、サン・ミッシェルにある中世美術館へ向かう。ユニコーンのタペストリーが有名で、それをイギリスのトラッド・ギタリスト、ジョン・レンボーンのアルバム "The Lady and the Unicorn" で見て以来、一度行ってみたかった美術館。
建物は、中世の城だか教会だかの建物をそのまま使っていて、手前には、パリに残るローマ帝国時代の遺跡もある。規模はさほど大きくはないけれど、建物の風情と、展示されている中世彫刻やテンペラ画や工芸品が実に良くマッチしている。そんなに混んでもいないし、雰囲気も好みで気に入りました。
お目当てのタペストリーは、想像していた以上に巨大で、更に、一枚ではなく六連だったのでビックリ。写実性と装飾性のブレンド具合がとても美しい上に、動物たちの姿にはユーモラスな可愛さも。
ギフトショップで、タペストリーの図案を使ったゴブラン織りのクッションカバーを二つ購入。オレンジの樹の柄と、ウサギの柄のヤツ。けっこうなお値段だけど、モノが良いのでいたしかたなし。他にも、中世美術の本やら中世音楽のCDやら色々あったんだけど、長居していると破産しそうな気がしてきたので(笑)、適当に退散。
気が付くと16:00を回っていたので、ちょっとカフェで一服してから、ギャラリーに戻ることにする。
18:00までには、ギャラリーの支度もすっかり整い、あとはお客を待つばかり。
ちょっと緊張してくる。どのくらい人がくるのか、さっぱり見当がつかないし、閑古鳥だったらどうしよう……ってな不安もあるし。
じきに、最初の来客。そして、ポツポツと人が増え始める。「ボンジュール」と言ってお迎えするものの、それ以上の会話はできないので、何だか所在がない気分。
窓の外が暗くなってきた頃には、いつの間にかギャラリーは人で一杯に。閑古鳥の不安はなくなり、ホッと一安心。英語で話しかけてくれる人も増え、ジャーナリストの女性(……と、遠目には思ったんだけど、接近してお話ししたらトランスジェンダーの方でした)や、まだ若そうなファンの男性(「軍次」の感想を、とても具体的に熱っぽく語ってくれて、嬉しかったな)などと話しているところに、沢辺さんたちも来てくれる。
テーブルの上には、仏語版 “Gunji” と”Arena”、出たばっかりの画集 “The Art of Gengoroh Tagame”(出発前に著者見本が届かなかったので、現物を見たのは私もこの日が初めて)、沢辺さんが持ってきてくれた『日本のゲイ・エロティック・アート』1と2、そして近日発売予定の『田亀源五郎【禁断】作品集』の見本などが並べられていて、お客さんたちは思い思いに中を見ている様子。
ニコラ到着。足下を見ると、普通の革靴。「アラ、ハイヒールじゃないじゃない」と突っ込むと、「フン、気分じゃなかったのよ、でも、本当に持ってるんだからね!」と返される。ビッチなヤツ(笑)。パリ在住の日本人の方にもお会いする。英会話ばっかで疲れているときに、母国語でお喋りできるのは本当にありがたくて、何だかホッとします。
気付かないうちに、パトリックも来ていた。「ゲンゴロー、ゲンゴロー」と呼ぶので何かと思ったら、ワインボトルのラベルを、この個展のDMに張り替えたものを見せられた(笑)。
別のフランス人に「僕を覚えています?」と話しかけられる。確かに顔は見覚えがあるんだけど、どこの誰かが思い出せない。そう詫びたら、一昨年、フランスのゲイ雑誌 “Tetu” の取材で、東京で会ったインタビュアーの人だった。今回の個展の記事と一緒に、今度あらためて同誌に記事が載るそうな。
全般的にお客には、坊主&ヒゲというタイプが目立ち、いささか偏ってる感じ。沢辺さんにそう言ったら、「でもまあ、田亀さんのファンなんだからねぇ」と言われた。それもそうか。
テレビ取材、一件目スタート。ゲイ向けのケーブルテレビだか衛星放送だからしい。カメラマンもインタビュアーも、またまたどちらも坊主&ヒゲ、しかもかなりのマッチョ。挨拶して握手したら、二人とも手の皮がえらく固くて分厚い。まるで土方さんみたいだと思ったけど、ひょっとしたら、ウェイト・トレーニングのせいかもね。
取材があると聞いたときから、ちょっと嫌な予感はしていたんだけど、案の定、通訳なしの英語インタビュー。うう、これはかなりキツい。おまけに周囲には見物人の輪が。この中で下手な英語を喋るのは、何とも恥ずかしい。
一回、質問の意味がどうもうまく掴めずに困っていたら、中山さんがヘルプで駆けつけてくれました。サンクス。それでも難航。発音のせいで単語が聞きとれないこともあるので、インタビュアー持参の質問事項を書いたカンペを見せて貰い、それでようやく理解できた。
まあ、さほど長い時間ではなかったので、何とか無事に終了できました。
だいぶ気持もほぐれてきて、新しいお客さんにも、自然と「ボンソワール」と声を掛けられるようになる。
ギャラリー内は禁煙なので、沢辺さんを誘って廊下に出て一服する。階段や踊り場は、同様の喫煙者のたまり場に。そこに混じって、ファンの人や、パリコレの取材で来ているという日本人カメラマン氏などとお喋り。
そこにアニエス・ジアールが来た。「久しぶり〜!」と喜び合った後、沢辺さんたちに紹介。しばらくそのまま雑談するものの、よく考えたら私は会場の外にいて、アニエスはまだギャラリーの中にも入っていない。慌てて「とりあえず見て!」と、中に案内する。
オリヴィエに呼ばれて、画家のザビエル・ジクウェルに紹介される。一緒に画集 “Stripped – The Illustrated Male” に載ったアーティスト。画集をプレゼントして貰う。技法や画材などについて、互いに聞いたり聞かれたり。ここいらへんは、日本で他のイラストレーターと会ったときと変わりませんね。
やがて、二件目のテレビ取材がスタート。今度は大手テレビ局。後で聞いたら、どうやらキャナル・プリュスだったらしい。
取材チームのチーフらしい、ドレッドの黒人が「スパイクです」と自己紹介するもんだから、つい「スパイク・リー?」と茶々入れると、「いや、実は本名は○○なんだけど、顔がスパイク・リーに似てるから、そーゆー綽名になったんだ」ですと。
番組の内容は「日曜美術館」みたいなものらしく、同じ枠で一緒に放送されるのは、ちょうど同時期にパリで大規模な個展をしていたデヴィッド・リンチだと聞いてビックリ。デヴィッド・リンチと私が、同じ番組枠で紹介って……う〜ん、やっぱ日本じゃ考えられないわ。なんてリベラルな国!
