コンクリートの檻(7)

 哲夫に与えられたのは、サングラスの済んでいる部屋の一室だった。
 そこは一台の簡易ベッドがあるだけの、四畳半程の小さい部屋だった。
 哲夫の仕事は、朝五時の起床に始まった。
 一時間の間に、前の晩に自分で用意したサンドイッチで朝食を済ませる。
 次にサングラスの部屋の台所でコーヒーと紅茶を入れ、それを二階の各部屋に配る。
 二階には五人の組員が住んでいた。サングラスとビルダーはこのマンションの住人だったが、小太りと「大学生」は違うようだった。他の三人の住人と会話を交わすことはなかった。皆、哲夫が運んでくるコーヒーと紅茶を物も言わずに受け取るだけで、哲夫の顔すらまともに見ようともしなかった。
 八時を過ぎると、組員は数人を残していなくなる。そうすると哲夫は大型の掃除機を取り出し、各部屋の清掃を始める。
 ベッドメーキングや洗濯もまた、哲夫の仕事だった。乾燥機もあったので干す必要もない。クリーニングは籠にまとめておけば、誰かが一階へそれを持っていく。
 そして昼食。大体てんやものだった。
 午後は四階の掃除だ。但しそれは、四時までに終わらせねばならなかった。三時五十分ごろにはビルダーがやって来て、哲夫を階下へと連れ戻す。
 仕事がない時には、自分の部屋に戻っていなければならない。他の部屋にあるテレビなどをいじることは厳禁されていた。
 午後七時に夕食。誰が作っているのかは分からないが、ごく当たり前の食事だった。
 そして九時迄に風呂、翌日の朝食の用意を済ませ、部屋に入らなければならない。
 哲夫が部屋に入ると外から鍵を降ろされて電気が消されて真っ暗になる。そうなるともう眠るしかない。
 そして翌日の五時に、サングラスが部屋の鍵を外す。
 妻に先立たれて家事には慣れていた哲夫には、その生活は何の苦労もなかった。
 ただ、このマンションの二階と四階以外の場所へは絶対に行けないということと、手足に食い込んだ手錠と、喉を巻く首輪に、楽とはいえどもやはり囚われの我身を痛感した。
 初日に哲夫はサングラスに、洋に会わせてくれと頼んだ。しかし戻ってきたのは
「そのうちに会わせてやる」
 という返事だけだった。それでも食い下がるとサングラスは、
「反抗はゆるさねェぞ!」
 と凄んだ。結局哲夫は、「そのうち」という言葉を信じて、そのまま引き下がるしかなかった。
 三階にも一階にも、行くチャンスは全くなかった。サングラスの言った通り、いたる所にカメラが装備されていて、その台数から考えても死角は存在しなさそうだった。
 しかし哲夫は悲観していなかった。
 どんな先端技術を駆使しようと、それを操作するのが人間である以上、いつかはミスを犯すはずだ。
 焦らずに待てば、いつかチャンスは巡ってくる。
 与えられた時間が五日間しかないとも知らずに、哲夫はおとなしく働き続けた。

 そして五日目がやって来た。
 いつも通りの五時の起床。午前中の二階の清掃。午後は四階。そして三時五十分にビルダーが四階へと上がってきた。
 ビルダーの姿を見て、哲夫は急いで掃除機を片付けるとエレベーターに向かった。
 しかしビルダーはかぶりを振ってそれを制止し、訝しがっている哲夫を四〇一号室へと連れ込んだ。
「手を出せ」
 ビルダーはベルトに着けた鍵束を外しながらいった。
 いわれる儘にする哲夫の手錠をビルダーは外し、そのまま後ろ手に捻じりあげると、後手錠をかけた。
「何故…」
「うるせえッ!」
 喋りかけた哲夫に、ビルダーが一喝した。
「ぐだぐだぬかさず、さっさとベッドの上に上がれッ!」
 哲夫はその迫力に圧倒され、おずおずと言われた通りにした。この男に殴られでもしようものなら、骨の一本や二本、簡単に折れてしまいそうだ。
 ビルダーは今度は哲夫の足の手錠を、鎖の長いものに取り替えた。
「そこにうつぶせになって待ってろ!動くんじゃねえぞ、カメラでちゃんと監視してっからなッ!」
 吐き捨てるようにそれだけ言うと、ビルダーの足音は遠ざかり、ドアに鍵が下りる音がした。
 哲夫はベッドに寝たまま、一人部屋に取り残された。
 静寂が訪れた。
 窓の外からカーテン越しの夕日が、部屋を朱に染め上げる。
 何事もなく時が過ぎていった。やがて陽は沈み、辺りは一面薄暗くなってきた。
 哲夫は枕に頭を押し付けながら、何が起きるのかと考えていた。
 ビルダーは「待て」と言った。しかし一体何を、誰を待つというのだ。
 後手錠と長鎖の足枷の意味は何だ。
 嫌な予感がした。
 はっきりとしない不安が次第に募ってくる。
 部屋はもう真っ暗だった。おそらく七時はまわっているだろう。
 いきなりドアのロックが外れる音がして、哲夫は全身をびくっと震わせた。その音は静かな部屋に、異様に大きく響いた。
