コンクリートの檻(11)
第五章 折檻
結局、哲夫は死ぬ事が出来なかった。
組織は腕のいい医者を抱えていたので、哲夫はすぐに応急手当を受け、治療された。
二階の一室が解放され、そこに哲夫の病室がしつらえられた。哲夫は素っ裸のままで、四肢をベッドの角に鎖で繋がれた。
回復は順調だった。 サングラスの反応が早かったせいで、舌も千切れずにすんだ。
「何て頑丈な身体だ、この男は」
医者は半ば呆れながら感心した。
哲夫は一日、物も言わずにただ天井を見ていた。頭の中が混沌として、意味のない映像と言葉の断片で渦巻いていた。
やがて身体が癒えると共に、それらも整理されていった。
正気を取り戻した時、哲夫は悲鳴を上げていた
あたりには誰もいなかった。ただ壁のカメラが、冷たいガラスの目で見つめていた。
意識と共に、汚辱の記憶が蘇る。
耐えられなかった。
哲夫は再び、そっと自分の舌を噛んでみた。
このまま力を込めれば、命を絶てる。
そう思った。
少し力を入れてみる。鋭い痛みが走った。
死の恐怖が生々しく蘇る。堪らない恐ろしさと共に。
恐怖で視界が滲んだ。
死ぬ勇気すらない、自分の臆病さを呪った。
嗚咽が漏れていた。顔じゅうが涙でべとべとになった。
死ぬこともできない。ならば全てを諦め、このおぞましい運命に従うしかない。
そう思うと心の中の痛みが、少しだけ和らぐような気がした。
哲夫はベッドに縛られたまま、その夜を泣き明かした。
翌日の朝、男達が哲夫の鎖を外した。
サングラスは哲夫の腫れ上がった目を見ながら言った。
「おい、挨拶はどうした」
哲夫はベッドから下りると、男達の前に土下座して言った。
「お手数をおかけして申し訳ございませんでした、御主人様」
「それだけかよ」
サングラスが哲夫の頭を踏みつける。哲夫は続けた。
「私は勝手な事をいたしました。どうか罰を与えてください」
男達は驚きの目で哲夫を見守った。
今の遣り取りは教えられたものではない。哲夫が自発的に考え、言った言葉だった。
サングラスが満足そうな笑みを浮かべて言った。
「立て」
立ち上がった哲夫の股間をサングラスは握って、ゆっくりと揉み始めた。
そこはすぐに反応し、勃起した。
例の金具が持ち出されて、哲夫の怒張と睾丸を締め上げた。そして鎖が繋がれる。
「お前は勝手な行動をとったんだ。その償いをしてもらわんとな。覚悟はいいか」
サングラスが鎖を引きながら言った。哲夫は苦痛に顔を歪めながら答えた。
「はい、御主人様」
哲夫はそのまま鎖を牽かれて、三〇一号室へと連れていかれた。
「仕置き台の上に寝ろ。仰向けになって大の字になるんだ」
手足が革ベルトできつく固定された。小太りがロッカーから、両端に金具のついた紐と、コンクリート・ブロッックを持ってきた。
紐が天井の滑車に通されて、その一端が哲夫の陰部を締め上げている金具に固定され、もう一端にブロックが縛りつけられた。
「それッ!」
掛け声と共に、サングラスが紐を放す。
途端に滑車ががらがらと廻り、紐がぴんと張って、哲夫のそこを凄まじい重さで引っ張った。
哲夫の絶叫が部屋に響いた。
男根と睾丸がぎりぎりと引き伸ばされ、根本から引き千切られそうだった。
「どうだ、もう一個ブロックを吊るしてやろうか」
サングラスが言う。哲夫は涙を流して懇願した。
「やめて…お許しください…これ以上は…」
小太りがぴんと張った紐を揺すぶった。哲夫は再び悲鳴をあげた。
