“Valhalla Rising” (2009) Nicolas Winding Refn
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com)
2009年製作のデンマーク/イギリス映画。監督は『プッシャー 麻薬密売人』『Bronson』のニコラス・ウィンディング・レフン。マッツ・ミケルセン主演。
口がきけない片目のヴァイキング戦士のダークで幻想的な遍歴を描いた、寓意的なコスチューム劇。
主人公は《片目》と呼ばれるヴァイキング風の戦士。多神教のケルト風部族の捕虜であり、鎖に繋がれ檻に入れられ、ときおり闘犬のように他の捕虜と死闘をさせられている。
ある日彼は、隙を窺い反撃に転じて脱走するが、その際に同じく奴隷にされていた別部族の少年も共についてくる。
逃げた二人は、キリストを信仰する戦士の一団(エンドクレジットでは「クリスチャンのヴァイキングたち」と表記)に出くわし、「共に聖地へ戦いに行こう」と誘われる。
二人はこの一団と共に出帆するが、凪で船が動かなくなり濃い霧に包まれる。いっこうに風も吹かず霧も晴れない中、やがて戦士の一人が「これは呪いのせいだ」と少年を殺そうとするが、《片目》はそれを返り討ちにする。
暫くすると、船はいつの間にか真水に浮かんでおり、霧が晴れると、そこはいずことも知れぬ森の中の川だった。
一行が上陸すると、木の櫓が立ち並んだ場所があり、櫓の上にはネイティブ・アメリカン風の装飾品を付けた死体が置かれている。
一同はこの地に、神の征服の印として十字架を立てる。
しかし一人が忽然と姿を消し、彼の持っていた剣だけが見つかる。また、一行が川の上流に向けて出帆すると、どこからか石の鏃の矢が飛んできて、また一人殺される。
いずことも知れぬ場所で謎の敵に囲まれているうちに、一行は次第に狂気に囚われていく。そして、自分たちは既に死んでいるのではないか、《片目》が自分たちを地獄に連れてきたのではないかと怪しみ始め……といった内容。
なかなか意欲的な作品ではありました。
セリフは極端に少なく、登場人物も《片目》を除いては全員名前すらなく、その《片目》ですら、口がきけない彼のことを、捕らえていた部族の者がそう呼んでいたというだけで、実際の名前ではない。
そしてこの《片目》を始め、登場人物のは全員、出自について全く説明がなく、会話や服装などから、各々の立ち位置を何となく想像するしかない。劇中で起きる様々な出来事も、何故そうなったのか、どうしてそのキャラはそう思ったのか、等々、これまた合理的な説明は一切排された作り。
というわけで、一見史劇風には見えるんですが、表層的なものには囚われずに、これはそういったモチーフを使って描いた、一種の寓意劇のようなものだと考えた方が良さそうです。
正直、ストーリーだけを追うと「ワケワカラン」系の内容なので、普通に血湧き肉躍るヴァイキングものとかを期待すると、裏切られること間違いなし。
いちおう私の解釈では、これは「信仰と贖罪と救済の話」だという気がします。
劇中で繰り返し出てくるモチーフに、幻視の中の《片目》の姿というものがあるんですが、その色が最後だけ変わっている理由とか、また、キリストの名のもとに聖地を求めながら、実は富や権力を目的としている戦士たちと、純粋に《片目》を信じてついてくる少年との対比とか、更に、生き残った者と死んだ者の間には、どういう違いがあったのか……などといったあたりに、そこいらへんの鍵があります。
つまりこれは、(ネタバレを含むので白文字で)《片目》にとっては、それまで犯してきた己の「罪」を、我が身を犠牲にして少年を救うことで「贖い」、少年にとっては、ただひたすらに《片目》を「信じる」ことによって、最終的に一人だけ生きのびることができ、故郷にも帰れる約束を得ることで、結果として、《片目》と少年の二人が共に「救われる」という話であり、則ちそれは、キリストとキリスト者の関係に重ね合わされているということ。
そしてそれらを、宗教の名の下に行われる、戦士たちの世俗的な欲望と対比させることで、上辺だけの「信仰」と、本質的なそれとの差異を明らかにしている……というのが、私個人の解釈であります。
全体の雰囲気は、スケール感があって美しい自然描写と、生々しくグロテスクな人間たちの描写の対比や、ポストロック風の音楽の使い方など、ヴェルナー・ヘルツォークの『アギーレ 神の怒り』を思い出させます。
映像はかなり凝っていて、静謐で美麗な絵あり、ホラーそこのけのオソロシイ系ありと、鮮烈で印象的なイメージが多々あって、映像的な見所はいっぱい。
グロテスク要素には、残酷描写も含まれています。
例えば、石で砕かれた頭から脳ミソが見えているとか、ナイフで腹を切り裂いて腸を摑み出すとか。
また、一行が狂気に陥るシーンでは、沼に突っ伏したヒゲモジャのむっさい男を、同じく髭面の巨漢が後から、泥まみれになって犯す……なんて場面も。残念ながら二人とも着衣ですけが(笑)。
というわけで、これは紛れもなく見る人を選ぶ映画。
私としては、自分なりに内容を咀嚼できた感があるのと、美と汚穢が同居する映像的な魅力などもあって、もう一押し何かに欠ける感はあれども、好きか嫌いかなら問答無用で「好き」な作品。
前述した要素がツボにはまる人、そしてヘルツォーク好きの人には、かなり琴線に触れる部分ありかも。
にしても、このニコラス・ウィンディング・レフン監督、過去に見た2本『プッシャー 麻薬密売人』『Bronson』と、今回の『Vaihalla Rising』、どれもこれもスタイルが全く異なるのが興味深い。
今年のカンヌで監督賞獲った新作『Drive』が、ますます気になります。
【追記】2012年9月14日、日本盤DVD発売。
ヴァルハラ・ライジング [DVD] 価格:¥ 4,179(税込) 発売日:2012-09-14 |