“Undertow (Contracorriente / 波に流れて)”

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“Contracorriente” (2009) Javier Fuentes-León
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com英盤DVD米盤Blu-rayあり)

 2009年製作のペルー製ゲイ映画。原題”Contracorriente”、2010年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で、『波に流れて』の題で日本上映あり。
 保守的なペルーの漁村を舞台に、既婚男性独身男性の愛を描いた内容で、アカデミー賞外国語映画賞のペルー代表候補にもなった作品。

 主人公ミゲルは、古風な水葬の風習が残るペルーの田舎の漁村の漁師。妻帯者でもうじき初子も生まれるのだが、実は同じ村に滞在している余所者の画家サンティアゴと同性愛関係にあり、廃屋や人の来ない海辺などで逢瀬を繰り返している。
 しかし、村人たちは余所者のサンティアゴを敬遠しており、村の女たちも彼は同性愛者だと噂していたりして、ミゲルも表だっては決してサンティアゴと接しようとはしない。
 そんな中、サンティアゴは市場でミゲルの妻に話しかけ、後にそれを知ったミゲルは、そのことでサンティアゴを責める。二人は激しく言い争い、その日を境にサンティアゴは姿を消してしまう。
 ミゲルは後悔にくれるが、それからしばらくしてサンティアゴが、教会やミゲルの自宅といった、それまで決して来なかった場所に姿を現すようになる。実はサンティアゴは海で事故にあって死んでおり、幽霊となってミゲルの元を訪れていたのだ。
 サンティアゴの幽霊はミゲルにしか見えず、そしてこの地方の風習では、亡くなった人間は儀式を踏まえて水葬しなければ成仏できないとされていた。サンティアゴを成仏させるために、ミゲルは海に潜って彼の亡骸を探しつつも、彼の幽霊が他の人には見えないおかげで、初めて人前で堂々と一緒に歩ける幸せを味わう。
 そしてミゲルは、ついに海底に沈んだサンティアゴの遺体を発見するのだが、人に知られず共に過ごせる喜びを逃したくないあまり、その亡骸が発見されないよう水底の岩にロープで括り付けてしまう。
 ところが、サンティアゴの家に無断で入り込んだ村の娘が、彼が密かに描いていたミゲルの裸体画を見つけてしまう。その噂は瞬く間に村中に拡がり、ついにはミゲルの妻の耳にも届いてしまうのだが……といった内容。

 これは良い映画、
 鄙びた農村と美しい海を背景に、見事な演技で裏打ちされた魅力的なキャラクターたちの、様々な想いが交錯する様が丁寧に綴られ、ストーリーも先を読めない面白さ。ロマンティシズムもあれば現実の苦みもあり、しっとりと切ないような何とも言えない情感が全体を包み込んでいます。
 ストーリーの基本にあるのは、男同士の切ないラブストーリーと、自己受容を巡る物語ではあるんですが、キャラクターの動かし方が、ラブストーリー的な予定調和や、ゲイ的なメッセージのためといった、作為性を感じさせないのも良い。ミゲル、ミゲルの奥さん、サンティアゴ、それぞれが得たものと喪ったものが、きちんと描かれているので、結果、単純なラブストーリーやゲイ的なお説教とは一線を画した、より汎的な「人間のドラマ」になっている印象があります。
 というわけで、メインとなる主題は男性同士の同性愛ではありますが、一方的にそこだけに肩入れするのではなく、周囲の人々の心情も含めて丁寧にドラマが描かれるので、おそらくゲイでもノンケでも男性でも女性でも、作品に対してそれぞれの見方や印象が残るのでは。

 同性愛的な問題として描かれるのは、保守的な社会におけるホモフォビアと、その背景にあるラテンアメリカ的なマッチョイズム。
 特にマッチョイズムに関しては、それが当事者自身の自己受容を阻む原因にもなっている。但し、ここで面白いのが、単純にマッチョイズムを否定するのではなく、それに対する考え方自体のシフトが描かれるところ。詳細は省きますが、表層的な「男らしさ」によって自分がfagだと認められなかった主人公は、しかし「男らしさ」に基づいて自分の同性に対する愛を受け止めるに至ります。これはちょっと新鮮でした。
 こういった、既成概念に対する問いかけといった要素は、脇の女性キャラにも見られ、例えば、男性やセックスに対して積極的な、古い価値観では「尻軽女」とされるようなキャラが、実はその保守的な既成概念に捕らわれていないがゆえに、ある意味で主人公の心情に最も優しく、しかしさりげなく寄り添ったりします。

 演出も上々。
 視覚的に派手なものではなく、どちらかというと地味で淡々とした表現ですが、無駄もなければ弛緩もない。叙事と叙情のバランスも良いし、特殊効果など一切使わない幽霊の描出も見事。
 ラブシーンやセックスシーンも、セクシーさとロマンティックさとリアルの匙加減が絶妙。
 役者もそれぞれ、見事なまでの存在感と自然な演技。
 特に主人公ミゲルの、オシャレなゲイとか過剰なマッチョとかではない、普通にもっさい感じの漁師といった佇まいが、個人的には大いに魅力的。
 対するサンティアゴも、ここはバッチリかっこいい青年で押さえてくれて、更に、大地や太陽の匂いがしそうなミゲルの奥さんも良く、こういった役者のアンサンブルの良さも、映画の魅力に大いに貢献しています。おかげで映画の後味が、もう切ないのなんのって……。
 因みに映画を見終わった後、一緒に見ていた相棒から「今度こんな漫画を描きなさい!」と言われてしまいました(笑)。

 というわけで、ストーリー自体に対する好み云々はあると思いますが、ゲイ映画としての見応えと、ゲイ云々関係なく映画としてのクオリティの高さを求める方ならば、まず満足できると思います。
 オススメの一本。