“Ardhanaari”

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“Ardhanaari” (2012) Santhosh Souparnika
(インド盤DVDで鑑賞→Bhavani DVD

 2012年のインド/マラヤラム映画。南インドのトランスジェンダー文化を通して、個としてのTGの苦悩や、TG集団であるヒジュラへの差別などの問題を、社会派ヒューマン・ドラマ的に描きながら、更にそこに、ヒンドゥー神話を重ね合わせて見せるという意欲作。
 タイトルは、両性具有の神アルダナーリシュヴァラから。

 南インド、ケーララ州に住む少年ヴィナヤンは、子供の頃から自分の体は男だけれど心は女だと感じていて、アイラインを引いて爪を染め、装身具を付けて学校に通っている。歳の離れた兄や学校の教師はそれを疎ましく思っているが、父や姉は彼の好きなようにさせてくれ、同級生の少年も彼の味方だ。
 やがて青年になった彼は、髪を伸ばし、例の同級生とも互いに愛し合い、お付き合いをしていたが、政界に出た兄はますます彼のことを忌み嫌い「妹に縁談がこないのもお前のせいだ」と罵り、ついには殺し屋を雇ってヴィナヤンを始末させようとする。
 ヴィナヤンは殺し屋を返り討ちにし、兄のことも赦すが、殺人犯として警察から追われる身になってしまう。また恋人だった幼馴染みも、仕事で国外に行くことをきっかけに、今までの関係を「少年時代の愚かな戯れ」と切り捨て、ヴィナヤンとの関係を清算してしまう。
 家を出て故郷を離れたヴィナヤンは、とある寺院で一人の美しいヒジュラ(芸能や売春を生業とするインドのトランスジェンダー集団)と出会い、彼女に誘われ、ヒジュラたちが共同生活を送るハマム(マッサージパーラーという名目の娼館)へと連れていかれる。最初は戸惑ったヴィナヤンだったが、ヒジュラたちのリーダーが「自分たちのような人間は一般社会からは拒絶されている」と話すのを聞き、ハマムで暮らすことを決意する。
 やがて儀式が行われ、ヴィナヤンは名前をマンジュラに改め、先輩ヒジュラのジャミーラが、彼の新しい《母親》として名乗りを上げる。優しいジャミーラに可愛がられ、他のヒジュラとも仲良くなり、マンジュラは楽しい日々を過ごすが、いざ本当のヒジュラとなり、女性として生まれ変わる儀式の際、マンジュラはそれを拒絶してしまう。
 というのもマンジュラは、ときおり自分の中で、男性としての欲望が持ち上がるのを感じていたからだ。しかし、そのことを素直に語るマンジュラを、ヒジュラたちは「素晴らしい、では貴方は両性者アルダナーリだ」と祝福し、このハマムで唯一、女でもあり男でもある存在(普段は女性として振る舞いつつも、男性として他のヒジュラと結婚することもできる存在)として迎え入れる。
 こうして正式にハマムで暮らし始めたマンジュラは、例の自分をここに連れてきた美しいヒジュラに、彼女のBFを紹介されるが、その男に何かうさんくさいものを感じる。同時に彼女に、男性としての欲望を感じて結婚を迫るが、彼女はマンジュラの警告を聞き入れれず、求婚も拒絶する。
 男も女も、自分のことを愛してはくれないと嘆くマンジュラを、母親役のジャミーラは優しく慰め、マンジュラもまた、ジャミーラが実の母親以上に自分のことを愛してくれていると感じるのだが、そんなジャミーラが、娼館ではつきものの性病に倒れてしまい……といった内容。

