コンクリートの檻(12)

第五章 獣姦

 ある日、哲夫はいつも通り五〇一号室で客を待っていた。
 素っ裸で四つ這いになり、首輪の鎖はビルダーが握っている。
「今日はちょいと変わった客だからな。楽しみだろう」
 ビルダーが嘲るように言った。哲夫はそれに素直に答えた。
「はい、御主人様。楽しみです」
「そうか。それならちんぽをおっ勃てて見せろや」
「はい、御主人様」
 哲夫はそう答えると、自分の股間に手を伸ばすと、そこをゆっくりと揉み始めた。
 それはすぐに反応し、頭をもたげて勃ち上がった。
 男根を扱く哲夫を見下ろしながら、ビルダーが言った。
「そのまま、いく寸前の状態にしておけ」
 勃起を扱いていると、じきに爆発しそうになる。すると手を離しておさまるのを待つ。落ち着いたところで再び扱きだす。それを何度も繰り返した。
 やがてドアが開いた。
「止めろ」
 ビルダーに言われて、哲夫は四つ這いの姿勢に戻ると、額を床に押し付けた。
 複数の足音が近付いてきた。
「これですか」
 聞き覚えのない声がした。
「ええ、こいつです」
 答える声はサングラスの声だった。
「ふうん…おい、立て」
 声に命じられて、哲夫は素早く身体を起こした。
 目の前に三人の男が立っていた。
 サングラスと小太り、そして初めて見る白髪白髭の老人。
 老人はまるで碁をうつ仙人のような風貌だった。細い目と薄い唇が弧を描き、柔和な微笑を浮かべている。
「あんまり息子には似ていませんな」
 老人が言った。
「息子はしなやかな若い獣だったが、父親のほうは毛むくじゃらなケダモノといったところですか」
 息子と言われた瞬間、哲夫の心に痛みが走った。
 最近はもう思い出す事もなかった、いや、思い出すまいとして、心の奥底に押し込めていた、洋の面影。
 それが久々に蘇った。
 老人が勃起したままの哲夫の股間を見て笑った。
「しかし、こっちの方は息子に似て、中々淫乱なようですな」
 哲夫の頭に血が昇った。羞恥で顔に朱が散る。「恥ずかしい」と感じたのも久々だった。これも洋のことを思い出したせいだろうか。
 男達は哲夫が久し振りに見せた屈辱の表情に、にまにまとほくそ笑んだ。
「入って来なさい」
 ひとしきり哲夫の反応を楽しんでから、老人は入り口に向かって声をかけた。
 鎖が触れ合う音と共に、一人の青年が這って来た。
 洋だった。
 哲夫もそれを予感していた。
 洋は頭髪も体毛も全て剃り落とされていた。無毛になったしなやかな褐色の身体が、獣のように四つん這いで歩いている。その姿は妙にエロチックだった。
「さ、お前も四つ這いになりなさい」
 老人に促されて、哲夫は再び床に膝と手をついた。老人の足元に這った洋と顔が合う。
 哲夫は恐る恐る顔を上げて、息子の顔を見て愕然とした。
 その顔形は紛れもなく洋のものだった。
 しかしその目は焦点を失ってどんよりと濁り、半開きになった唇からは涎が糸を引いている。
「洋…」
 折檻を覚悟で、哲夫は息子に声をかけた。 しかし洋は何の反応も見せなかった。
「…俺が判らないのか、洋…」
 そう言った哲夫の声は震えていた。
 老人が微笑みを浮かべながら、洋の頬を触った。洋は舌を伸ばして、老人の指をぺろぺろと舐めた。
 哲夫は息子の心が、自分の手の届かない遠くへ行ってしまっていることを知った。
 忘れかけていた怒りが、むらむらと込み上げてきた。
「貴様ら…」
 哲夫は唸りながら、目を上げて男達を睨みつけた。男達はその凄まじい形相に、いささかたじろいだようだった。
