コンクリートの檻(10)
ある日の朝、哲夫はいつも通りに床の上で目覚めた。
肌寒い。
与えられた一枚の毛布を、固く身体に巻きつけながら、おまるに跨がって用を足した。
今日は客が来るのだろうか。それとも自分を監禁している男達の慰み物にされるのだろうか。
ぼんやりした頭でそう考える。
今が何月何日かも分からない。窓からグレーの空が見える。もう冬だろうか。
ドアのロックが開く音がした。
哲夫は慌てて毛布を脱ぎ捨てて、その場に平伏した。
ドアが開いて誰かが入ってきた。哲夫はいつもの挨拶をする。
「いらっしゃいませ、哲夫でございます。どうぞ宜しくお願いいたします」
それらの一連の動作を、哲夫は何の抵抗もなく行っていた。それは例えば普通の人間が、顔を洗ったり歯を磨いたりするといった、ごく自然な行為のようだった。
三〇一号室に入ったサングラスの男は、足元に這いつくばった男をみて、うっすらと苦笑いを浮かべた。
こいつもすっかり変わってしまったな。自尊心のかけらも持ち合わせない、ただの虫けらのようだ。
こんなになってしまっても、今日待ち受けている事を知れば、少しは人間としての誇りが蘇るのだろうか。
その時の哲夫の反応が楽しみだ。
サングラスはそんなことを考えながら、哲夫に声をかけた。
「おい、顔を上げろ」
顔を上げてサングラスの顔を見た哲夫は、無言でそのズボンに首を伸ばして、ジッパーを歯で下げた。
それを見ていたサングラスの心に、急に嫌悪感が湧いた。サングラスは股間に顔を埋める哲夫の横っ面を、力任せに引っぱたいた。
哲夫は茫然としてサングラスの顔を見上げた。サングラスは哲夫の首輪を壁に繋いでいる鎖を外した。
「立て」
命令されて哲夫は、よろよろと立ち上がった。
サングラスはポケットから布を取り出し、それで哲夫の目を強く縛って目隠しをした。
「ついて来い」
首輪の鎖を引かれて、哲夫はサングラスの後をついて三〇五号室を出た。
回りを見ることは出来なかったが、エレベーターに乗ったのが判る。そして降り、廊下を歩く。
サングラスが立ち止まって何かすると、金属が軋むような音がした。
「階段だぞ」
サングラスの声がした。哲夫は足元を踏み外さないように注意しながら、階段を昇っていった。
階段が終わり、再び廊下を歩き、やがて再び立ち止まった。
扉が開く音がした。
「入れ」
中にはいると、背後で扉が閉まる。そして目隠しが外された。
強い光が溢れ出し、哲夫は目をしばたいた。目が慣れてくると、自分がいる場所が見えてきた。
それは見た事のない部屋だった。
二十畳ほどの広さの、殺風景な部屋。床は板貼りで壁は漆喰。
そしてお馴染みの鉄輪や鉄鎖、灰色のスチールロッカー、木の台。
部屋の右手に豪華な椅子があり、そこに真っ白な布を頭から被った人間が座っている。目の所に穴が二つ開いていて、そこから光る瞳がこちらを見ている。
椅子の両脇に見覚えのある顔が並んでいる。あの小太りやビルダー体型の男を含む、自分を監禁している組織の男達が五人。そして哲夫の常連客で、他の客と比べても特に情け容赦のない責め方をする、頭の禿げた中年の男。
「そこに膝をつけ」
サングラスが椅子の前の床を指さす。哲夫は命令されるまま、白衣の人間の足下に正座した。
ビルダーが哲夫の前に立ち、頭髪を掴んで顔を仰向かせると、頬を平手打ちし始めた。
まず一発。そして間髪入れず、反対側を一発。
往復ビンタが延々と続いた。哲夫は口を噛まないように気をつけながら、じっとそれに耐えていた。
頭の芯がぼうっとしてきた。頬が熱い。
疼痛が次第にむず痒いような感覚へと変化してきた。
哲夫の股間に変化が起きた。
萎えて叢に隠れていた男根が、その鎌首を持ち上げ始める。じきにそれは膨れ上がり、亀頭のエラを目一杯開いて反り返った。
哲夫が完全に勃起すると、ビルダーが離れた。
小太りが椅子に座った人間の白衣を捲くって、その下半身を露にした。
すべすべとした全く毛のない股間に、半分皮を被った男根が垂れている。
「戴け」
とサングラスが言う。哲夫は膝をついたままその股間ににじり寄り、その萎えたものを口に含んだ。
それは放尿を始めた。
哲夫はその温かい、苦く塩っぱい液体を一滴も漏らさずに飲んだ。
哲夫の股間は勃起したままだった。
放尿を終えたそれを、哲夫は口に含んだまま、舌で愛撫を始めた。唇で包皮を扱き、露出した亀頭を舐め、尿道を舌先で刺激する。 じきにそれは勃起し始めた。
哲夫は一旦それを口から出し、今度はその幹や付け根、その下の睾丸を舐めた。睾丸の周囲にも毛は全くなかった。綺麗に剃り上げられている。
白衣の男が心持ち腰を突き出した。哲夫はその尻の谷間に舌を伸ばす。
「よし、止めろ!」
