帰朝報告〜日誌風(4)

帰朝報告、その5。
3月4日
 サイン会当日。
 十時頃に目が覚める。幸い、足は痛くなっていない。良かった。
 夕方にオリヴィエとギャラリーで待ち合わせ、一緒にサイン会に行くことになっているので、それまで遊びに出かけることにする。
 カフェで、オムレツとカフェ・クレームでブランチ。一回一回の食事の量が多いので、一日二食でちょうどいい感じ。
 それから、ルーブル美術館に行ってみることにする。前に行ったことはあるけれど、それはピラミッドができる前だったので、どんな感じか見てみたかった。
 ルーブル到着。中庭にできたガラスのピラミッドを見て、つくづく感心。まず、こんな大胆なことを思い付いた、その自由な発想力自体がすごいし、それを実現した実行力もすごい。そして、いざ出来上がったものが、きちんと美しいというのが、一番すごい。伝統とモダンの、絶妙の調和。過去を大事にしつつ、そこに現代の息吹きも加えて、新しい美に生まれ変わらせていくという感覚に、心の底から感心。
 出かける前は、ちょっと中にも入ろうかと思ってたけど、入り口の長蛇の列を見て、それはやめにする。中庭の適当な場所に座って、のんびり池越しのピラミッドを眺める。
 しばしくつろいだ後、チュイルリー公園へ。ルーブル側から見ると、公園の樹木がまっすぐなパースを作り、その向こうにコンコルド広場のオベリスクが見え、更にその向こうに凱旋門が見える。一点透視法のお手本みたいな風景。そして視点を左にずらすと、エッフェル塔も見える。パリらしいモニュメントを三つ同時に見られて、とりあえず観光した気分になる。
 公園を散歩がてら、コンコルド広場に向かう。古代彫刻を模した石像があちこちにあるが、その上にいちいち鳩が1羽ずつとまっている。何だかユーモラスで面白く、写真を何枚か撮る。散歩したり、ベンチでくつろいだりしながら、ゆっくりと公園を通り抜けて、出口の側の本屋に入る。ボタニカル・アートのカードとかがキレイだったけど、けっきょく何も買わなかった。
 コンコルド広場からマドレーヌ寺院に向かい、そこからオペラ・ガルニエへ抜ける。途中のカフェで一服。
 気が付いたら四時近くだったので、ギャラリーに戻ることにする。
 オリヴィエと一緒に、サイン会のある書店 “BlueBookParis” に向かう。場所はポンピドーの近くなので、徒歩で移動。
 本屋についたら、もう行列が店の外まではみ出していた。ショーウィンドウに私の画集 “The Art of Gengoroh Tagame” と、同時発売の児雷也画伯の画集 “The Art of Jiraiya” が、仲良く並べてディスプレーされいていて、何だか嬉しくなる。
 一昨日のパーティーでも会った書店のスタッフ、メイディ・ハシェミが出迎えてくれる。アラブ系の顔に、人なつこい笑顔がカワイイ。沢辺さんたちも既に店に来ていて、中山さんが「あっちにいますから、何かあったら呼んでください」と言ってくれる。
 17:30、サイン会スタート。お客さんに、メモ用紙に名前を書いてもらい、それを見ながら本にサインしていく。片言の日本語で挨拶してくれる人あり、英語で話しかけてくれる人あり。ここいらへんは、日本でやるサイン会とあまり変わりなし。たまに、書いてもらったアルファベットが、私の目では判別できないこともあり、そんなときは横からメイディが助けてくれる。
 日本のサイン会と違うところは、ご夫婦名義……というか、自分とパートナーの名前を一緒に入れて欲しいというリクエストが多いこと。微笑ましいと思いながら、同時に、一冊ずつ買ってくれりゃ売り上げも上がるのに……とも思ってしまう(笑)。それともう一つ、自分で描いた絵をプレゼントしてくれるファンも何人かいて、これは日本では経験したことがないなぁ。
 自分の分と一緒に、友人に頼まれた分とか、友人にプレゼントする分を一緒に頼む人も多く、「誕生日プレゼント用のメッセージを入れてくれないか」というリクエストも数件。そんなときには、英語と一緒に日本語で「誕生日おめでとう!」と書いてあげる。
 サインした本は、やはり “The Art of Gengoroh Tagame” が多く、続いて “Gunji” や “Arena”、およびこれら三冊のコンボセット。ただ、中には日本語版の『嬲り者』や『PRIDE』持参の人もいて、珍しいところでは、同人誌『G-pro Party』を持ってきた人まで。オープニング・パーティにも来てくれた、在仏の均さんも、今や貴重な『獲物』他数冊持参で来てくれました。