 しかし老人だけは相変わらず、柔和な微笑みを浮かべたまま哲夫を真向から見下ろしていた。
 その微笑は何よりも残酷で、冷酷だった。
 哲夫は老人に恐怖を覚えた。目の前にいる男が、まるで人間ではないように思えた。
 老人が唇を尖らして口笛を吹いた。
 と同時に、黒い固まりが部屋に飛び込んで来て、洋に襲いかかった。
 それは一頭の巨大なドーベルマンだった。ドーベルマンは洋に襲いかかると、その首根っこに噛み付いた。
 哲夫は悲鳴を上げて息子の方へ駆け出したが、首輪の鎖を強く引かれて止められた。
 わめく哲夫に老人が言った。
「心配しなくていい。本気で噛んじゃいないから。この犬はこいつが自分の物だという、デモンストレーションをしているだけだ」
「…自分の物…?」
 哲夫には老人の言っている意味が判らなかった。
 老人は微笑すると、洋に向かって命令した。
「御挨拶しなさい」
 洋は起き上がると、四つ這いのままドーベルマンの後ろに回った。そして一同が好奇の目で見守るなか、犬の腹の下に潜り込むと性器をくわえた。
 哲夫は目の前の光景が信じられなかった。
 人間が犬のペニスを舐めている。それも自分の息子が。
 他の男たちも、驚きの表情を隠せずにいた。
 しかし老人だけは、まるで日常風景を見ているような、平然とした顔だった。
 いや、洋にとってこれは、まさに日常なのであろう。
 哲夫の身体に鳥肌が立った。
 やがて犬は一声唸ると、身体の向きを変えた。
 洋は四つ這いのまま上半身を伏せて、自分の尻を犬に向かって高く差し出した。
 犬が洋に覆い被さる。
 慣れた腰つきで、尖った性器が洋の肛門を貫いた。
 洋の両肩に前足を掛け、犬は腰を使い始めた。
 唇が捲り舌をだらんと垂らし、薄目を開けながら。
 茫然として見守っている哲夫に、老人が囁いた。
「よく調教されているだろう。最も訓練中に一人、この犬に喰い殺されているがね」
 それを聞いて、哲夫の全身に悪寒が走った。
 やはりこの老人は、底知れぬ非情さと冷酷さを秘めた、真のケダモノだった。
 あの紳士面、優しげな微笑。
 羊の皮を被った狼なんてもんじゃない。
 この老人は悪魔だ。
 哲夫は心底、この残酷な男に恐怖した。
 その悪魔が、相変わらずの笑みを浮かべて言った。
「そろそろかな…ちょっと近付いて、洋の様子を見てみましょうか」
 老人はそう言うと、男達の注意を促した。男達は恐る恐る犬に犯される洋に近寄った。
「ひゃあ!」
 ビルダーが素っ頓狂な声を上げた。
「こりゃあ親父に見せてやらんとな」
 ビルダーはそう言って哲夫の首輪を掴むとその頭を洋の股間に突き付けた。
 哲夫は目の前のものを見て驚愕した。
 そこには、肉色の宝塔がそそり立っていた 自分の息子が犬に犯されながら勃起している。
 哲夫の脳裏で、暗い炎が燃え始めた。
 得体の知れぬどす黒い炎が、心の奥底を焦がし始める。
 それは次第に勢いを増し、哲夫の理性を消し去っていった。
 犬の肉棒にこすられて、洋の肉襞が捲れ上がっている。
 その下で、血管を浮き出させたモノが、鈴口から涎を垂らしながら、びくびくと腹を打っている。
 洋は目を半開きにして、うっとりと快感を貪っている。
 人間の甘い喘ぎ声と、犬の荒い息が重なり合う。
 その音が次第に、哲夫の心を歪めていく。
 小太りが、おおっという驚きの声を上げて言った。
「へえッ、親父にもさかりがつきやがった!」
 哲夫は勃起していた。
 自分の息子が犬に犯されている姿を見ながら。