窓〜アル・ナーフィザト(4)
翌日、俺は憂鬱な気持ちで目を覚ました。
しかしその気分とは裏腹に、股間のものがしっかりと朝勃ちしている。しかも勃起していることで、尚更夕べのことが思い起こされ、憂鬱な気分に拍車を駆ける。
股間に手を当てる。すると夕べのサイードのものの感触が、口の中にはっきりと蘇る。注ぎ込まれた樹液の味まで。
しかし、何故かそれに嫌悪感は感じない。恐ろしいことにそれどころか、甘美な情事の記憶として浮かび上がるのだ。
今までベッドを共にしてきた、女性たちと全く変わらぬ……いや、それ以上の甘美さを伴って。
サイードの肌を流れる石鹸の泡、濡れて張りついた黒々とした胸毛。艶やかな色黒の男根。
次々と脳裏に蘇る映像が、俺の股間を切なく疼かせる。身体の芯を淫らに燃やし始める。
熱さが人を淫らにするという話を、どこかで読んだことがある。しかしそれは熱帯地方の話だ。濃密な大気と豊穰な生命力に満ちた、蒸し暑いジャングルの話だった筈だ。
エジプトは乾いている。
俺はこの埃っぽく、乾いた熱気に狂わされているのだろうか。
サイードと顔を合わせたくない。どんな顔をすればいいのか判らない。
きっと夕べのことは何かの間違いとして、何事もなかったように振る舞うべきだろう。そして笑ってフロントを通り過ぎ、あの窓を探しに行くのだ。
俺は自分にそう言い聞かせると、のろのろとベッドから起き上がった。
「お早う、トシ。今日は遅いお目覚めだな」
サイードは俺の顔を見ると、ウォークマンのヘッドフォンを耳から外して、昨日の朝と何ら変わらない笑みを浮かべて言った。俺は先手を打たれたような気分になり、ほっとした反面、どこか拍子抜けしてしまった。
「お早う、サイード」
そう言って浮かべた俺の笑みは、幾分強張っていたかもしれない。しかしサイードはそれに気付いた風もなく、いつもの調子で喋り続けた。
「今日も例の窓を探しに行くのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「ご苦労なことだ。お前も変わってるよ。……まあ、頑張りな」
サイードはにやりと笑うと、そう言ってヘッドフォンを耳に戻した。
俺はサイードに手を振ると、ホテルから外に出た。
バスを拾って旧市街に向かう。しかし窓から見える外の風景は、心なしか、この二日間とは違った様相を帯びているように感じる。
旧市街をうろつきまわるうち、俺は益々その感を新たにした。
昨日まであれほど俺の心を捉えていた窓が、何故か目に入って来ない。意識を集中して窓を見つめていても、いつの間にか目は窓を素通りしている。
その変わり、妙に男たちの顔が目に入る。意識しているわけでもなく、それでも吸い寄せられるように見てしまうのだ。
そしてその中に、サイードと似たタイプを見つける度に、心臓がどきどきと脈打ち始める。いざ擦れ違う時には、掌にびっしょりと汗をかいている。
茶店で水パイプをふかしていても同じだった。忙しそうにグラスを運ぶ店の男たち、何をするでもなく座っている客の男たち、往来を行き来する男たち。
俺はその男たちをぼんやりと見ている。はっと我に返ると、自分が今まで、彼らのズボンやガラベーヤ(エジプトの伝統衣装)の下を想像していたことに気付き、独り赤面する。
気を紛らわそうと水パイプの吸い口を銜えると、口の中にサイードの男根の感触が蘇る。俺は慌ててそれを口から離す。
しかし、俺のズボンの中は勃起している。
一日中、その調子だった。
求める窓も見つからぬまま、俺は心底ぐったりと疲れて宿に戻った。
「お帰り。早かったな」
サイードがそう言った。
俺はサイードの顔を見た瞬間、顔が熱くなるのを感じた。自然な返事が返せない。俺はしどろもどろで何か呟きながら、自分の部屋に戻ろうとすると、背後でサイードの声がした。
「シャワーが直ったぞ」
俺はその場に立ち止まると、ゆっくりと振り返った。
サイードが俺の目を見つめながら続けた。
「でも、今日も俺の所でシャワーを浴びるだろ?」
それを聞いた途端、俺の心臓は、また激しく脈打ち始めた。
「夕食を済ませとけよ。その後で俺の部屋に来な」
サイードはそう言い残すと、フロントを空にしてさっさと自分の部屋に消えてしまった。俺は暫く廊下に突っ立っていたが、やがて荷物を置きもせずに、そのまま夕暮れの街に戻った。
近くの飯屋でカバブとアラビアパンとサラダという夕食を取る間、サイードの姿が俺の脳裏から消えなかった。食べ物の味も殆ど判らない。
そしてその数十分後、俺は震える手でサイードの部屋のドアを開けていた。
サイードは夕べと同じく、ソファに座ってこっちに背を向けている。俺は何も言わずにバスルームに行った。
身体を洗っている間中、俺はいつサイードが入ってくるか、気が気でなかった。それを恐れているのか、それとも待ち詫びているのか、自分でも良く判らない。
しかしドアが開く音と同時に、俺の逸物は頭を持ち上げていた。心よりも身体が、自分の気持ちを説明していた。
サイードは暫くカーテンの向こうで、何かごそごそと物音を立てていたが、結局カーテンを開けることなく出ていった。
出ていく前にこう言い残して。
「長風呂だな。早く出てこいよ」
俺は身体を洗うのもそこそこに、バスタブから出た。カーテンの向こうに置いてあった俺の服がなくなっており、一枚のバスタオルだけが置いてあった。
俺はバスタオルを腰に巻くと、のろのろとバスルームを出た。
サイードが背を向けて座っている。俺は磁石に吸い寄せられるように、ソファに向かって歩いた。一歩進む毎に、膝ががくがくと震えていた。
サイードがゆっくりと立ち上がって、こっちを向いた。ゆったりとした縦縞のガラベーヤを着ている。
俺はサイードの前まで来ると、俯いてその場に立ち尽くした。床に敷かれたカーペットの柄が、奇妙に目につく。
サイードは無言で手を伸ばすと、俺の腰に挟んだバスタオルの端を外した。タオルが足元に滑り落ち、俺は素っ裸になる。
俺のものは既に怒張していた。サイードが俺にキスしながら、勃起した俺のものを握りしめる。
柔らかな指が、俺のものを軽く扱き始める。それだけで俺の先端から、透明な露が滲み出す。
サイードが俺の肩に手を置くと、ゆっくりと俺を跪かせた。裸の脛を、カーペットの毛足が心地好く擽る。
目の前ではガラベーヤの木綿地が、息づく肉塊を秘めてゆったりと盛り上がっている。俺は自然とそこに顔を寄せ、布地越しにそれに頬擦りした。
頬擦りしながらガラベーヤの裾を掴み、それを上に捲くり上げて行く。勃起したサイードのものが露になる。
俺は衣の裾を捧げ持つようにして、それに唇を寄せる。
数分後、俺たちはサイードのベッドの上で絡み合っていた。
サイードがムスクの香りのする香油を掌に垂らし、俺の怒張を扱き立てる。俺は激しく口の中に打ち込まれる、サイードの勃起に噎せ返りながら、身体をくねらせて悶え泣く。
サイードは俺を女のように愛撫する。俺はサイードの男根に、女のように奉仕する。サイードはその太い指と男根で、俺の心と身体を狂わせていく。
俺はサイードの滴りを嚥下しつつ、悦びに泣きながらサイードの掌に射精した。