幸いなことに、今回はインタビューはなし。インカムを付けた私が、いろいろなお客さんと交流するのをロングで撮って、後で、お客さん個々人に、作品の感想などを聞くという作りにするとのこと。だから「絶対にカメラを見ないでくれ」と釘を差されました。
そんな具合で、私はテキトーにお喋りを続行。ポットの那須さんは、中山さんと談笑中のところを撮られ、ついついカメラを気にしてしまい「もっと自然にして!」と注意されたそうな(笑)。
だいぶ遅くなってから、エスタンプのプリントを制作してくれた人に紹介される。この人の名前もオリヴィエだった。オシャレな初老の紳士といった風情で、メビウスや宮崎駿のエスタンプ制作もした方だそうな。
溝口健二が大好きだそうで、小津よりも黒澤よりも溝口で、特に「『山椒大夫』は大傑作だ!」と言う。で、私が「え〜、でもあのラストは、ちょっと救いがなくて、仏教説話的には云々」と異を唱えると、「いやいや、あれはシェイクスピアのようで云々」と返してくる。こういう議論は面白いけど、私の英語力では限界があり、ちょっと悔しい思いをする(笑)。オマケに、彼が話題に出した『赤線地帯』や『楊貴妃』は、私は未見。で、こっちが『雨月物語』や『西鶴一代女』を話題にしようとしても、英題も仏題も判らないので、なかなか伝わりにくいし。
この人に限らず、あちらの日本文化好きの人は、概して知識の幅の広さや深さが半端じゃないことが多く、驚かされることが多々ありました。
そんなこんなで、19:00頃から22:00頃までは、人が途切れることもなく、ギャラリー内は満員状態。沢辺さんの概算によると、「のべ150人くらいは来たんじゃないか」とのこと。
22:00を廻ると、少しずつ人も減ってきました。帰り際に、何人もから「ビッグサクセス、コングラチュレーション!」と言って貰え、嬉しい限り。
だいぶ人が減ったので、椅子に座ってひと息ついていたら、例のテレビカメラが寄ってきた。取材されていたこと、すっかり忘れてました(笑)。
で、あんまりカメラが寄るもんだから、「カメラ見ていいの?」と聞くと、「いいよ」と返事して、テーブルの上の私のウェストポーチに寄っていく。「中身見たい?」と聞くと「見せて」。で、携帯用の電子辞書やら、万年筆形の筆ペンやらをご披露(笑)。
これで取材は終わり。最後にカメラに向かって「この映像が放送されることを了承します」というような内容を言わされました。
で、腰に付けてたインカムを返して「バイバイ」。
アニエスがきて、もっとワインが欲しいみたいなジェスチャーをしたので、未開封のものを「自分で開けて!」と瓶ごと渡す。
気の毒なことに、夕飯を食べそびれてしまった沢辺さんたちは、オリヴィエが出してくれたクッキーをポリポリ食べる。じっさい、オープニング・パーティで出されたものはワインのみで、いわゆるおつまみのようなものは一切なかった。考えてみりゃ、私も朝にサンドイッチを食べたきりだったので、一緒にポリポリ。
アニエスとは、明後日のサイン会の後に、一緒に御飯を食べようと約束してバイバイ。やがて沢辺さんたちもホテルに戻り、ギャラリーには、オリヴィエ他数人が残っているだけ。気が付くと、もう深夜を廻っていました。
オリヴィエに「これから、昨日オープンしたベア&ウルフバーへ行こう」と誘われたけど、ちょいと疲れが限界に。体力的にというより、英会話を続けるのがもう限界。ヒアリングの集中力が続かず、相手の言葉を聞いていても、ノーミソが途中で理解を放棄する感じ。言語中枢がオーバーヒート起こしたみたい。
で、申し訳ないけど私はパスさせていただき、もう寝ることにしました。シャワー浴びるのも面倒だったので、顔だけ洗ってバタンキュー。
(続く)