「ふん、ならブロックは許してやろう。その代わり…」
サングラスはそう言って、哲夫の目の前に何か器具を突き出した。
電気鏝だった。
サングラスがスイッチを入れる。その冷たい鉄の先が次第に灼熱していった。
「おい、お前やってみろ」
鏝はビルダーに手渡された。ビルダーはにやにや笑いながら、それを哲夫の胸板に近付けた。
哲夫は右の乳首の先に鋭い痛みを感じて悲鳴を上げた。
ビルダーが鏝の先を押し当てていた。
じりじりという音と共に、肉の焦げる臭いがした。
次に上腕部の内側に、焼けた鉄が当てられる。
悲鳴を上げ続ける哲夫に、サングラスが聞いた。
「熱いか」
哲夫は涙を流しながら頷いた。
「そうか、なら水をやろう」
肛門に細い棒のような物が差し込まれるのを感じて、哲夫は足の方を見た。
天井からガラスのタンクが吊るされていてその下端からビニールの管が伸びている。管は途中のポンプを経由して、哲夫の足の間に消えていた。
狐のような顔をした組員が、タンクの中に日本酒をどぼどぼと注ぐと、ポンプを握ったり離したりし始めた。
腸内に冷たい液体が流れ込む。次の瞬間、それは焼けるように熱くなった。
再び上半身には鏝が当てられる。
身体の上下から責め立てられて、哲夫はもう何が何だか判らずに、ただ悲鳴を上げ続けた。
タンクの中身をすっかり肛内に送り込んだ狐面は、哲夫の肛門に太さ六センチものアヌス栓を押し込んだ。
ストラップが腹の上で止められ、哲夫が幾ら力んでもそれはびくとも動かなくなった。
腸からじかに吸収されたアルコールが、たちまち哲夫の全身を火照らせる。その肌を間断なく鏝が襲い、焼き焦がしていく。
口から吐瀉物が溢れた。窒息しないように、小太りがそれを吸引器で吸う。
哲夫は悲鳴をあげ続けた。自分はこのまま殺されてしまうと思った。
泣き叫びながら、必死に許しを乞うた。
「許して欲しいか」
サングラスが言った。
「お許し…お許し下さい!もう決して逆らったり致しませんから…」
「よし、なら…」
サングラスはロッカーから線香を持ってくると、哲夫の尿道にその半分程を挿入して、反対側に火を点けた。
「こいつが燃え尽きたら許してやる」
線香は煙を上げて燃え始め、再び焼き鏝による拷問が始まった。
じきに上半身は隈なく、細かい火傷に覆われた。ビルダーは仕置き台の反対側に回るとこんどは足や下腹部を焼いた。
線香が哲夫の亀頭を焦がした頃、哲夫の全身はくまなく火傷に彩られていた。
尿道を焼かれて、哲夫は一際高く悲鳴を上げた。同時に肛門に刺さったプラグが引き抜かれた。
どろどろの便が噴出し、異臭と共に哲夫の身体に降り注いだ。
哲夫は意識を失った。
顔に冷たい水を掛けられて、哲夫は目覚めた。
相変わらず、自分はあのおぞましい拷問部屋にいる。
「だらしねェ奴だ。こんくらいの事で気ィ失いやがって」
サングラスが毒づく。
哲夫の脚は膝で折られて、その太股と踝にローブがきつく食い込んでいる。
左右の乳首にそれぞれ金属のクリップが挟まれ、そのクリップから伸びたチェーンが天井の滑車を通って、怒張の根本の締め金具へと繋がれていた。
両手は顎の下で一つに括られ、そのまま首輪の金具に繋がれている。
哲夫は背中に痛みを感じた。
頭を廻して横を見ると、自分が三角の木材を並べた上に寝かされているのが判った。
ビルダーが近付いてきた。その右手には銀色に光る鳥の嘴のような器具が握られている。