 オープニング・パーティで取材され、昨夜の “Yes Sir!” でも会った例のインタビュアー氏とも再会。「昨夜は良く踊ってたね」と冷やかされる。
 変わったところでは、「この字を一緒に書いて欲しい」と、『戌』という漢字が印刷された名刺を出した人がいました。「これ、ドッグって意味だよ?」と確認すると、「自分のゾディアックがドッグなんだ」との答え。十二星座には犬はいないから、おそらく干支なんでしょうな。
 サインと一緒に、ちょっと絵を描いてくれというリクエストする方もいましたが、ギャラリーとの契約で、ドローイングを描くことは禁止。申し訳ないけれど、そう理由を言ってお断りする。
 漢字で「闇馬」と書かれたジャンパーを着ていた人がいたので、文字を指さして「ダークホースだね」と言ったら、「ダークホース・コミックのジャンパーなんだ」と裏地を見せてくれた。確かに裏地には、赤地に黒でアメコミのプリントが。で、その「闇馬」さんが、プレゼントだと言って茶色い紙袋をくれた。お礼を言って開けてみると、中に入っていたのは、前にもここで書いた、私が大ファンのマーク・ミン・チャンの画集。「えっ?」と思って名前を書いてもらったメモを見ると、この「闇馬」さんがアーティスト御本人。
 もうビックラこいて、思わず席から立ち上がって「大ファンなんです!」と握手。私が大喜びする様子を見て、横でメイディが「マークもここで原画展をしたことがあって、今回も僕が来るように連絡したんだ」と得意そう。並んでいるお客さんには申し訳なかったけど、手早く連絡先を交換して、一緒に記念撮影。
 そんなこんなで、二時間半ほど、ず〜っとサインしっぱなし。ミネラル・ウォーターのミニペットを用意して貰っていたんですが、スタート前に一口飲んだだけで、残りを飲めたのは一段落した後。
 列がなくなったので、今度は今日は来られなかったけど、書店にお取り置きを頼んだり通販を申し込んだ人の本にサインを入れる。その最中にも、新しい客がパラパラ来るので、そんなときは中断。
 取り置き分には、入れる名前を書いたメモが本に挟んであるんだけど、名前以外にも何か書いてあるものがある。メイディに「これは何?」と確認すると「バースデイ用メッセージ希望」とか「ドローイングのリクエストだけど、それは無理だから無視して」とかいう答えが。一番ウケたのは「あ……それは、代金まだ未払いってこと」ってヤツ。バーロー、うっかり一緒に書きこんじゃったらどーすんだよ(笑)。
 取り置き分が終わったところで、お店用の色紙を頼まれる。オリヴィエに目で確認すると、ドローイングOKの返事。サインと一緒にヒゲのオヤジの顔を描く。
 そろそろお開きにしようかと、改めて書店のスタッフたちに挨拶。メイディがお土産に、マーク・ミン・チャンの原画展のポスターをくれる。コートを着ていたら、また来客。そのサインを終えて、店から出て、待っていてくれた沢辺さんと「ゴハンどこで食べようか」とか話していたら、また来客。再び店に戻ってサインしてたら、メイディが「ホラホラ、早く行かないと一晩中サインする羽目になるよ」と笑ってた。
 オープニング・パーティでも会ったカメラマンの Kaseda さんも一緒に、みんなで近くのコルシカ料理屋に入る。しばらくして、アニエス・ジアールとそのパートナーが合流。注文とか通訳とか、Kaseda さんのフランス語が大活躍。
 沢辺さんも私も、アニエスが話してくれるフランスの出版界の様子に興味津々。アニエスは、沢辺さんのことを、てっきりゲイだと思っていたらしい。無理もない、私だってときどき、沢辺さんがノンケだってこと忘れちゃいます(笑)。因みに沢辺さん、パリ滞在中に二度ほど、田亀源五郎と間違えられたたしい(笑)。
 食事が終わり、店から出たところで、仕事あがりらしいメイディとバッタリ。「何でまだこんなとこにいるの!」と笑われる。
 アニエスたちと分かれて、歩いて帰る。ホテルに帰る前に、ちょっとギャラリーに寄って、熱いお茶でも飲んでいかないかと、沢辺さんたちを誘う。
 そんな感じで一服していたら、もう深夜近く。中山さんとみずきちゃんが、ソファで舟を漕ぎ始める。沢辺さんたちが帰り、私もバスを使って就寝。
(続く)