 足音が近付く。フローリングの床が、何者とも知れない侵入者の重みに軋んでいる。
 やがて侵入者はベッド脇に来て、枕元の照明スイッチをひねった。
 壁のライトが部屋を柔らかな黄色い光で照らす。
 哲夫はこっそりと頭を回して、侵入者を上目使いに見た。バスローブを着たでっぷりと太った腹が見える。
 そいつはどうやら、哲夫の事を眺めているらしい。視線がまとわりつくのを感じた。
 じきに視界から男の腹が消えた。
 再び床が軋む音がして、ベッドが足の方へと傾いた。
 いきなり足首を掴まれて、哲夫は驚きに悲鳴を上げそうになった。足首を掴んだ手は、哲夫の足を鎖の長さの許す限り、左右へと大きく引っ張った。
 手が足首からふくらはぎへと這い上がってきた。哲夫が思わず足を浮かせた瞬間、男の声が聞こえた。
「動くな」
 太い、低い声だった。物静かでいて、それで威圧感のある声。
 手が哲夫のふくらはぎから太股を撫でまわしている。哲夫の濃い脛毛が擦れてじょりじょりと音を立てた。
 哲夫は自分の全身に鳥肌が立つのを感じた 手は次第に足を這い昇り、股の付け根へと近付いてくる。
 やがて太い指が短パンの裾から侵入し、下着越しに哲夫の睾丸に触れた。そして下着の隙間から、睾丸の付け根を辿る。
 哲夫は込み上げてくる呻き声を、枕に顔を押し付けて必死に耐えた。
 自分の下腹部に変化が起きつつあるのに気付いて、哲夫はショックを受けた。
 何故だ。何故自分は勃起しつつあるんだ。
 指が一旦引っ込むと、今度は掌全体で短パン越しに尻たぶを愛撫してくる。さすり、撫で回し、時折指の先で肛門の周囲を叩くようにしてくる。
 哲夫のものはますます硬くなっていった。 息が荒くなる。男の手の動きに反応して、身体のあちこちが痙攣している。
 再び男の声が聞こえた。
「仰向けになれ」
 哲夫は身体を回転させて、男の顔を見た。
 五十位の固太りの男。頭は禿げておらず、胡麻塩の髪を短く切り揃えている。
 男は枕をとると、それを哲夫の腰の下に敷いた。
「足を開いたままでいろ」
 仰向けになった時に閉じてしまった脚を、哲夫は恐る恐る開いた。
 その恰好になると、いやがおうにも短パンの中心が盛り上がっているのが判る。哲夫はそれに気付いて、羞恥にうろたえた。
 そんな哲夫の反応を面白げに眺めながら、男はその盛り上がった布地に手をのばした。掌がそこを包み込むようにして、ゆっくりと揉み始める。
 哲夫は快感が込み上げていくのを感じた。
 頭が混乱し始めていた。男の手で弄ばれて興奮している自分が理解できなかった。
 男の指が短パン越しに、哲夫の幹の中心線をなぞる。
 哲夫の口から声が漏れた。
 男の手が短パンのゴムにかかる。哲夫が腰をよじると、男は再び哲夫の勃起を布越しに握り締めた。
 男の手が少しでも動く度に、哲夫の口から呻き声があがった。
 右手で哲夫のそこを揉みながら、男は左手で短パンを降ろし始めた。哲夫は無意識の内に腰を浮かせて、その作業に協力していた。
 男は短パンとブリーフを一緒に脱がせつつあった。めくれた下着の上から、濃い叢が姿を見せる。
 そしてそれが完全にずり降ろされると、その下から哲夫の勃起したものが、ぶるんと首を振ってそそり立った。
 それを見た男の口から、ホウという溜め息が漏れる。
 哲夫の頭に羞恥で血がかあっと昇った。しかし不思議な事に、それに同調するかのように、その男根もどくどくと脈打っていた。
 男がそれに手を伸ばすと、柔らかな手で握ると軽く上下に扱いた。
 反対の手が哲夫の玉袋の付け根を辿り、そのまま肛門の周囲を撫でまわした。
 哲夫の脳裏に、あの忘れかけていた不思議な感覚が蘇りつつあった。自然と腰が持ち上がり、男がもっとそこを嬲りやすいような体勢をとってしまう。
 男は弄んでいた一旦手を止めると、哲夫の足首を掴んでぐいと手前に引いた。腰から下がベッドの下へ落ちる。
 男の手が哲夫の腰を掴む。
 哲夫はまるで人形のように、男に導かれるままに再び俯きにされ、床に膝をついて尻を差し出す恰好になった。
 腹の下に枕を入れられ、益々高く突き出した哲夫の尻を、男は両手でぐいと割った。剛毛に埋もれた茶色い谷間が曝け出される。
 男は暫くそこを眺めた後、そっと唇を寄せた。
 そこに吉付けされて、哲夫は一際大きな喘ぎを漏らした。男は肛門の周囲を舐め回し、更に窄めた舌を襞の中に押し込んでくる。
 既に哲夫のものは怒張していた。
 声が止まらない。快感が肛門から股間に雪崩込み、背中を走り脳天を突き抜けるようだった。
 やがて男の舌が離れた。
 掌が尻たぶを撫でまわし、男の声が聞こえる。
「流石だな。こいつは話で聞いた以上の上玉だ。高い金を払っただけの甲斐はある」
 その言葉を聞いて、哲夫は陶酔が醒めるのを感じた。
 上玉。
 高い金。
 俺は今、売春をさせられている。