冷たい金属を肛門に挿入されて、哲夫は思わず身体を捩った。
その途端に乳首と陰部を繋いだチェーンが張って、三カ所同時に痛みが走る。背中の下では角材が軋み、その鋭い先端が皮膚に食い込んでくる。
肛門が押し広げられていく。その容赦ない圧迫に哲夫はまた悲鳴を上げた。引き伸ばされた肉襞が裂け、血が滴り始めたのが判る。
ビルダーが器具の金具を固定すると、哲夫の肛門は天井に向けて、その赤い中身を曝したままになった。
狐面が手にした蝋燭に火を点ける。
哲夫が脅えて見守る前で、蝋燭は肛門の上にかざされた。
炎が蝋を溶かすのを待って、狐面はそれを傾けた。
熱涙の最初の一滴が哲夫の中へ落ちる。
粘膜を焦がされて、哲夫は絶叫して身悶えた。すると再び乳首と股間、背中に痛みが走る。
サングラスは暫く哲夫の狂態を見ていたがどうもその顔は物足りないといった雰囲気だった。
やがてサングラスは浮かんだアイデアに顔を輝かせると、小太りに何かを取りに行かせた。
哲夫の乳首のクリップが一旦外される。ほっと一息ついた哲夫に、サングラスは小太りが持ってきた物を見せて言った。
「ほれ、今こいつをつけてやるからな。どうだちょいと洒落たアクセサリーだろう」
哲夫は鼻先のものを見て蒼ざめた。
それは三つの大きな安全ピンだった。サングラスと小太りとビルダーが、それをそれぞれ一個ずつ持つ。
哲夫の両乳首と男根に手が伸びた。
男達の意図を知った哲夫は、必死に泣き叫んで許しを乞うた。
右の乳首が引き伸ばされて、それを安全ピンが貫いた。
痛みに叫ぶ哲夫を嘲笑うかのように、間断なく左の乳首にも針が刺さる。
男根を握った手がぐいと扱かれ、その亀頭の裏と包皮を繋いだ部分にも、安全ピンが突き刺さった。
三つのピンは金具を止められ、再びその端に天井の滑車に通されたチェーンを止められた。
肛門への蝋燭責めが再開され、哲夫の悲鳴が響き渡る。
身悶えする毎に、乳首と男根に開いた穴が広がり、そこから鮮血が滴った。
続いてサングラスはマチ針を持ち出すと、それを哲夫の手の爪の下に突き刺した。
神経の底から揺さぶられる激痛が襲いかかる。哲夫は顎が外れる程に口を開け、叫び続けた。
開いた口から覗く舌を、サングラスが指でつまんで引きずり出す。そしてそこにも針が突き立てられた。
哲夫が声にならぬ悲鳴をあげて、一際大きく身体を捩った。
その拍子にピンの刺さった包皮が千切れ、鎖がじゃらじゃらと音を立てて、哲夫の腹の上に落下した。
哲夫は自分の気が狂うのではないかと脅えた。
恐怖は暗黒の霧となって哲夫の意識に襲いかかり、そのままそれを包み込むと、闇の奥底へと引きずり込んでいった。
それから五日の間、哲夫は夢と現の間を彷徨い続けた。
襲いかかる悪夢と恐怖。哲夫の精神はそれらに翻弄され、昏い炎に焼き尽くされた。
六日目の朝、哲夫は目覚めた。
一週間後には哲夫の体調は元に戻った。男達はその強靱な体力に舌を巻いた。
再び哲夫は客をとらされ、売春夫としての生活が始まった。
哲夫はもう反抗しなかった。恐怖の炎に焼き尽くされた心は、既に奴隷のそれへと変化していた。
唯々諾々として客の欲望に奉仕しながら、哲夫は自分がそれで興奮する身体になっているのを知った。
その事実は哲夫の精神の奴隷化に、ますます拍車をかけた。
屈辱に欲情し、苦痛の中に快感を求める哲夫を、男達は満足そうに見守っていた。
あの悪夢のような拷問から、既に二ヵ月が経過していた。