『キャプテン・アブ・ラーイド (Captain Abu Raed)』

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『キャプテン・アブ・ラーイド』(2007)アミン・マタルカ
“Captain Abu Raed” (2007) Amin Matalqa
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com

 2007年制作のヨルダン映画。アラビア語原題”كابتن أبو رائد”。
 空港の掃除夫が機長の帽子を拾ったことにより、周囲の子供にキャプテンと勘違いされてしまい……というヒューマン・ドラマ。NHK BSで『キャプテン・アブ・ラーイド』題で放送されたことがある模様。

 妻に先立たれ子供もいない老人アブ・ラーイドは、アンマンの国際空港で掃除夫として働いていたが、ある日ゴミ箱に捨てられていたパイロットの帽子を拾う。
 彼がその帽子をかぶって帰宅すると、近所の子供が空港のバスから降りてきた彼の姿を見て、パイロットだと勘違いしてしまう。彼の住んでいるのはアンマンの中でも貧しいエリアで、その噂は瞬く間に近在の子供たちの間に広がり、翌朝子供たちは大挙して彼の家に押しかけ、彼を《キャプテン・アブ・ラーイド》と呼び、世界中を旅した冒険譚を聞かせてくれとねだる。
 一度はその頼みを拒否した彼だったが、やがて子供たちの遊び場で、帽子をかぶり、キャプテン・アブ・ラーイドとして、自分の豊富な読書知識を元に、世界中の様々な話を聞かせるようになる。
 しかし、同じく近所の子供で父親から虐待されているムラードだけは、その輪に加わろうとしなかった。ムラードは、彼が本当はパイロットではなく清掃員だということを知っていて、子供たちに彼は嘘つきだと言う。
 一方、所用でアンマン郊外に出掛けた彼は、そこで彼を最初にパイロットだと勘違いした少年タレクが、父親から駄菓子売りを強制されて学校に行けなくなっているのを見つける。彼は駄菓子を全部買い取ってやり、タレクに学校へ行くよう言うのだが、タレクの父親は息子が商品を全て売り切ったことに喜び、今度は更に大量の駄菓子を売りさばいてくるよう言う。
 そしてムラードは、自分を虐待している父親の財布から金を抜き、他の子供達を連れてタクシーで空港へ行き、《キャプテン》の《嘘》を暴こうとするのだが……といった内容。

 なかなか上質なドラマ。
 前半は老人と子供たちの間の、ほのぼの交流ものといった感じなんですが、子供たちのシビアな家庭事情が見えてきて、主人公自身の過去が断片的に明かされた中盤以降、ぐんぐんシリアス寄りの展開に移行していく意外性もあって、最後まで目が離せない感じ。
 夢を見ることの大事さを描きつつ、かといってお伽噺にはせずシビアな視点も交えながら、あるものは救われ、あるものは救われず……といった感じで、ストーリーに対するリアリズム的な距離の置き方が巧み。
 そして最後には、ハートウォーミングというのとはちょっと違う、少し複雑ながらもしみじみとした余韻が。
 演出は洗練されていて、全体的には過剰にドラマチックになることがない淡々とした味わいながらも、無駄がなくテンポも良し。仄かなユーモアや詩情のはさみ方も上々。IMDbを見ると初監督作品らしいですが、とてもそうは思えない安定した力量。
 キャラクター描写や俳優陣も、主人公や子供たちを筆頭にいずれも魅力的。

 ストーリーにはシビアな要素もありますし、社会派的な問題提起といった面もあるので、予定調和的な感動とか、ほのぼの味のみを期待してしまうと、ちょっと裏切られてしまうとは思いますが、しみじみと残る後味には色々と考えさせられますし、全体のクオリティも高い一本。
 ミニシアター系の作品がお好きな方にはオススメで、もちろんアンマンの風景もたっぷり楽しめます。