 これは実に面白かった!
 異色作であると同時に、かなりの意欲作。まずは、主人公の人生ドラマや内面の苦悩などだけでも、充分以上に見応えがあるんですが、それに加えて、ヒジュラのコミュニティー内のしきたり等、今までほとんど知る機会がなかった世界を垣間見られるのと、更にはそれと同時に、社会に受け入れられてはいるものの、しかし扱いはあくまでも被差別層であるという、そういった社会問題の数々も、ダイナミックなエピソードや、はっきりとした問題提起を込めたセリフで打ち出してきます。
 ストーリー的にも波瀾万丈で、前述したあらすじの後も、幼なじみのBFの再登場、病に倒れる父親、再会した兄との再確執、ヒジュラを食い物にする極悪犯罪、犯罪組織と警察との癒着……等々、マンジュラの心の葛藤をメインに、ドラマチックなエピソードがテンコモリ。
 では、そういう不幸の釣瓶打ち的な内容なのかというと、必ずしもそうではなかったりします。
 じっさい悲劇的なエピソードも多々あるし、イントロからして、年老いて乞食のようになったマンジュラの語りから始まるので、この後どうなるのか戦々恐々なんですが、でも決して「悲惨な話でお涙ちょうだい」タイプの作品ではない。
 そういった、社会的な不条理による悲劇の数々を描きつつも、クライマックスでは(ネタバレ含むので白文字で)父親が病に倒れ、死ぬ前にひと目我が子に会いたいと願うのを受け、ヴィナヤン/マンジュラは意を決して故郷へ帰り、臨終の父親を見舞うのだが、そこで父親は、息子が完全に女性の姿になったことにショックを受けつつも、そこに両性具有の神アルダナーリシュヴァラの姿を見て(ホントにCGでピカーっと神様の姿になるもんだから、おもわず目が点になっちゃいましたw)伏し拝む……といった具合に、今まで描かれてきた諸問題をヒンドゥー神話に結びつけてきます。そして、「では、そんな世界で正義を求めるために、次は何をしようか?」と、運命に敢然と立ち向かう主人公の姿を、まるで頌歌のように高らかに謳いあげたところで終幕……という構成。
 これはちょっと、今までに見たことがないタイプの作品。インドのクィア映画ならではといった味わいです。
 全体が2時間あるかないかという短い尺なので、特に後半は描写不足の部分が多々ありますが(まぁそれもインド映画では良くあるパターン)、ドラマチックでエモーショナルな話(一箇所マジ泣きしました……)、確固とした社会派的な視点、そしてクライマックスの高揚感が合わさって、面白い、見応えあり、後味も上々……と、三拍子揃った満足感。

 ほぼ完全女装で通す主演の男優さん(Manoj K. Jayanという人で、前に感想を書いた『ケーララの獅子』にも出ています)は、力強い演技と目力で醸し出す色気が素晴らしかった。この映画だとこんな感じですが、
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素はこんな感じのヒゲが濃い太目のオジサンなので、役になりきっている様がホントお見事。
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子供時代を演じた子役の子も、とてもチャーミングで良かった。
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 それ以外の、ヒジュラたちのリーダーや、
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主人公の義母となるジャミーラも、実に良いキャラ&良い演技。
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 あちこちユーモラスな描写もありますが、決して女装自体で安易に笑いをとりにいくようなことはせず(インド映画では、コメディ・リリーフとして女装という要素を使うのが、決して珍しくはない)、全体をしっかりとシリアスな内容のドラマとして描ききるあたりにも、制作陣の意識の高さが感じられます。
 あと、余談になりますが、マラヤラム映画って前に見たときもそう思ったんですが、とにかく男優さんが皆ヒゲで太ったおじさんなので、この映画でも主人公の夫となる男性は、こんな感じ(右)だし、
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悪徳警官ですら、こう。
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 インド映画なので色っぽいシーンとかはないですけど、こんな感じのラブシーンもあり。
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 太ったおじさん同士のラブシーンというのは、ゲイビだとそういうジャンルは確立してますけど、映画では全く見た記憶がないので、これはちょっと貴重かも知れません。

 今年のバンガロール・クィア映画祭で上映されたというので、興味を持ってDVDを購入してみたんですが、まさにインドならではのクィア映画という一本。
 面白いし、志は高いし、見応えはあるし、個性もあり、後味も上々……という、題材に興味のある方なら必見の一本。 実は最初は、予告編とDVDジャケの雰囲気から、「《可哀想でしょ〜悲惨でしょ〜+コテコテの女装コメディ》だったら嫌だな〜」と結構おっかなびっくりだったんですが、その予想を悉く裏切ってくれたので、なおさら満足度も大でした。