“Singapore Sling”

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“Singapore Sling” (1990) Nikos Nikolaidis
(米盤DVDで鑑賞→amazon.com

 1990年制作のギリシャ映画。
 全編美麗なモノクロ映像とデカダンな美術で彩られた、セックスと殺人を巡る不可思議で不条理な怪奇幻想譚で、フィルムノワール風味のアートなゴシックホラーといった趣もあり。

 ある雨の夜、庭に穴を掘って瀕死の人間を埋めている二人の女を、傷を負った男が目撃する。
 二人の女は母と娘で、父親は死んでいるが、色情狂気味の娘は、父親はまだ死んではおらず、墓から出てきて自分を犯すと思っている。母の股間にはペニスが生えており、それで秘書の面接にきた娘を犯して殺す。
 負傷している男は行方不明になった恋人ローラを探しており、母娘の家を訪ねる。母娘は口をきかない彼を《シンガポール・スリング》と名付け、監禁してベッドに縛り付け、犯し、尿を掛け、電気で拷問する。その間、男は自分のほどけた靴紐のことをずっと気にしている。
 娘は、自分が男の探している《ローラ》だと言い、連れて逃げてくれと頼む。一方で母は、男を赤子のように可愛がり、娘の言うことを信じては駄目だと諭す。
 やがて男は、母が《ローラ》を拷問するのに自ら手を貸すようになるのだが、そんな中、父の遺品のナイフがなくなり……といったような内容。

 まあぶっちゃけ筋を追っても、ナニガナンダカサッパリワケガワカラナイ系の話なので、ここはもうエロティックで残酷な幻想不条理譚と割り切って、美麗な画面と異様な雰囲気を楽しみつつ、それぞれのエピソードにビックリしたりウットリしたりという楽しみ方をする映画かと。
 実際、映像は極めて美麗。屋敷の様子や衣装のゴージャス感は文句なしで、陰影を上手く活かしたモノクロ撮影も見事。
 また、母娘を演じる女優さんたちが、容姿的にも演技力的にもクオリティが高いのも良し。わりとこういうアヴァンギャルド系は、そこいらへんで醒めることが多いので。
 ただ、尺が2時間近くあるので、流石にちょっと退屈な部分もあり。
 前半は、本気だかふざけてんだか判らない変な可笑しさも手伝って、なかなか快調に見られるんですが、後半のSMセックスや女たちの自慰がメインの展開になると、さほど目新しいものがないせいもあって、ちょっとイマイチ感が漂う。
 この映画に限らず、アート系や耽美系映画に出てくるBDSM表現では、正直なところ感心させられたことは殆どないんですが、この映画もしかり。ラウラ・アントネッリの『毛皮のヴィーナス』とか、寺山修司の『上海異人娼館』程度の、BDSM描写に限定して言えば、雰囲気や型が「それっぽい」だけで、それ以上のものは何もないタイプ。映像センス自体は良いので、そこいらへんももうちょっと頑張って欲しかった。
 とはいえ、クライマックスのどんでん返し……とは言え不条理な話なので、ひっくり返ってビックリはするけど意味はサッパリ分からないんですが(笑)……以降は、馬鹿馬鹿しくも残酷ながら、奇妙にロマンティックな雰囲気も漂い、それでテンションも持ち直したという感じがあって、後味はなかなか上々。

 というわけで、意味不明でも構わないから、耽美的なもの、残酷なもの、エロティックなもの、変なもの、ゴシックな雰囲気が好きな方なら、なかなか楽しめるのではないかと。ただし一緒に見た相棒には大不評(映像の美麗さのみは高評価)だったので、責任は持てませんけど(笑)。
 とにかく映像クオリティは高いので、デヴィッド・リンチとダリオ・アルジェントと『レベッカ』あたりのヒッチコックを混ぜて、それをアヴァンギャルド不条理劇にしたってな感じもあり、個人的にはけっこう好きです。

 余談。
 ちらっと『毛皮のヴィーナス』に触れましたが、同じ『毛皮のヴィーナス』の映画でも1994年のオランダ版(マルチェ・セイフェルス&ヴィクトル・ニーヴェンハイス)は、アート映画寄りの作品なので劇映画的な面白さは別としても、SM的な興趣に関してはあちこち面白い部分があるので、男マゾものがお好きな方なら一度お試しあれ。

毛皮のヴィーナス [DVD] 毛皮のヴィーナス [DVD]
価格:¥ 4,935(税込)
発売日:2003-01-31