『アラトリステ』

『アラトリステ』(2006)アグスティン・ディアス・ヤネス
“Alatriste” (2006) Agustín Díaz Yanes
 17世紀スペイン支配下のヨーロッパを舞台に繰り広げられる、孤高の剣士の生涯を描いた歴史ロマン……という設定からは、つい、アクション・アドベンチャー系のヒーローものを期待してしまいますが、そんな単純なものではありませんでした。
 以前、英語字幕付きの輸入盤DVDを見たとき、私の語学力ではハードルが高すぎて、どーもヨーワカラン部分が多々あったんですが、今回、日本語字幕で鑑賞して納得。これだけ複雑でブンガク的な内容だと、こりゃあ私の英語力じゃ太刀打ちできないわけだ(笑)。
 まず、時代背景と、それに絡まるパワーバランスからして、複雑なんですな。
 当時のスペイン王国とその周辺諸国の衝突だけではなく、カソリックとプロテスタント(やユダヤ教)の対立や異端審問、スペイン内部の傀儡政権を巡るパワーゲーム、当時のスペインにおける貴族と平民の関係、エトセトラ、エトセトラが、当然既知のものとして、解説らしい解説もなく次々と繰り広げられるので、キャラクターの所属を把握するだけでも一苦労。
 加えて、複数巻に渡る大河小説を、二時間半近くあるとはいえ、一本の映画に納めているせいもあり、どうしてもエピソードがブツ切りなダイジェスト感は否めないし、前述した状況設定の複雑さゆえに、誰が何のために何をしているのかといった、モチベーション的なものも掴みにくい。
 とりあえず、劇場で販売されているパンフレットに、原作小説の訳者さんによる、平明でコンパクトな解説や年表が載っているので、映画が始まる前に、ざっと目を通して予習しておくことをオススメします。私は、映画を見終わってから読んだんですけど、「しまった、先に読んでおけばよかった!」と、思っくそ後悔しました(笑)。
 とはいえ、じゃあナニガナンダカワカンナイ映画だったり、つまらない映画なのかと言うと、それが全くそうではないのが面白い。
 というのも、この映画は歴史上の様々な出来事を描きながらも、そのプロセスを説明するのではなく、そういった時代背景の中で、主人公を始めとする様々な人々が、いったいどのように生きたか、ということに、焦点を絞って描いているからです。
 一例を挙げると、例えば都市の攻略戦一つを描くにしても、どんな作戦がどう功を奏して、主人公がどんな活躍をするのか……といった、叙事的な要素は全くと言っていいほど描かれません。対して、そんな時代状況の中、歴史上は名もない歩兵たちが、どのように戦いどのように死に、何を考え何を感じていたか、それが身の丈の視点から、徹底したリアリズムで描かれます。
 その結果、昔も今も変わらぬ、我々の生きる現実世界の矛盾が浮かびあがり、交わされるセリフも、モノガタリの説明や推進のためとしてのそれよりは、世界のあり方や人の生き方を問いかけるような色合いが濃い(ここいらへんが、ブンガク的と感じた由縁)。そういった、人間や世界を描くという点では、ものすごく惹き込まれる要素が多々あり、それが実に魅力的。
 私は個人的に、世界とは決して美しくもなければ優しくもないと思っているので、そんな世界に生を受けつつ(主人公の言を借りると「人生はクソ」なのだ)、欲や損得に流されることなく、かといって盲目的な大義に身を委ねるわけでもなく、地を這いずりながらも、あくまでも自分の信念を曲げないことに徹するという、主人公の生き方のカッコヨサや気高さには、もう、ものごっつう感動してしまいました。
 ラストシーン、最後のカットの鮮やかさと同時に、完璧なタイミングでティンパニが鳴り響き、続いて勇壮なブラスに導かれてエンド・クレジットが始った瞬間、「もう一度最初から見たい!」と思ったくらい。
 とはいえ、正直なところ、私個人のポリシーとして、娯楽と芸術、大衆性と文学性といったものは、決して二項対立するものではなく、モノガタリというものは、そういった要素を多層的に包含しうるシステムだと考えています。
 そういった意味では、もうちょっとやりようがあったのではないか、ちょっと惜しいな、とも思います。
 映像美や映像表現の力強さも、大きな見所。
 映像美では、ベラスケスの名画の活人画的再現を筆頭に、バロック期のスペイン絵画やフランドル絵画やネーデルランド絵画の名品もかくやという、美麗極まりない光と陰影表現や、堅牢な構図の数々が、ふんだんに目を楽しませてくれます。
 ディエゴ・ベラスケス、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ、ホセ・リベーラ等の、特に風俗画や肖像画が好きな人だったら必見。小道具の壷や衣服の破れ目一つ見ても、嬉しくなっちゃうこと請け合いですぞ(笑)。
 表現の力強さという点では、前述した戦闘シーンや、暗殺のシーンなどで見られる、もう「純粋な殺し合い」としか言いようのない、身の丈サイズのリアリズムがスゴイ。
 斬る、刺すなんて当たり前。それどころか、ブスブス刺す、刺してグリグリえぐる、衝突した槍ぶすまをかいくぐり、這いずり、取っ組み合いながら殺し合う、凍える、噎せる、窒息する……と、残酷美すら介在しない容赦ないリアリズムで、ああ、実際こうだったんだろうなぁ、という、説得力や生々しさが素晴らしい。
 かと思えば、剣士が登場するシーンとかになると、今度は、鍔広の帽子や長いマントといった衣装の効果も相まって、これがまた実にケレン味があってカッコいい。何だかまるで、フラメンコ舞踏の決めポーズみたいに見えてくる。
 衣装や小道具、美術方面の質の高さも素晴らしい。実に渋くて、重厚な味わいです。
 役者さんは、主演のヴィゴ・モーテンセンを筆頭に、男優さんは皆さん実にカッコイイ。ま、男はヒゲ面ばっかで、しかも薄汚いのも多いという、私の個人的な趣味もありますけど(笑)。
 ただ、キャラクターとしては、前述したようなダイジェスト感があるせいで、もうちょっと脇の面々も突っ込んで描いて欲しいという、食い足りなさは残ります。登場人物が、離れては出会い、出会っては離れ……という、大河ドラマ形式なのに、個々のキャラクター描写が不足しているので、そういった運命の変転に際して、湧いてしかるべきエモーションが、もうひとつ足りないのは惜しかった。
 あと、個人的な意見ですけど、少年から青年に成長する副主人公のイニゴが、少年時代はけっこうな美少年だったのに、青年に育ったら、何だか下ぶくれの、美青年でも何でもない顔になっちゃって、ちょっと「……え?」って感じ(笑)。
 女優さんは……う〜ん、メインのお二人は、もうちょっと美人にして欲しかったかな(笑)。ただ、演技は良いし、キャラクターとしても胸に迫るものがありました。
 さて、最後にオマケの責め場情報(笑)。
 流血残酷はふんだんにあるものの、いわゆる責め場はなし。個人的には、悪名高いスペイン宗教裁判の拷問が見たかったんだけどな〜(笑)。
 とはいえ、罪人がガレー船の漕ぎ手にされるシーンがあったのが、ちょっと嬉しかった。ま、17世紀のスペインのガレー船でも、やっていることは、ローマ時代のそれと同じなんですけどね。漕ぎ手のリズムを取るのが、太鼓からホイッスルに変わっているくらいで。

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価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2009-07-17