『提督の戦艦』

提督の戦艦 [DVD] 『提督の戦艦』(2008)アンドレイ・クラフチューク
“Адмиралъ” (2008) Andrei Kravchuk

 第一次世界大戦からロシア革命の激動の時代を舞台に、ロシア帝国海軍の提督から白軍の司令官となったアレクサンドル・コルチャークの後半生を描いた映画。
 DVDパッケージの煽り文句は、スペクタクル戦争アクションという感じなんですけど、実際に中身を見てみると、ストーリー的な軸は、コルチャーク提督と部下の妻の不倫劇で、その合間合間に、歴史的叙事や大規模な戦闘シーンが描かれるという内容。いわば、スペクタクル・メロドラマって感じ。

 で、スペクタクル系のヴィジュアル面は、実に充実しております。戦闘シーンは、物量もスケール感もあれば、迫力やエグ味もタップリ。広大なロシアの風景も雰囲気抜群。
 また、歴史劇としてのヴィジュアルも、美術や衣装は文句なしの出来映えだし、舞踏会とかは実に華麗でゴージャス。絵巻物的に存分に楽しめるので、そういう面の満足度はかなり高し。
 ただ、内容の方は……まあ悪いとは言わないけど、いささか単純に過ぎるかなぁ。
 メロドラマ部分は、視点が完全にヒーローとヒロインに寄り添っているパターンなので、主人公カップルに感情移入して見ないと、ちとキツい。主役二人以外のキャラクターに関して、ほとんど掘り下げがないので、人間ドラマ的な深みという点では、正直かなり物足りない。
 ただ、ヘンに判りやすい悪役然とした恋敵がいるとか、そういったキャラクター造形的な安っぽさがないのは好印象かな。二組の夫婦による四角関係のわりには、あんまりドロドロしないので、前述したような物足りなさがある反面、スッキリとした清々しさのようなものはあります。

 歴史劇としては、時事を綴った絵巻物的には面白いんですけど、それ以上でも以下でもなし。
 エピソードや見せ場は盛り沢山で、見ていて飽きることも全くないんですけど、反面、歴史観がシンプルすぎて、善悪がはっきりとした紋切り型であるという感は否めない。
 あと、やはりキャラクター描写が主人公カップルに偏り過ぎているので、それ以外に色々とドラマチックなことが起こっても、叙事的な群像劇としての魅力がイマイチで、もう一つエモーショナルな盛り上がりに繋がらないのは残念。
 そんなこんなで、ある意味単純極まりない内容を、豪華絢爛でスペクタキュラーな映像で彩るという、いわば『タイタニック』のロシア版みたいな感じです。じっさい構成とか見ると、かなり同作を意識しているっぽいし。
 個人的な好みだけで言うと、こっちのヒーロー(『ナイトウォッチ』の主演男優)の方がディカプリオよりもタイプだし、ヒロインもこっちの方が美人に感じたので、『タイタニック』よりは感情移入しやすかったかな(笑)。
 まあ、ボンダルチュクの『戦争と平和』や、リーンの『ドクトル・ジバゴ』なんかと比べてしまうと、率直に言って、それらには遥かに及ばない出来ではありますが、シンプルゆえの気楽な面白さはあるし、画面自体は前述したように見応えタップリなので、歴史モノが好きだったら見て損はないと思います。

 最後に一つ、興味深かったのは、イデオロギー的な立ち位置。
 この映画では、完全に、ロシア革命や赤軍を「悪」、主人公側の白軍を「善」とする立場で描いています。
 ナチスよろしく、暴虐的な集団として描かれるボリシェヴィキを見て、つい相棒と「ソビエト時代だったら、ぜったいに作れなかったよね〜、こんな映画」なんて言い合ってしまったくらいで。
 しかし、社会のパラダイム・シフトによる価値観の逆転が、かくも極端に出ているのをオンタイムで見ると、ちょいと空恐ろしい感じはします。二次大戦前後の日本も、こんな感じだったのかしらん。