サングラスが命令する。
「ケツだして、自分で銜え込んでみろ」
哲夫は後ろを向くと、腰を突きだして勃起したものに尻を寄せた。サングラスが手を伸ばして男根の根本を掴み、その先端を哲夫の肉襞に当てる。
哲夫はゆっくりと腰を沈めた。
怒張したものが肉の洞窟の奥深く呑み込まれていく。
根本まで飲み込むと、サングラスが言った。
「よし、腰使え」
哲夫は不自由な態勢で、その腰を上下に振り始めた。唾液でたっぷりと濡れたそれは、ぐちょぐちょと卑猥な音を立てて、哲夫の肉襞を擦った。
哲夫の口から喘ぎ声が漏れだした。
「そら、遠慮してねェで、もっと派手によがって見せろッ!」
サングラスにけしかけられて、哲夫は喜びの咆吼をあげ始めた。腰の動きが次第に激しくなっていく。
哲夫の股間で怒張しきったそれが、その唇から糸を引く涎を垂らしながら、びたんびたんと腹を叩く。
吹き出した汗で胸毛が濡れそぼり、玉の雫となって飛び散った。
二つの眼が、白衣の穴からそれをじっと見つめていた。
サングラスが細引きを持ち出して、白衣の男のものを根本で括った。
衆人環視の中で哲夫はよがり狂い、やがてその怒張のさきから大量の樹液が噴出した。精液は弧を描いて飛び、ぼとぼとと床の上に落ちる。
「よし、ケツ抜いて始末しな」
果てた哲夫にサングラスが言った。
哲夫は床に跪くと、舌を伸ばして自分が汚した床を舐め始めた。ぴちゃぴちゃという湿った音が部屋に満ちる。
サングラスが細引きを解いて言った。
「口」
哲夫は再び椅子に向き直り、白衣の男のものを含んだ。
じきにそれも爆発し、哲夫は咽喉奥叩きつけるその汁を、ゴクゴクト喉を鳴らして飲み込んだ。
手錠が外された。
「その場でオナニーして見せろ」
哲夫は犬のように四つ這いになり、左手で体重を支えながら、右手で男根を擦った。一度萎えていたそれはすぐに復活した。
サングラスが哲夫の尻を蹴って言う。
「ケツもやれ」
身体を起こして脚を大きく開いた哲夫は、右手で勃起を扱きつつ、左手を肛門に回して人さし指と中指でそこを抉り始めた。
首輪をはめられた太い首がのけぞり、血管が浮きあがる。伸びた髭から汗の雫が滴り、獣じみた臭いが立ちこめる。
開いた口許から涎が溢れる。切なそうな泣き声を上げながら、哲夫は自慰を続けた。
「もう、いきそうか」
サングラスが囁いた。哲夫は喘ぎながら答える。
「はい…いきそうです」
「じゃあ、お願いしな」
「あ…ああッ!…いッ…いかせて下さいッ…御主人様ッ!」
哲夫が叫ぶと、白衣の男は黙って頷いた。
哲夫は吠えながら射精した。
二度目とは思えない大量の精液が、男の白衣を汚した。
汗まみれになって肩で息をつき哲夫に、サングラスが言った。
「そら、お前のせいで服が汚れちまったぞ。お脱がせしてさしあげんかい!」
哲夫は立ち上がると、男の白衣を持ってそれを上に捲り始めた。
男は白衣の下には何も着ていなかった。引き締まった滑らかな腹筋、形の良い胸筋が現れる。
ついに白衣は完全に脱がされた。
若い男が、能面のように無表情に哲夫を見つめている。
哲夫の手足ががくがくと震え始めた。やがて立っていられなくなり、その場にがくりと膝をついた。
それでも目の前に座っている男の顔に、目を釘付けにされたまま逸らすこともできなかった。
それは洋だった。
自分の息子が、全く感情を見せないまま、黙ってこっちを見ている。
哲夫の口がぽっかりと開いた。
声とも悲鳴ともつかない音が上がる。
哲夫の手から白衣が落ちた。腕を伸ばして、洋に触れようとした。
洋はその手を振り払うと、椅子から立ち上がった。
その顔はもはや無表情ではない。あからさまな嫌悪の表情が浮かんでいた。
周囲で男達が爆笑していた。しかし哲夫の耳には聞こえていなかった。
「期待通りだったな」
「全くですね。しっかし見てみろよ、あいつの面ァ」
「さっき迄は涎垂らして、さかりのついた犬みてェな顔してたくせによ」
男達は口々に哲夫をあざけった。
洋は嫌悪と軽蔑の目で、足下に跪いた男を見ていた。
それは洋にとって、既に父親でもなんでもなかった。
ただの醜悪な、一匹のけだものに過ぎなかった。
息子の侮蔑のまなざしに射抜かれながら、不意に哲夫は口を固く閉ざした。
次の瞬間、口の端から赤い液体が、糸となって滴り落ちた。
「しまった!」
サングラスが血相を変えて哲夫にとびついた。
「こいつ…舌を噛みやがった!」
哲夫の顎の蝶番に指が食い込み、口が無理やり開けられる。喉に溜まった血がごぼごぼと溢れ出す。
「医務室だッ!医務室に連れていけッ!急げッ!」
周囲の動揺をよそに、哲夫の意識は暗く深い淵の底へと沈んでいった。
もう、二度と目覚めることのないように願いながら。