“Notre paradis (Our Paradise)”

dvd_ourparadise
“Notre paradis” (2011) Gaël Morel
(イギリス盤DVDで鑑賞→amazon.co.uk

 2011年のフランス映画。
 トウのたった男娼とその恋人の青年が、寄り添うように愛し合いながら、殺人を重ねていく姿を描いたゲイ映画。
 サブキャラでベアトリス・ダルも出演。

 主人公ヴァシルは盛りを過ぎた男娼。トウがたち腹も出た今は、歳を若く偽っても客にはそれを見抜かれる。そんな彼には殺人癖があり、今日も自分の歳について色々言ってきた客を絞め殺してしまう。
 その帰り道、ヴァシルはハッテン場で倒れている青年を見つける。青年は何者かに襲われて負傷しており、ヴァシルはそんな彼を家に連れて帰って手当する。自分の過去も名前も明かさない青年を、ヴァシルは彼の身体の天使のタトゥーに因んで《アンジェロ》と名付ける。
 ヴァシルとアンジェロはそのまま一緒に住み始め、やがて歳のせいで客から断られるヴァシルに代わって、アンジェロが男娼をするようになるが、ヴァシルは自分はヒモではなく、二人は対等な関係なのだと強調する。そしてアンジェロもまた、自分がヴァシルのことを愛していることに気付く。
 しかしある日、二人で一緒に変態趣味の客をとったときに、客がアンジェロを異様な方法で責めるのを見て耐えかねたヴァシルは、アンジェロの見ている前でその客を殺してしまう。
 こうして初めてヴァシルの殺人癖を知ったアンジェロだったが、それでも彼と一緒にいることを選ぶ。だが、かつてヴァシルが殺したと思っていた客の一人が生きていて、二人一緒のところを見られてしまう。
 二人はパリを離れ、ヴァシルの旧友のシングルマザーのところを訪ねるのだが……といった内容。

 映像がなかなか美しく、セックスや殺人、キンキーなプレイといった、かなり露骨で身も蓋もない描写がありつつも、同時にしっかりロマンティシズムやリリシズムも伝わってきて、そういった全体のテイスト自体はかなり魅力的。
 ストーリー的にも、まず、殺人者とその恋人の逃避行という、ベースとなるプロット自体が、ゲイ映画ではあまり見られないタイプなので興味深く、更に中盤、ベアトリス・ダル演じるシングルマザーと、その幼い息子で主人公と同じ名前のヴァシル少年が登場し、そして後半になると、ヴァシルの最初の客であった富豪と、その彼氏もストーリーに絡んでくるので、起伏に富んだ展開の筋運びで、先が読めない面白さもあります。
 反面、いろいろと要素が中途半端になっている感もあり。
 まず、ヴァシルとアンジェロの関係ですが、ストーリー自体に意外なほど閉塞感がなく、描き込みもいまいち甘いので、どうもフォーカスが散ってしまっている感があり。ゲイの男娼カップルによる殺人逃避行というストーリーのわりには、ギリギリ感が全くなく、逆に中盤以降は、普通のヒューマンドラマ的なテイストになってしまうのが、最も物足りなかったところ。
 また、ストーリーの起伏の方も、描かれるのは主人公回りのドラマだけで、追っ手や周辺のエピソードが描かれないために、筋立ての割りにはクライム・ドラマやサスペンス的な滋味に欠けるのが残念。
 カップル二人だけの世界を描くのであれば、前述したような即物性とロマンティシズムの並立が、大いに効果的かつ魅力的だったんですが、中盤以降、ストーリーがチェンジ・オブ・ペース経て、二人以外の世界や人々が、ストーリーに密接に絡んでくる展開になると、ムードだけでは持たせきれなくなってしまい、逆に齟齬が生じてしまっている感もあり。
 二人の関係、ストーリー的な工夫、少年との触れあいなどに見られるほのぼのとした描写、ゲイの世界における《若さ》の意味……等々、ディテール単位で取り出して見ると、それぞれが魅力的だっただけに、こういった弱点が何とも惜しい。
 ラストをもうちょっと変えるだけでも、だいぶ後味が変わると思うんだがなぁ……。このラストは、ドラマ的な盛り上がりにも余韻にも欠けて、ちょっといただけない。

 役者はそれぞれ魅力的で、演技も申し分なし。
 特に主人公ヴァシル役のStéphane Rideauという人は、ルックスといい体型といい、いかにも若い頃は人気の男娼だったのが、加齢と共に客をとれなくなったキャラというのに、見事な説得力を与えています。アンジェロ役のDimitri Durdaineも佳良。
 エロティックな描写に関しては、ロマンティックなセックス意外にも、けっこうキンキーな内容(ボンデージとか内視鏡プレイとかディルドとかネズミSMとか)が出てくるんですが、それらの描き方がとてもニュートラルなのが良かった。
 露悪的にするでもなく、ファッショナブルに気取るでもなく、淡々と極めて即物的な描写ながら、そこに一種のリリシズムが感じられる絵作りになっていて、そこはかなりの高ポイント。

 というわけで、全体的にはちょっと惜しい感じではありますが、それでも印象的なシーンは多々ありますし、演出等のクオリティも高いので、興味のある方なら見て損はない一本だと思います。
 特に映像のテイスト自体が、個人的にはとても好みでした。