“Senność”

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“Senność” (2008) Magdalena Piekorz
(ポーランド盤DVDで鑑賞、米アマゾンで入手可能→amazon.com

 2008年制作のポーランド映画。様々な問題を抱えた現代ポーランドの3組のカップル(夫婦2組、ゲイカップル1組)を軸に、愛や生や死を描いたヒューマン・ドラマ。
 ご贔屓ミハウ・ジェブロフスキー出演作。監督は前にここで感想を書いた””Pręgi”と同じ人。

 嗜眠発作に悩む女優ローザは、人里離れた豪華な邸宅で、優しくハンサムな夫に看護されながら療養中。
 小説家のロベルトは、婿入りのような形で結婚して妻の家族と同居中だが、妻のヒステリーや彼を穀潰し扱いする義父の態度に悩まされてスランプ中。
 青年アダムは医師試験に合格し、田舎の両親は息子が故郷に帰って開業医となることを望み、将来結婚したときに備えて新居まで建てて準備しているが、肝心の彼は今のところ田舎に戻るつもりはなく、両親も仕方なく彼の気持ちを尊重して待つことにする。
 一見何の不満もなさそうなローザだったが、発作の度に前後の記憶を無くしてしまう彼女は、夫が浮気をしているのではないかという疑念に苛まれて、孤独な田舎暮らしの中、毎日レシピを元に《愛を蘇らせる料理》を作っている。
 ロベルトは、妻には彼女の健康上の理由でセックスを拒まれていて、期待されている新作小説もずっと書くことができず、更に苦痛を伴う何かの発作にも襲われるようになるが、そのことは妻とその家族には隠している。
 都会の病院勤めをするようになったアダムは、実はゲイで、街で出会ったギャンググループのスリ、ラドニーを治療したことをきっかけに、互いに惹かれ合って付き合うようになるが、息子を驚かせようと予告無く上京してきた両親に、その関係を見られてしまう。
 医者の診察を受けたロベルトは、このままではもう長くないと告げられるが、日常に倦み既に生きる目的もなくなっている彼は治療を拒否する。そして田舎に出かけるのだが、そこで発作を起こし、偶然ローザに助けられる。
 ロベルトが現役時代のローザを観客として知っていて、二人は打ち解けて親しく語り合うのだが、彼のふとした言葉から、ローザは夫の浮気が自分の邪推ではなく事実であると確信し、夫の嘘を暴こうと計略を練る。
 一方のアダムもラドニーと諍いになり、ラドニーは家を出て行ってしまう。やがてアダムはそのことを悔いて、よりを戻そうとラドニーの所属するギャンググループを追うのだが、そのことから逆にギャングに目を付けられ、ついにはホモ狩りの獲物にされ暴行を受けてしまう。ラドニーは、アダムとの関係が仲間にばれることを怖れて、恋人を助けることができないが、後からこっそり介抱して許しを請う。
 アダムとラドニーは一緒に街を出ることにして、荷物を纏めて二人でバス停に向かうが、そこをギャンググループに見つかってしまい、ローザは夫の嘘を暴く計画を実行、そしてロベルトは妻との離婚を決意するのだが……といった内容。

 全体的に抑えた調子で、淡々と、しかし丁寧にそれぞれのドラマが綴られていき、先の読めない展開も相まって、地味ながらも面白く見られる作品。個人的には、ゲイ要素があるという予備知識が全くなかったので、かなり意外なお得感がありました。
 構成としては、それぞれ別々の3本のドラマが、後半になって互いに重なり合う部分が出てくるという作りですが、さほどトリッキーな感じではなく、ローザとロベルトはけっこうがっぷり重なるんですが、アダムとは軽く触れあう程度なので、そこはもうちょっと工夫が欲しい気も。
 因みに、ご贔屓ミハウ・ジェブロフスキーは、ローザの夫役。つまりゲイ役ではない。残念(笑)。
 テーマ的には、自分を世間で言うところの《幸せなはず》だと騙すのではなく、勇気を持ってそこから一歩踏み出すことによって、初めて本当に自分の人生の意義を取り戻すことが出来る……ということだと思います。
 つまり、セレブな暮らしをしているローザも、逆玉に乗って物理的には不自由のないロベルトも、両親には愛され仕事も順調なスタートをきっているアダムも、皆はたから見れば「幸せなはず」な状況なんですが、実際はそうではなく、生きる意義ってのはそんな単純なものじゃない。
 彼らの抱えているそれぞれの事情が、すなわち彼らを《不幸》にしているわけですが、それと同時にその《不幸》の原因は、彼ら自身が現状から一歩踏み出す《勇気》に欠けているせいでもある……というのが描かれているあたりが、個人的にはかなりの高ポイント。

 私としては、どうしてもゲイのアダムのエピソードが気になるんですが、ここでも前述のテーマが、極めて有効に作用してきます。
 クローゼット・ゲイであるアダムは、自分のセクシュアリティをオープンにすることができない。両親から愛され仕事にも恵まれ……という《幸せ》な状況であるからこそ、尚更それを《壊しかねないリスク》、すなわち自分はゲイだとアウトすることができずにいる。
 このことは、日本の多くのゲイにとっても、かなり身近なことであるはず。
 アダムのBFラドニーも同様で、二人は地下道で一瞬目があっただけで互いに何かを感じ合い、そして恋人関係へと発展していくのだが、それはあくまでもアパートの中という密室内での関係。ひとたび外に出れば、ラドニーは自分がゲイだと仲間にばれることを恐れ、それゆえにアダムを仲間の暴行から助けることもできない。
 どちらも、《現状の平穏》を損なうことを恐れて、社会に向けて自分自身をオープンにできない。
 そして二人は《逃避行》を選ぶのですが(以下ちょっとネタバレを含むので白文字で)、荷造りをして、街を離れるバス乗り場に向かった二人は、再びギャンクたちに取り囲まれ、しかし今度は、暴行を受けるアダムを守ってラドニーはギャングに立ち向かい、結果として相手の一人を刺殺してしまう。これは悲劇ではあるんですが、それと同時に、ラドニーは《一歩踏み出す》勇気を持ったということでもあります。
 そしてアダムもそれに呼応する形で、最終的にはラドニーを実家に連れて帰る。アダムもまた、リスクを恐れず《一歩踏み出し》て両親と対峙することで、自分自身の人生を手に入れたわけです。

 という感じで、このゲイ・カップルを描いたエピソードは、彼らを取り巻く現実の苦さや残酷さをきっちり踏まえつつ(ホモ狩り以降のくだりは、けっこう見ていて辛い部分もあるんですが)、でも最終的には、見ていて思わず笑みがこぼれてしまう結末を迎えるし、前述したテーマの有効性などもあって、個人的にはかなり佳良。

 Magdalena Piekorz監督の演出は、前の”Pręgi“同様に、派手さはないもののしっとりとした滋味あり。それぞれの役者も、けっこうイヤなヤツだったジェブロフスキーも含めて、アンサンブル全体が好印象。
 後味も上々で、そこに加えてゲイ映画的な良さもあったので、個人的にはかなり満足のいく佳品でした。

 オマケ。アダムとラドニー。
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